One last fight-08



「……おや、大切な息子を殺そうというのですか」


 ガーゴイルにとって、エバノワの言葉は予想外だった。息子の姿で現れたなら、涙を流して歩み寄るとでも思っていたのだろう。


 姿は真似出来ても、心までは理解できていない。キリム達にとってそれは虚しくも幸いだった。相手をガーゴイルとして倒すことが出来るからだ。


「……主、見ているだけでも良いぞ」


「いえ私が。何のためにあなたとカーズになったのか、あなたなら理解してくれているはずよ」


 エバノワ自身は殆ど攻撃術を会得していない。回復術の効果を上げるためには、癒しと真逆の力を使う攻撃術を使わない方が良い。


 大抵の治癒術使いは、生活魔法と揶揄される火の魔法ファイアと、水を発生させるアクアくらいしか覚えていない。例に漏れず、エバノワもそうだった。


「ファイアアァッ!」


 周囲が熱くなり、目の前を直視出来ない程の火球が発生した。エバノワにとっては、唯一の攻撃手段。エバノワは業火を放つつもりでガーゴイルへと炎を浴びせる。


「グッ……そうですか、そういう事ですカ……! 仕方がありまセン……ネエ!」


「ガーゴイル! あなたは私達が倒します!」


 炎はエバノワの恨みを全て込めたものだった。攻撃術士ではなく、ガーゴイルが火傷一つ追わない事は分かっている。


 エバノワによる覚悟の炎。それを黙って見過ごす面々ではなかった。


「剣……閃!」


「続く! 双刃斬」


 最初に動いたのはキリムだった。エバノワが許したとはいえ、相手はまだ人の姿。ビシュノフやグウェイン達は戸惑いもあるだろう。最初に切り込むのは自分だと決めていた。


「ギエェェェッ!」


 ガーゴイルは寸前で元の姿に戻り、翼でキリムとステアの攻撃を弾く。


「続けッ! フレイムストーム!」


「牙突槍! 兄貴ッ!」


「大木……割りィィィ!」


 マノフの攻撃術を皮切りに、皆が一斉に攻撃を仕掛けた。ガーゴイルは数メルテある天井近くまで飛び上がり、そこから急降下で襲い掛かる。


「ガードオォォ! キリムさん! 攻撃は任せた!」


「ガードプレス! やっ……まずい、外した!」


 ジョエルとロイカがガーゴイルの視線を盾で塞ぎ、その隙にキリムとステアが左右に散る。ガーゴイルがキリムへと振り返った隙に、ブレイバが斬りかかった。


「切り……落とし!」


「どこを狙うかは任せる! ガーゴイルは言葉が分かる、魔物相手と同じと思うな!」


 ステアの忠告に、どこを狙うか決めようとしていたビシュノフが口をつぐんだ。ガーゴイルは舌打ちを漏らす。


「コザカシイ……!」


 ガーゴイルが毒霧を吐いて視界を歪ませ、その隙に鋭い鉤爪で襲い掛かる。ロイカがグウェインを盾で守るが、押し負けてグウェインと共に倒れ込にでしまった。


「立て!」


 ジョエルがロイカの前に立ち、代わりに次の攻撃を防ぐ。


「ケアッ!」


「ヒール!」


 アスラが全員に解毒を施し、エミーとデイビスが過剰な程の回復を施す。治癒術が使える者は、アスラを含め5名。全員が僅かな消耗もない状態を保とうとしていた。


 漆黒の翼が幾度も視界を遮り、マノフやジュディが放つ魔法が横を通り過ぎる。ライトボールのおかげで視界は明るい。とはいえ、視界が良好とは言い難い。


 武器攻撃職の者は、素早いガーゴイルに翻弄され、なかなか攻撃を当てられずにいた。キリムが後ろへと回り込み、一瞬ステアと目が合う。


 ステアが小さく頷く。キリムはステアが翼を狙おうとしている事を察し、姿勢を低く保つ。その瞬間、バベルの怒号が響いた。


「キリム、上だぁ!」


 右翼を狙っていたキリムが上を向くよりも前に、バベルの盾がキリムの頭上を覆った。


 アダマンタイトを混ぜ込んだオリハルコンの盾が、ガーゴイルの殴打をしっかりと防ぐ。バベルの決して太いとは言えない腕が僅かに圧される。


 結界が本当にジュディ達を守れるという保証はない。まだ不完全だったパバスの戦いよりも、明らかにガーゴイルの動きが素早い。


 結界の効果を最大に保つため、バベルは結界をジュディ達だけに絞り、キリム達は自身の盾で守ると決めていた。


「破突」


 バベルがガーゴイルの殴打を防いでいる隙を狙い、オーディンが槍でガーゴイルの胴を貫かんとする。ガーゴイルの体が一瞬硬直した隙を狙い、ステアとブレイバが足払いを仕掛けた。


「コシャク……ナッ! 弱キヒトドモガ……!」


 ガーゴイルが鞭のような尾でオーディンの脇腹を打つ。オーディンは咄嗟に槍の柄で防ごうとするが、尾が巻き付いてしまい、槍と共に投げ飛ばされてしまった。


「フン……少しは知恵があるか」


「合わせるぞ!」


 掛け声だけで示し合わせ、キリムを含めた武器攻撃職が一斉にガーゴイルへ襲い掛かる。


「ブレード……ロール!」


「牙突槍!」


「双竜斬!」


 グウェインが前転宙返りをしながら斧を縦に振り下ろし、ディランがガーゴイルの胸元を貫こうとする。キリムが右翼を、ステアが左翼を狙い、ビシュノフとブレイバが最後に大剣を背中に振り下ろす。


「フレアーッ!」


「ウインドカッター!」


 ジュディとマノフも攻撃を合わせた。エミーとデイビスがたっぷりと補助術を掛け、万全の発動だ。バベル達が盾で視界を塞ぎ、全員で総攻撃を行えば、どれか1撃でも当たるだろう。


 キリムは2撃目を畳み掛ける。攻撃を喰らいそうになればバベルが守ってくれる。そう信じてキリムは更に双剣を振り続けた。


「グゥゥ……」


 体を硬直させて耐えたガーゴイルだったが、ディランの突きとキリムとステアの双剣は効果があったようだ。ガーゴイルは短く叫んで天井すれすれまで飛び上がり、攻撃をかわそうとする。


 地面にガーゴイルの黒い血がボトボトと落ちた。


「フレイムストーム!」


「キリム、飛べ!」


 今度はジュディの攻撃に合わせ、キリムがステアに打ち上げられた。ガーゴイルは寸前でかわして逃げる。


「ノーム!」


「もう少しなんだ、もう少し……」


 ノームは何かをしようとしている。それを待つ間、キリム達は攻撃を当てようと技を繰り出していく。


「あいつ、もしかしたら自分を回復させようとしているんじゃ」


「どこかに魔物の死体を山積みしていてもおかしくないな」


「スラストオォォ!」


 グウェインの斧がディランを打ち上げ、ディランがガーゴイルの腹を狙う。その避ける向きを予想し、オーディンとブレイバが遠距離攻撃を仕掛ける。


「剣……閃!」


「破光雷冥」


「ウォォオノレェェ!」


 ブレイバの一撃がガーゴイルの尻尾の先端を切断した。切断された部分にオーディンが放った雷の突きがまとわりつき、ガーゴイルがふらりとぐらつく。


「短冊……斬り!」


 近くの壁を足掛かりにし、キリムがガーゴイルに素早い連続攻撃を繰り出した。尻尾で弾かれる事を想定しながら、次の誰かの攻撃を待つ。


「グォォォーッ!」


 ガーゴイルは近づかせまいと、濃い毒霧を吐き散らす。その上でエバノワとデューへと狙いを定めた。


 キリムは召喚士だが、双剣で攻撃をし、身を護る手段も持っている。エバノワとデューから先に殺し、同時にオーディンとブレイバの消滅を図るつもりだ。


「死ネェェ!」


「デュー!」


「エバノワさん!」


 エバノワ達は治癒術を唱え終わったばかり。アスラも解毒を施している最中だ。ガーゴイルは魔法使い達が完全に無防備な状態を狙ったのだ。


「させるかっ!」


「フンッ!」


「私が行く!」


 ロイカが盾を持って2人の前に立ちはだかり、ブレイバとオーディンがその背を支える。崩れながらもなんとか持ち堪えた所に、ステアの声が響き渡った。


「バベル!」


 ステアがバベルの名を呼んだ瞬間、バベルの反射能力が発動した。ガーゴイルは今の攻撃を跳ね返され、口からドス黒い血を吐く。


「キ……サマァ!」


 ガーゴイルは再び飛び上がる。近接攻撃が通じなくなったのも束の間、僅かに灰黒の洞窟の天井が蠢いた。


「負の力で地面の状態が悪くて……時間が掛かった! いくよっ!」


 ノームが能力を発動させた。どんな事が起きるか分からず全員が身構える中、地面ではなく真上から石柱が数本現れ、ガーゴイルを囲む事に成功した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る