One last fight~いつか、二度と逢えない君たちへ~

One last fight-01


 One last fight~いつか、二度と逢えない君たちへ~





「うぉらっ! 今なんて呟いた、あ?」


「ひっ!? す、すみません!」


「何て呟いたかって聞いたんだよ」


「こ、これくらいでいいかな、と」


 エンキとワーフが鍛冶師達の指導を始めて5日目。職人たちは汗水垂らして傑作を準備している所だ。


 キリムの宿の隣に構えた工房にいるのは5人。ワーフはノウイの廃業した工房を借り上げ、そちらに他の6人を連れて行った。彼らはガーゴイルと対峙する旅人のため、大急ぎで丁寧に装備を仕上げていく。


 エンキが腕組みをすれば、鍛冶で鍛えた上腕が丸太のようだ。40代程の鍛冶師はビクビクしながら返事をした。


「これくらいでいいかだと? それを決めるのは誰なんだよ。妥協されちゃ困るって言っただろうが! 胸張ってこれが自分の最高傑作って言えるのか?」


「は、はい!」


「旅人みたいに自分が死ぬ事はねえけどな。俺達はそいつらの命を背負ってんだ。それを着た旅人が装備のおかげで助かるか、死ぬか、あんたに懸かってんだぞ」


「も、もう少しやります!」


 エンキはオーディンと、ディン改めブレイバの事を知り、何としてでもガーゴイル討伐をさせてやりたいと強く願っていた。


 キリムが見た夢、エバノワが見た夢、そしてデューが見た夢。その悲しさをエンキはよく知っていた。


「……もう、死なせる訳にはいかねえんだ」


 エンキがワーフとカーズになった時、彼もまた夢を見ていた。その夢の中では、父親が最後にして最高の鎧を仕上げていた。


 父親が参加したキャラバンが魔物の襲撃で壊滅した後、無傷で見つかった鎧だ。


 父親がどんな思いで鎧を作っていたのか。子供であるエンキにどんな跡取りになって欲しかったのか。父親が夢の中で呟いた「この鎧ならどんな魔物が相手でも守ってやれる」という言葉は、エンキの胸に深く刻まれている。


 エンキとワーフで武器と防具、どちらの面倒を見るのか。エンキは防具を見ると即答した。


「エンキさん、防具仕上がりました、わたしの最高傑作を見て下さい!」


「おう! ……あ、いいな、成程な!」


 エンキが黒い短髪に白い半袖シャツの女鍛冶師に合格を出す。ワインレッドの胴、腕全体を覆う小手、腿まである足具。この装備を着るのは剣盾士のロイカだ。


 胸のプレートには、ロイカが好きだと言っていた花が彫刻されている。しかも、ただの飾りではない。花びらのように折り重なっていて、衝撃を和らげる効果がある。


「あいつの好みに、心臓を守る機能を持たせたか。いいな、俺そういうの好きだ」


「有難うございます!」


「しっかし、この短期間でこんな手の込んだ細工仕上げるとは驚きだ」


「わたし、鍛冶では誰にも負けてないつもりでいますからね」


 装備の表面、裏側の仕上げ方、材料表、そこから判断される最適な厚み。更にバーンスパイダーの糸を挟み、隙間を作った二重構造だ。


 鍛冶師達はロイカやジョエル達の戦いを見学し、担当する旅人の動作の癖、得意な型などを把握した。実際にどのように使われるかを知るためだ。


 そのお陰か、それぞれが着る相手を考えながら製作に取り掛かっている。


「炉の温度も一定、ムラなし! オリハルコンは1度高温に接したら、それ以上の温度を与えないと成型し直せないからな。こりゃいい腕してるわ」


「ふふっ、だから言ったんですよ、最高傑作です! って」


「ああ、間違いねえな。盾も頼むわ」


「任せて下さい! 最高傑作をお見せします」


「その鎧が最高傑作じゃねえのか」


「それは過去のわたしの最高傑作ですから」


 勝気な発言に見合うだけの逸品。特に皆を守る役目のロイカにとって、防具の性能は生死に直結してしまう。この装備は間違いなくロイカを守れると、エンキは確信していた。


「親父、この最高傑作を着せていたら……なんて後悔、絶対にさせねえからな」


「どうしたんですか?」


「……何でもねえ。宜しく頼むわ!」


 工房の隅には父親が遺した軽鎧が飾られている。布や革の部分はさすがに経年劣化しているが、かつてワーフが目を輝かせて「文句なしに素晴らしい!」と絶賛した防具だ。


 エンキはいつもそれを見て誓いを新たにする。


「エンキさん、チェックお願いします!」


「おう! チェックって、不十分な所が1つでもありゃ失格だぞ」


「大丈夫ですよ、2時間掛けても見つかりゃしません。作ったオレが一番分かってます」


 今度は銀髪の若い鍛冶師の男が軽鎧を仕上げたようだ。自信満々で、絶対に大丈夫だと胸を張っている。


「……左右の胸のプレートと腕の付け根、非対称だな」


「ええ、グウェインさんは斧の柄を持つ時、かなり手と手の間を幅広く持つんです。右腕が自然に伸びた状態を考えると、左腕の付け根は少し下を……」


「ああ、合格! 仕上げまで見てたけどよ、かなり豪快に叩いてるよな。んで厚みを測ったりせずに、オリハルコンが綺麗に伸びるギリギリで止める」


「はい。同じオリハルコン鉱石でも、抽出した後はそれぞれに個性がありますよね。叩いた音、ハンマーで打った感触を信じて鍛えてます」


 エンキが満足気に頷く。男が仕上げた装備は無理な曲げや細工がない。パーツは多いが、一体ではないため可動域も広い。


 材質の良さを生かし、無理に厚めに仕上げたりはしない。厚みが必要ならパーツを重ねる。素材の性質を熟知しているからこそ、このような装備になったのだ。


「こりゃグウェインが泣いて喜ぶぜ。もしかして、もうディランの分も作り始めてんのか?」


「はい。オレ、武器を作るなら槍が1番得意なんです。当然、槍を扱う時の最適な装備も」


「こりゃいい。んじゃあの兄弟まとめてお前に託すからよ、守ってやってくれ」


「お任せ下さい!」


 若手が満点合格を連発し、ベテラン達にも闘志が生まれる。先程妥協のような呟きを零した者も、今は周囲の音が全く聞こえていない程集中している。


「んじゃ、俺もそろそろ自分のを仕上げるかな」


 エンキの手元には黒い肩当てのパーツが並べられている。エンキが作る装備は非常にシンプルで、ゴツゴツしないすっきりとしたものが多い。


 一言で言えば、「狙いを定め難い」デザインだ。


「あいつを守るのは俺って決めてんだ」


 キリムの跳躍を邪魔せず、かつガーゴイルの爪を通さないプレート。キリムは溜めを作る際、鎖骨の辺りでギリギリまで体に腕を引きつける。その溜めを邪魔しないよう、胸当ての位置にも気を使った。


「よっしゃ! 仕上がった!」


 ひと際体の大きい鍛冶師の男が立ち上がった。その目の前のテーブルに置かれているものは、鎧ではなくローブ。コートのようでもある。


 黒いローブは襟の部分に赤い薔薇の飾りが施され、そのまま裾を一周する。太い糸の大きなボタンを留めたシルエットはとてもお洒落だ。


「……ほんとすげえな。俺の知り合いにこういう服が得意な人がいたからよく分かる。あんた、服作るの好きだろ」


「おう! お洒落ってもんは、その人の気持ちを上げるんスわ。特別な気分を味わい、自分に自信を持つ! 俺の腕ならそれが出来る!」


 男はお洒落を熱く語り始めた。体格といい発言といい、かつて共に装備を作ったゴジェそっくりだ。ノウイで出会った子孫のアイカが男だったなら、こうなっていたのだろうか。


「装備作れっつったんだけどな……でもこれは理に適ってる。この薔薇の飾りは全部魔糸だな。普通のローブみたいな内側に施してゴワゴワさせずに済む」


「これを着たジュディちゃんは絶対可愛いはず! こっちはエミーちゃん! 白薔薇だ」


「色違いか。これはこれでいいもんだな、統一感もある」


「ああ、2人ともきっと可愛いぞ……」


「おっさん、ああいや、俺より若いんだっけ。おい、本当に装備のつもりで作ったんだよな?」

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