One last fight-02
* * * * * * * * *
「んー、やり直しだね」
「えっ……え? いや、やり直し?」
「うん、その剣を誰に持たせるんだい」
「ジョエルって剣盾士だろう」
エンキが熱く厳しく防具製作の指導をしている頃、ワーフはノウイの借り工房で武器製作の指導をしていた。
攻撃術士、治癒術士に関しては武器を必要としない。攻撃術士のジュディとマノフ、治癒術士のエミーとデイビス、召喚士のエバノワとデューは魔術書を専門店に発注している。
防具よりも製作する数は少なくなる。その分じっくりと作ることができるとはいえ、ワーフ組からはまだ合格が出ていなかった。ワーフはちょうど今も、1人の鍛冶師に不合格を出したところだ。
「剣盾士に持たせる武器と分かった上で、これを作ったのかい」
「俺の剣の切れ味は旅人に絶賛されてんだ! だから俺が呼ばれたんだろう!」
「確かにおいらはそう聞いた。けれど、おいらは君ならジョエルくんを守れると思って、彼の剣を君に頼んでいるんだ」
「……どういう事だ」
中年の鍛冶師が帽子を取り、坊主頭を撫でながら不満そうに聞き返す。腕利きの鍛冶師、とりわけ長年やってきた鍛冶師はプライドが高い。相手がワーフだからと譲る気はないようだ。
ワーフが不合格にしたのは、オリハルコンを用いた最高級の剣だ。長めの細身で小回りが利き、鍔の形は滑らかな曲線を描く上品な仕上がりとなっている。刃には一切の歪みがなく、両刃の片手剣としては申し分ない。
「その剣を剣術士に持たせる、もしくは双剣士に持たせるのなら合格を出した。けれど剣盾士には持たせられない」
「……ハッキリ言ってくれ、何が駄目なんだ。剣術士に通用するピカイチの剣の何が悪い」
鍛冶師の男は武器に絶対の自信を持っていた。防具組の者達もそうだったのだから、そこには何も言うべき点はない。では何がいけないのか。
それはその剣を扱う剣盾士の役割にあった。
「その剣は斬るために持たせるんじゃない。守るために持たせるんだ。君は剣盾士の役割を理解していないのかい」
「あ? 守るって、守るために盾を持たせるんだろう。剣で斬らなきゃどうするんだ」
「……うーん、自分で答えを出して欲しいところなのだけれど、駄目だね。ジョエルくんの武器はおいらが作るから、君は帰るといい」
ワーフは剣を預かり、作業台の上に男の荷物を置く。帰れという意味だ。
「なっ……い、いくら鍛冶の神だからって、たった数日でここまで仕上げられる奴は俺しかいねえんだぞ! 俺の剣を超えるもんを誰が作るんだ!」
「おいらが作るよ。他の人に任せてもいい、きっとよく分かっているはずさ」
ワーフはそう言って、斜め後ろで金床を拭いている女に視線を移す。彼女は剣盾士のロイカの剣を作っている所だ。理由は違えど、彼女も1度ワーフから不合格を渡されていた。
「彼女に2本作ってもらうのもいいね」
「あいつも不合格だっただろう! 俺が見ても間違いなく俺の作った剣の方がいい」
「剣としてはそうだろうね。でも剣盾士の剣なら彼女のものがまだよかった。さあ、帰りの船賃だよ」
ワーフは男を適当にあしらい、船賃が入った袋を渡す。鍛冶師仲間の前で帰れと言われ、男はとうとう我慢が出来なくなった。
「ばっ……馬鹿にしやがって!」
「君が剣盾士を馬鹿にしているからさ」
男が声を荒げ、ワーフを睨みつける。もちろん、ワーフの方だって叱るのなら皆に見えないところの方がいい。男は侮辱と捉えてしまっただろう。
さっさと駄目な点を教えていれば、男はここまで憤怒しなかったかもしれない。それでも、ワーフはどうしても男のものづくりの姿勢が我慢ならなかった。
男は剣を作る事しか考えず、使う者の事を全く見ていなかった。
「ジョエルくんの特訓をちゃんと見ていたのかい? 何故おいらがその剣じゃ駄目と言ったのか。えっと、マリくん。君は分かるね」
ワーフはロイカの剣を作っている女に声を掛ける。
「え、あ……はい。まず、そんなに細い剣では防げません。剣盾士が持つ剣は、間合いの確保、威嚇、相手を押し戻すために使うんです。斬り捨てるための剣じゃありません」
「うん、そうだね。他には?」
「その鍔の形状では、剣の腹を向けていないと相手の爪が引っ掛かりません。刃と平行ではなく、直角にも伸びている必要があります。要するに、全周が望ましい」
「うん、良い答えだ。だからおいらは君を武器製作のチームに選んだ。マリくんは最初から使う相手を想定できていたね」
「……小難しい細工はいらないって、怒られちゃいましたけどね」
一度不合格を出したとはいえ、自ら考え、真摯にアドバイスを受け入れる。ワーフはそのような鍛冶師が好きだった。「俺が作った物を黙って使え」というタイプの鍛冶師に用はないのだ。
「……もう1度言うよ。君に命を守る剣は作れない。帰っておくれ」
ワーフは男に再度帰宅を促す。男はぐっと拳に握りしめた後、深く息を吸い込んで頭を下げた。
「申し訳ありませんでした! 確かに、俺は斬るための剣を作っていました。切れ味さえ良ければ、戦い易い形状でありさえすればいいと信じていました!」
「おいらに謝っても仕方がないよ。扱う人に伝えるべきだ。もっとも、まだ誰も扱っていないのだから、謝る必要なんてないのだけれどね」
ワーフは頭を下げたままの男をじっと見つめている。謝る必要はない。それならそもそも許す許さないの話ではない。ただ男の次の言葉を待っていた。
「……俺に、剣盾士用の剣を作らせて下さい!」
「言われた通りに出来ましたじゃ困るよ。ジョエルくん用の剣を作れるのかい」
「はい、必ず。大変申し訳ないのですが、特訓中の彼らの許へ、もう一度連れて行っていただけないでしょうか! 剣盾士の動きを確認したいのです」
男の言葉を聞き、ようやくワーフの目が笑った。心意気は合格点に達したようだ。
「うん、君が最適で最高の品を作るためなら協力するよ」
ワーフが全員の作業を確かめ、少しだけ留守にすると告げる。その直後、工房の扉が勢いよく開いた。
「にゃひひ! 高そうな武器の匂いがするのである!」
「やや、ニキータ! ちょうど良かった。疲れが溜まった特訓組の旅人に、新鮮な肉や魚、回復材を届ける気はないかい」
「商売の需要があるにゃ? 吾輩、役に立つのはやぶさかでもないにゃ」
「出来ればこの鍛冶師くんと一緒に行ってくれないかい。連れて行ってくれるのなら、この剣を譲ろう。お金はいらない」
「えっ」
ワーフは不合格にした剣を差し出す。男は驚いてワーフへと視線を向けた。要らないガラクタを押し付けるという事なのか。
「にゃ? こんな凄い剣をもらっていいにゃ? ヒヒッ、吾輩、儲けたのである!」
「おいらが保証するよ。その剣に勝るような剣はどこにも並んでいないさ」
「えっ?」
男は再び驚き、不安そうにワーフを見つめる。ワーフは首だけくるりと回し、男の顔を見上げた。
「剣盾士が持つには最低の剣だ。けれど、剣術士が持つにはこの上なく優秀な剣だよ。ビシュノフくんは大剣を扱うから渡せない、それだけさ。この剣を手に出来る剣術士は幸運だね」
「わ、ワーフ様……」
「君が作ったのかい? やるにゃ、ワーフが認める武器なんて、なかなかないのにゃ」
ワーフは男のプライドを守る事も忘れなかった。作る相手を想像していなかったとはいえ、剣としての出来は間違いなく良い。
店で剣術士向けとして置いたなら、見つけた剣術士が慌てて金を下ろしに戻る。それ程に優秀な剣だった。もしもキリムとステアが双剣使いでなかったなら、これを持たせてもいいくらいだ。
「というわけで。ニキータ、ひとっ飛びお願いするよ。えっと……」
「バーリスです、ワーフ様」
「そうだった、ごめんごめん。頼んだよ、バーリス」
バーリスは帽子を被りなおし、誇らしげな顔で頷く。
「はい! 行ってきます!」
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