One last fight-03



 * * * * * * * * *



 2週間の募集期限も終了となった昼下がり。キリム達は宿で装備一式を手渡され、満面の笑みで自身や互いの姿を褒め合っていた。


「見てよこの鎧! 飾らないデザインでいいなんてもう言わない!」


「ロイカ、気付いた? あたし達のローブの襟から裾まで、全部薔薇の形に織られてるの! ロイカの胸の薔薇と合わせてあるんじゃない?」


「えっ、えーっ!? うっそ、そういう事!? やーん凄い! 一流の鍛冶師さんってそんな事まで考えてくれるのね!」


「アイデアがいいよね。私とジュディのコート型のローブ、薔薇の色が違うだけとは思えないし」


 ロイカ、ジュディ、エミーの3人は互いの装備を見比べつつ、それはそれは満足げな表情を浮かべていた。3人はこれまでも、魔窟の地下深くに潜れる程度には良い装備を着ていたつもりだった。


 だが今回装備を用意したのは、エンキとワーフによって真の腕を引き出された鍛冶師達だ。ローブにも贅沢な素材を惜しみなく使われ、コストや売値を全く意識せず作られている。


 それぞれの鍛冶師の一世一代の腕試し。費用は全てキリム達が持ち、製作代金も言い値、拘れるだけ拘っている。実用的な芸術品を作ったと言ってもいい。


 グウェインとディランは、武器を構えながら違いを確かめていた。


「へー、なんか今まで使ってた鎧よりも武器を構えやすい。なんでだ?」


「俺と兄貴、装備のデザインは似てるけど……あ、ほら、左は腕周りの可動域広く取られてないか?」


「うわ、ほんとだ! あれ、お前の小手の内側、そのプレートって……槍の固定考えられてる?」


「へっ? え……あーほんとだ! 狙い定めやすいわ! なるほどなー」


 近接攻撃職の者は武器を構えながら、いかに使い易いかを自慢している。防具のグレードが上がればその分防御性能も上がる。対峙する魔物が強くなるため、体を覆う面積も広くなる。


 そうなれば装備はゴツくなり、動きづらくなりがちだ。それは鍛冶師の腕のせいではなく、手に入る素材、費用、どのように使われるか分からない等の理由がある。


 優秀で引く手あまたな鍛冶師を戦いに連れて行き、観察させ、素材を全て与える。その間に他の装備を作れないため、当然高額な休業補償も行う。


 そのような事が当たり前に出来る訳でもなく、またそこまでの装備が必要な場面もない。何かを犠牲にして防御性能を取る。普通はそれしかないのだ。


「キリム、俺達が出来る事は全部やった。250年前とどれだけガーゴイルが変わったのは分からねえけど、前の装備よりは確実にいい」


「パバスのガーゴイル戦で傷をつける事が出来たのなら、今回の武器で必ずトドメを刺せる。おいら達はそのために武器を用意したんだ」


「ありがとう、自信を持って戦えるよ。エンキとワーフが言うなら間違いないね」


「俺とキリムの装備まで用意してくれたとはな。これで攻撃を受ける事を恐れずに済む」


 キリムとステアは共に黒い軽鎧を着ている。共に右脇腹で交差する白十字が良く映えるデザインだ。魔物は視線を誘導され、何も書かれていない右胸部分、もしくはラインが交差する右わき腹、どちらかに狙いを定めてしまう。


「なあ。この防具を作ってくれた方にお礼を言いたい。動き易さ、軽さ、胸当て内部の凹凸構造による性能強化、全てにおいて感激した」


 ジョエルの鎧を製作した鍛冶師は、とても嬉しそうに頭を掻く。彼はエンキに諭された後、一切の妥協を行わなかった。その結果、旅人の中でもほんの一握りの強さを持つ者に認められた。自分の信念に自信を持った瞬間だ。


 旅人は放浪する。鍛冶師も販売は装備屋に委託し、製作だけに集中する事も多い。実は、こうして直接使った感触や礼を述べられる経験は殆どない。


「私達も携われて光栄です。皆さん、私達の力作をどうか役立てて下さい」


 鍛冶師達と握手を交わし、キリム達はいよいよガーゴイル戦へと旅立つ。パズズや他の魔物達とひたすら戦いを重ね、もう戦いへの恐怖心はない。


「行ってくるよ。今度こそケリを付ける」


「おう! まあ気負わず行こうぜ、特別な事を考えなくていい、相手はいつもの魔物だ。強いってだけさ」


「そうだね。1度勝った相手だし、パバスでもあの状況じゃなかったら倒せた」


「僕、結局盾と結界を同時に使える方法が分からなかった……」


 バベルはまだ結界で守りながら自身が戦う方法を見つけられずにいた。しかし、もう考えている時間がない。


「守る事が何より重要だ。ローブ職はどうしても攻撃に弱くなるからね、結界は狭めて良いから、魔法チームを必ず守って」


「分かった。キリム達はジョエルとロイカに任せるよ」


「うん」


 ステアが数人の肩を抱き、決戦の地へと瞬間移動する。バベル、ブレイバ、オーディンも旅人を連れて瞬間移動を発動させた。


「行っちまった。ワーフ様、じゃあ後は鍛冶師チームの帰りをお願いしていいですか」


「うん。じゃあ最初にノウイ行きを」


 ワーフが鍛冶師達を家のある町まで送り届ける。最後に残った鍛冶師がヤザン大陸へ帰れば、その場にはエンキだけが残った。


「これで、世界中の鍛冶師の力量が引っ張られて上がればいいんだけどな」


 ジェインズのお抱え鍛冶師も2人いた。彼らはきっと今後も旅人のための装備を作ってくれるだろう。


「ステア、オーディン、バベル、ディン……じゃなかった、ディン・ブレイバ。召喚士はキリム、デュー、エバノワ、あとは等級3のレイナス、等級4のジョーア」


 結局、等級の高い旅人は集められなかった。もちろんオーディンとディン・ブレイバの2体がカーズの力で強くなれば、前回よりも戦力は上がる。バベルがいれば守りも堅い。


 しかし、唯一の欠点として、キリム達は他のクラムを召喚出来ない。アスラやエイルのように回復を得意とするクラム、ノームやサラマンダーのように、妨害を得意とするクラムの力を借りられない。


 そのため、苦肉の策として資質値が高い召喚士に声を掛けた。最終日だけでは2人しか集まらなかったが、これでアスラとノームが加われば頼もしい。


 2人とも、ガーゴイルと対峙できる度胸はなく、経験も足りない。そのため、2人はその仲間達と入り口で待機する事になっている。


「ワーフ様が向かうなら、装備の手入れは問題ない。等級が低い奴らもワーフ様が連絡係になればクラムを頼ることが出来る。だけど……」


 エンキは最高の武器防具を持たせて送り出したというのに、なんとも浮かない顔をしている。キリム達の前では堂々と振舞っていたが、決して万全とは言えない体制を心配していた。


 その原因は、共に戦う仲間の少なさにあった。


 キリム達と戦えると知り、面白半分で参加を希望する者や、ガーゴイル戦を利用してのし上がろうと企む者など、志の低い者が多過ぎた。


 そんな者がいては士気が下がってしまう。結局参加できたのは、召喚士のレイナス、ジョーアの2人の女性と、それぞれの仲間が合計6人。そしてデューの仲間の2人、それ以外は最初に集まったグウェイン達、ジョエル達だけだ。


 亜種の棲み処に乗り込み、ガーゴイルと戦うメンバーは増えていない。


「数で来られたら対応できるのか。ガーゴイルはゲートのために魔物を相当数用意するはず……」


 時間は限られ、用意周到に駆けつけた訳ではない。戦える者も少ない。


「それでも案外あっさり倒しちまうかもな。明日の今頃にはもう帰って来てたり、最高の装備の出番が無かったと笑ってる奴がいるかも」


 エンキは父親の軽鎧を見つめながら、心の中で祈りを捧げる。


「俺がワーフ様と出会ったのも、きっとガーゴイルを倒すため。キリム達を勝たせるため。俺の覚悟に意味がなかったなんて言わせねえ。頼むぞ、キリム、ステア」


 エンキは工房の鍵を掛け、宿の開店準備に取り掛かる。その頃、エンシャントの地を踏んだ一行は、早速戦闘に突入していた。

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