One last fight-09



「おのれ……!」


 石柱の1つがガーゴイルの翼を貫いていた。土や岩がある場所であれば、ノームの能力は侮れない。自由を奪われたガーゴイル対し、待ってましたとばかりに攻撃魔法が撃ち込まれる。


 土煙、炎、爆風、それらがガーゴイルを襲い、アスラが魔法障壁で皆を守る。グウェインは石柱の間から斧を振り下ろし、キリムが石柱に挟まれ動かせない翼を切り落とした。


「念のためこっち塞ぎます!」


 ロイカとジョエルは石柱に盾を押し付け、すり抜けを防ぐ。ディランが槍で、ビシュノフが大剣でガーゴイルを突き刺し、止めを刺そうと歯を食いしばる。


 ガーゴイルの反応がない。


 やったのか。そんな考えが過った時だった。


「母……さん」


 ふと苦しそうな声が聞こえ、全員の手が止まった。そこにいるのはガーゴイルであり、とどめを刺すチャンスだ。だが、人の体を乗っ取っている事も知っている。もしかしたら、という気持ちは捨てきれていない。


 ましてや今戦っている後ろでは、体を乗っ取られた者の母親がいるのだ。


 煙と土埃が収まった時、そこに倒れていたのはゴースタだった。


「人の姿に戻ったわ!」


「フン、騙されないぞ」


「同情を誘おうとしたって、そうはいかねえさ!」


 ガーゴイルの魂胆は見えている。油断させ、助けようとさせて罠に嵌めるのだ。エバノワが1歩進み出て睨みつけながら口を開く。


「息子の姿を利用して、私を煽っているつもりね! それで私が止めに入ると思っているのなら大間違いよ!」


 エバノワが目の前に炎を生み出す。ガーゴイルの姑息さと侮辱に怒りを込めた炎は、より大きな火球へと変わっていく。


 その瞬間、クラム達が待てと叫んだ。


「そいつはガーゴイルではない!」


「えっ」


 アスラが火球を魔法障壁で打ち消す。そこにはうつ伏せで倒れ、上半身だけを起こそうと肘で体を支えるゴースタの姿があった。


「母……さん、ご、め……ん」


「そんな演技、私が信じるとでも……」


「待て。ガーゴイルの気配が消えた」


「は?」


「バベルの探知能力が、先程まであったガーゴイルの気配を捉えていない」


 つまり目の前にいるゴースタは、魔物ではない。


「まさか、本人?」


「ガーゴイルは? この人の体を捨ててどこかに……」


「洞窟の外に戻るぞ! 外で待っている奴らが襲われたら耐えられない!」


「俺様が何人か連れて行く! 何人かは念のため残ってくれ」


 ブレイバがジョエル、ビシュノフ、マノフ、デイビス、デューの5人を連れて外へ向かう。ノームとアスラもその後に続いた。


 ノームが石柱を消し去った事で、ゴースタは拘束を解かれた。キリムがゴースタを支え、エミーが治癒術で怪我を癒す。


「ほ……本当に、あんたなのかい」


「ごめん。大変な事を……してしまった。ズシに渡った後、おれは亜種の巣窟の存在を知った」


 ゴースタはエンシャント島に渡った後、デルの記念館を訪れた。そこで調べ物をした後、この洞窟の存在とガーゴイル戦の具体的な内容を知った。


 ガーゴイルは魔物を溢れんばかりに呼び出した……それは召喚士の力を使ったからではないか。ゴースタはそう睨み、そのような亜種が他にいないかを確かめようとした。


 旅人等級は8で、いざとなれば召喚術を使うことが出来る。洞窟の中に入りさえしなければ、危険など何もない……はずだった。


「洞窟に近付いた時、中から負の気配が漏れ出している事が分かった。こんな場所があってはならないと思い、ズシに戻って協会に連絡を入れようとした」


「あんたがエンシャントへ向かった時の事だね? 戻ってきてからのあんたは、どこか様子がおかしかった、なのに……私は」


 エバノワは涙を堪えきれず、ゴースタを抱きしめる。ゴースタの表情からは、申し訳なさと同時に安堵が窺えた。


「おれは……立ち去ろうとした時からの記憶があいまいだ。ただ、時々夢のようなものを見ていて……先日、自分がガーゴイルに操られている事に気付いた」


「パバスでの戦いの事だな」


「もしかして、偽装だと思っていたのは……本当のゴースタさん?」


「おれは……徐々に意識が戻っていく中で、自分が何かと戦っている事に気が付いた。ガーゴイルと呼ばれ、自分の状況を把握した」


「何故自我を取り戻せた」


 キリム達は、ガーゴイルがキリム達を油断させるために、ゴースタのような振る舞いをしたと思っていた。しかし、実際は本当にゴースタだった。


 ガーゴイルが宿主を支配できない状況をわざと作り出すだろうか。


「支配が一時的に……解けた?」


「消耗してしまって、支配を保てなかったのかも」


「だとしたら……」


 ガーゴイルは今、自身が思う程の力を発揮できていないのではないか。実際に当時よりも劣る戦力だというのに、大怪我を負った者はいない。


 オーディンが払い飛ばされ、ロイカ達が強打を喰らったものの、エミー達の回復術にも余裕を感じた。キリムやステアにいたっては、攻撃らしい攻撃を受けてもいない。


「召喚士だから……かも」


 ガーゴイルは、ゴースタが召喚士だと分かった上で襲い掛かった訳ではない。


 デルがガーゴイルに取り込まれる前、魔人を誕生させる際に召喚士達が媒体となった。魔人は魔物の力を殆ど持ち合わせておらず、亜種のように操られもしない。


 召喚士の血は、魔物の力を弱めるのではないか。


「ゴースタさんの体を乗っ取ったのはいいけど、召喚士の血が邪魔で、うまく力を発揮できていなかった?」


 考察を重ねても、ガーゴイルの真意は明らかにならない。だが、戦いを思い返すうち、1つの可能性が浮かび上がった。


「ゴースタの召喚能力は封じたが、血がなくなった訳ではない。堕落した者と違い、ゴースタは召喚士の適性を欠いたのではない」


「ガーゴイルは正の力のせいで、負の力を上手く取り込めなくなった。それでもゴースタさんを操り続けたのは、召喚士の動向を知るため」


「いずれにせよ、おれは……いや、わたくしは召喚士ギルドの支部長として責任を取る必要があります。不用意な行動がガーゴイルを呼び込んでしまった」


「そういうのは後で! とりあえず外に出ようよ、ここにガーゴイルがいないのなら、留まる必要は……」


 ジュディが洞窟から出る事を提案する。ステアとオーディンが全員を連れて移動しようとした時、オーディンがスレイプニルの嘶きを感じ取った。


「……外で何かが起こっている」


「行こう!」


 キリム達が洞窟の出口に飛んだ時、そこには魔物の群れが押し寄せていた。


「何……だ、これ」


「見ろ! ガーゴイルが飛んでる!」


 空にガーゴイルが浮いている。ガーゴイルはどこかにゲートの材料を準備していたのだ。


「雑魚なら問題ない! ……ステア、合わせろ! 剣……閃!」


 キリムが魔物の群れを切り裂く。バベルが等級の低い皆を結界で守り、ビシュノフやグウェイン達が大技で魔物をなぎ倒していく。相手は全てアンデッドであり、治癒術士達が確実に消滅させていく。


「グルル……」


「あいつ……ゴースタさんの体を手放した事で、喋れなくなったんだ」


「次の体を探している……攻撃術士と召喚士を狙わせるな! 取り込ませてはならない!」


 そうステアが叫んだ途端、ガーゴイルが持てる力の全てを使ったかのような、黒い竜巻を発生させた。


「バベル!」


「みんな、僕の後ろに!」


 バベルが結界を張り、全員がその中に入る。ただ、結界は広ければ広いだけ効果が弱くなる。防ぎきれなかった分の負の力にあてられ、何人かはその場に倒れ込んでしまった。


「結界でみんなを守るのは無理か、まずい」


「バベル! ガーゴイルを結界に閉じ込められないか!」


「ガーゴイルは人への憑依をやめた! 僕は魔物を結界に入らせることはできない! 魔人やさっきまでのガーゴイルなら……」


「俺が槍で串刺しを狙う! オーディン、あんたも!」


「エミー、デイビス、アスラとすぐに回復を! グウェイン、俺をガーゴイルまで打ち上げて! ジュディ、マノフ、術を畳み掛け……」


 キリムが猛攻を呼びかける。そんな中、ゴースタがよろよろと前に出た。


「結界から出ちゃだめだ!」


 ゴースタは振り向き、力なく、優しく微笑む。


「わたくしが……おれがガーゴイルをもう一度憑依させる。そうすればおれごと閉じ込められるだろう」


「そんな、ゴースタ……」


「母さん、こんな所まで来てくれて有難う。最期に会えてよかった。家内と子供を、頼んだ」

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