One last fight-10



「これが僕の固有術だよ! 忘れず念じて!」


「バベルくん待って! ゴースタさん、駄目だ!」


「……ノーム! 奴の能力を封じた碑文を消してこい!」


「駄目だってば!」


 ステアがノームに指示を出し、ノームがクラムの棲み処へと急ぐ。キリムが止めるも間に合わない。


 ゴースタに召喚能力が戻れば、支配される前にバベルを召喚することが出来る。


 ステアは、ガーゴイルに憑依されたゴースタを結界で包み込み、そのまま結界に閉じ込めたなら、ガーゴイルを今度こそ倒せると考えていた。


 それはゴースタを犠牲にし、ガーゴイルを道連れにするという事でもある。


「さあ来い、ガーゴイル!」


「ギエェェェェッ!」


 ゴースタがガーゴイルを挑発するようにファイアを唱えた。ガーゴイルは狙い通り、ゴースタの体へ憑依を試みる。


 ゴースタの体から抜け出たのは、放棄したかった訳ではないという事だ。


「ゴースタ!」


「ギギギギッ……」


 ガーゴイルが黒い霧となり、ゴースタの体を覆う。全身を真っ黒に侵食されながら、ゴースタがニヤリと笑みを浮かべた。


「やっぱり助けましょ! 全員で帰らなくちゃ意味がないじゃない!」


「そうだ、助けられるなら助けるべきだろう!」


「いやもう無理だ、憑依が終わってしまった」


 憑依されたゴースタの背に、黒く大きな翼が生えはじめた。石柱に貫かれたはずの翼は再生させたようだ。ノームが戻ってきて、状況を尋ねる。


「碑文を消して来たよ! どうだい!」


「わ、分からない!」


「エバノワさん、いいの!? あの人が悪いわけじゃないのに!」


「……もちろん死んで欲しいとは思ってない。でも、それ以外の手段は? あの子はそれを承知であの場所に立ってるの」


「……そうですけど!」


「ゲートの材料を他に隠している可能性もあるわ。他所の町に飛ばれ、他の者に憑依されたら」


「その時は世界中の町を回って、ガーゴイルの気配を探ればいいの!」


 ジュディがエバノワから「やめて欲しい」の一言を引き出そうとする。だがエバノワはゴースタの意思を尊重した。


 母親として、交代できるのなら代わってやりたいと思っていたものの、オーディンをも巻き添えにしてしまう。エバノワが知るゴースタは、苦しみを他人に押し付けるような性格ではない。


 ジュディはエバノワの苦悩を察し、それ以上の言葉を飲み込んだ。


「フフフ……人とは……弱イ存在だナ」


 ゴースタの面影を失くしたガーゴイルが、キリム達を嘲笑う。


 ガーゴイルに憑依されたのは、悪意のない者。憑依が解けたなら元のゴースタがいる。そう思うと、誰も斬りかかることが出来ない。


「召喚は!? クラムバベル、まだですか!?」


「まだ、まだ呼ばれてない!」


「そんな、間に合わなかったというのか!?」


 エミーの問いかけにバベルが首を横に振る。ジョエルが不安そうに振り返り、ビシュノフ達の顔色を窺った。攻撃陣も皆が躊躇いの表情を見せている。


「……俺が斬る。ゴースタさんの狙いも覚悟も無駄にはしない」


 キリムが双剣を顔の前で構え、姿勢を低くした。草木の少ない大地を踏みしめ、不気味に笑うガーゴイルへジリジリと近寄っていく。


 その時、バベルが「あっ」と声を漏らし、ガーゴイルの周囲が淡く光った。


「キリム待って! まだゴースタさんがそこにいる!」


「えっ」


「僕が呼ばれた! 任せて!」


 バベルがすかさず前に出て、盾を構えて腕を突き出す。


「何ヲ……まさカ」


「僕がお前を封じる!」


 バベルの結界がガーゴイルを中心に発動された。バベルが半透明で白く輝く結界をどんどんと収縮させていく。


「キ……サマァァァ!」


「バベルさま! いけーっ!」


「キリム、封じきれない時は」


「死月、だね。俺とステアで合わせよう」


 結界がどんどんと収縮していく。ふと、バベルがアスラへと振り向いた。


「アスラ、僕を召喚して」


「力が足りぬか、承知した」


 アスラもまた、バベルの固有術を唱える。だがアスラはその直後、バベルの意図を察した。


「そなた……もしや」


 バベルは問いかけに答えない。ガーゴイルを捕らえた結界はどんどん収縮していき、直径2メルテもない球体となっている。ガーゴイルは身動きが取れないまま、結界の中で叫び声を上げ続けていた。


「アスラ! 早く!」


「だが、それでは」


「時間がない!」


 アスラは躊躇いを見せながらも頷く。


「何? 何をするの?」


 デューが状況の説明を求めようとする。だがブレイバは悔しそうに球体を見つめるだけで、答えない。


「もしかして……バベルくん、待つんだ!」


 キリムもバベルの意図に気が付いた。バベルはこの瞬間をずっと待っていたのだ。


「バベルくん! 倒す方法はある! 死月を喰らわせるんだ!」


「それだと、ゴースタが助からないよ」


 バベルが結界の中へと侵入した。バベルが結界を更に結界で包んだ後、アスラの魔法障壁が発動し、バベルを中心に広がっていく。


 ガーゴイルの体がミシミシと音を立てる中、その体から何かが押し出された。


「ゴースタ、さん?」


 それはゴースタの体だった。結界と魔法障壁に阻まれ、ガーゴイルの憑依から絞り出されたのだ。


 ゴースタは球状の結界の外に倒れ、ロイカが慌てて駆け寄る。


「これを狙うため? クラムバベル! ゴースタさんは無事です!」


「うん、もう大丈夫」


 ゴースタの結界は解かれている。バベルはまだガーゴイルと共に結界の中に立っていた。最初の結界の外に結界を張ったため、まだその大きさには余裕がある。


「そうか、バベルは魔物に結界を張ることはできないが、結界を結界で包む事は出来る……最初から結界の中にいるのと同じ」


「よ、よっしゃ! 武器は通るんだよな! 今なら行ける!」


「死月ッ!」


 ブレイバが球体めがけて剣を振り下ろし、グングニルがそれに続いた。咄嗟にキリムとステアも死月を繰り出す。


 その面々の顔には、余裕がない。


 真昼の空中、地表から僅か数十セルテの位置に、ガーゴイルだけを写す黒い鏡が2枚浮かび上がった。グングニルの槍とブレイバの剣が、今にもその鏡を破らんと構えられている。


「もう死月が……捕らえた! バベルくん、結界は解いていい!」


「キリム、よく聞いて」


 バベルがゆっくりと向きを変え、キリムに微笑む。死月の維持は膨大な気力を消費するため、キリムは歯を食いしばったままだ。


「ガーゴイルは、僕が連れて行く」


「その必要は……ない!」


「結界の中に閉じ込めないと、駄目なんだ」


 ジョエルやロイカ達も、バベルが何をしようとしているのか、ようやく理解した。バベルは自分と共にガーゴイルを結界に封じようとしているのだ。


 エバノワが慌てて結界に駆け寄り、バベルを止めようとする。


「それならば私が。オーディンを巻き添えにしないよう、私は身代わりを諦めていました。でもあなたを消滅させるくらいなら、私が」


「……短い時間だったが、俺はあるべき主と出会うことが出来た。悔いはない」


 エバノワが自身に憑依させ共に斬れと伝えるも、バベルは首を振る。


「ガーゴイルが持つ負の力を、この世界に僅かでも残しちゃいけない」


 クラムが再び世に転生するのなら、正反対の力である魔物も、いつかまた発生してしまう。封じて世界と断ち切らなければ、数百年後に持ち越すだけだ。


「僕が封じる。ステア……僕の召喚は生涯解かないで。オーディン、ブレイバ、君達もどうか。カーズとなったみんなだからこそ出来る」


「お、おい……それでいいのかよ」


 ブレイバが動揺し、ステアの顔を窺う。その間にも結界はどんどん小さくなっていき、とうとう直径はバベルの背丈程になってしまった。


 ガーゴイルはバベルの盾で結界の壁に押さえつけられ、身動き1つ取れずにいる。


 キリムとステアは死月を維持できず、攻撃態勢を解いてしまう。バベルはニッコリと微笑み、それでいいんだと頷いた。


「僕はキリム達と一緒に過ごせたから、クラムとしての役割を果たせる。僕は、人を守りたいと思った。今度こそ、今度こそ守れるんだ」


「……ガーゴイルを倒すのは……俺達の運命じゃなかったのか! ステアや、オーディンや……俺達が今まで生きて来た目的じゃないのか!」


「そうだよ。だからみんなが僕を、グラディウスの意志を呼び戻してくれた。僕は君達の願いなんだ。だから僕が成し遂げる。僕の事を忘れないで、キリム」

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