LEGEND OF KNIGHT-10
「お嬢さん、体調は? どう?」
「あ、はい……大丈夫みたいです。えっと、この後どうしたらいいんでしたっけ」
デューは少し顔色が悪いながら、ハキハキと答える。ただ、心なしか声のトーンが低い。何か別の事を考えている様子だ。
「ディンがデューの血を貰って召喚したら、それでカーズ成立。大丈夫かな、顔色が悪いけど」
「ええ……うん。大丈夫」
デューの様子が気になり、キリムが椅子を引いて着座を促す。デューは自身の腕を短刀でほんの少しだけ傷つけ、血を滲ませる。
ディンが血を少し啜り、体中に血が巡るのを感じて驚いた。
「すげえ、なんだこれ……今なら剣を握っていれば、剣先まで自分の腕のように扱えそうだ」
「それが普通になる。召喚されたなら体の軽さに驚く」
「あっ、お前そんな状態で戦ってたから強かったんだな!? ずるいぞ」
ディンは声が上ずるほど上機嫌だ。デューに「あ、主……」と言って照れては顔を手で覆う。これにはエバノワとオーディンもたまらず笑い声を上げた。
「召喚……出来るか? 今じゃなくてもいいけどよ。顔色があんまり良くねえけど」
「ううん、大丈夫って言ったはずです。じゃあ、いきますね」
「おう、ドーンと来い!」
デューが深く息を吐き、一瞬溜めてからディンの固有術を口にする。その時、ディンの周囲を黒く蒸気のようなオーラが纏い始めた。
「……なんだ、どうした。今までとは違う」
「禍々しくもある。どこかディンならざる者の気配を感じるが」
ディン本人は戸惑いながらデューを見つめている。召喚は終わり、オーラは徐々に消えていく。デューは俯いたままだ。
「デューさん、あなたもしかして……気を失っている間に何かを見たのかしら」
「……私、やっぱりクラムディンの主になっちゃいけなかったのかも」
「どういうことだ」
デューは悲しそうな顔で声を絞り出す。キリムはそんなデューに自分の経験と見た夢を話し、エバノワも先程見た通りの内容を伝えた。
血が馴染むまでの間、あるべき主は何らかの自身やクラムに関係する夢を見る。それを知ったデューは、心なしか安心したようにも見えた。
「私も、夢を見ました。こんなにハッキリした夢は初めてだったかもしれないくらい」
「そこで、何か気になるものを見たのね」
「……はい」
「オレの事か? オレが前に何だったか見たって事か」
キリムはミスティの村人達の姿を見た。キリムにとってのきっかけはミスティの壊滅だ。対してエバノワは、オーディンがガーゴイルを討つ事のきっかけを見た。
キリムは自身の理由を、エバノワはクラムの理由を夢で目撃している。
デューはどちらなのか。それともどちらでもないのか。デューは言い辛そうにしていたが、覚悟を決めて顔を上げた。
「私、多分……
「何だって?」
デューの唐突な告白に、キリムは思わず聞き返してしまった。この世界の常識からは考えられないものだからだ。
魔物はクラムとは正反対の存在だ。仮に召喚が可能だとすれば、ガーゴイルはわざわざゲートを使うだろうか。
魔人はまだ一般的ではなく、好意的に見る者の方が少ない。魔人は多くがエンシャント大陸内に留まっている。
魔物の血が濃い場合、結界が強力な町には入るだけで命が削られる。旅は現実的ではない。
デュー自身は人の血が殆どを占めるのか、結界に苦労した経験はない。おまけに魔人に対して理解がある方ではなかった。
「夢の中で、私は……暗い部屋の中に寝ていました。蝋燭の明かりだけが灯っていて、魔物の死体が沢山並べられて……」
「聞く限りでは、あまり良い気がしない場所ね。無理して話してくれなくてもいいわ」
「魔物の死体が並べられていた? 部屋の中? って事は、誰か人がいませんでしたか」
部屋の中にいるのなら、連れて来られた可能性が高い。キリムはデューに無理がない程度に話を促す。
「白髪交じりの男が、私の横に立っていました。壁際に、傷付いた旅人が数人」
「どういう状況か分からないけど、魔物と旅人が戦って、魔物は捕まったって事かな」
「死体まで運ぶ必要があるだろうか」
「……なあ。オレはあんまり詳しく聞いた事なかったけどよ。それ、デルの屋敷を思い出さないか?」
デューが見た状況は、確かにデルの実験の状況に似ている。キリムとステアも思い返してそれを確信したようだ。
「その男の声とか、話の内容は?」
「本当に、いいな? と言われました。私はどうせ尽きる命ならと」
「ああ、やはりな。お前はデルが最初期に魔人を作り出した時の場面を見ている」
「戦いで傷付き、死を待つだけだった旅人に事情を話し、魔物をその体に宿したんです」
キリムは魔人がどのように生まれたのか、今現在どうなっているのかを聞かせる。
何も知らないのに話を作れるようなものではない。デューが見たのは確かに魔人にされた者の過去だった。
「魔人になった旅人の中には、召喚士もいたはずなんです。何か、それ以外に話はしていませんでしたか」
「これが実現すれば、魔物と人の争いはなくなる……みたいなことを」
「デルは本当に魔物を制御できる世界を目指していたのか。もちろん、良い方向に」
「うん。きっとガーゴイルに目を付けられ、体を乗っ取られた」
デューが見た夢は魔人のもの。では、その魔人はどこでガーゴイルを討伐する願望を持ったのか。それはデルの計画が答えをくれた。
「対話……そうか。エンシャントには他にも町があった。そこが魔物の大群に襲われ、壊滅したんだ」
「その元凶がガーゴイルだったのだな。旅人達はその戦いで傷付き……」
「魔物同士は意志疎通を図れる。ガーゴイルと言葉を交わし、凶行を止めさせるため交渉させようと考えたのだろう」
「私は……その作戦で、ガーゴイルに殺された」
デューの親も祖父母も、デューに魔人の子孫だと明かしていなかった。医者もその血に気付かないという事は、もう魔物の血は薄まり過ぎて検出できないのだろう。
「人の願望が生み出すクラムと、クラムの願望を叶える人……2つのパターンがあるんだね」
「いずれにせよ、俺達はガーゴイルを倒すしかない。そのためにこうして集まったんだ。俺は魔人のみんなとも交流がある。いい人ばかりだよ」
「そうだな、人よりも人らしさを備えている」
魔人が祖先だと知り、デューは小さくないショックを受けていた。キリムはそんなデューに、初めてズシの町で出会ったホテルの者達の事を聞かせ安心させた。
「オレのデューちゃんは魔物を血を持ってるってことだよな。魔物側も、もしかしたらガーゴイルを倒したかったんじゃねえかな」
「魔物が? ガーゴイルに逆らえず、強制的に行動させられていた魔物がいたのかな」
「キリムさん」
「ん?」
「ブレイバという人の話を聞いたことがありませんか」
「ブレイバ……いや、聞いた事ない」
デューは何かを考え込み、夢の中で自身が発した誰かの名前を詳しく話す。
「私は最後、ブレイバに伝えて、って」
「お、おい」
ブレイバという名前を聞いた瞬間、ディンの体の周囲が白く光を放ち始めた。先程の黒いもやとは正反対だ。灰色に近かった肌は真っ白に変わり、髪まで真っ白になった。
「もしかして……」
「ああ、これ、間違いない。俺の名前だ! 俺はディンじゃない、ブレイバ……」
「魔物の血が求めたのがディン、人の血が求めたのはブレイバってこと?」
「じゃあ俺はこの瞬間からブレイバだ! 体が軽い、心の中が綺麗に洗われたように清々しい!」
ディン改めブレイバがデューを抱き上げ、キラキラした瞳で感謝を伝える。酒を好み、ダラダラしていた彼はもういない。
「ディンって名前は……もしかしてデューのご先祖の名前だったのかもね」
「お、それいいな。その説を採用しておくぜ」
ステア、オーディン、ブレイバ、バベル。彼らを支えるワーフ。
この瞬間、ガーゴイルと戦うために生まれ、戦いに特化したクラム達がようやく全員覚醒した。
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