LEGEND OF KNIGHT-09



 キリム達はリビングに集まり、デューに事情を説明した。クラムディンの現状、血を与えて調子が良くなった場合、あるべき主従の可能性がある事。


 そして、キリムは自身やエバノワが辿り着いた1つの可能性にも言及した。


「俺達はかつて消滅したクラム、もしくはガーゴイルに敗れた何者かがクラム化した姿」


「うん。動機に関しては色々だけど、幽霊って目撃情報があるよね。人の意思や未練は、時に具現化される事もある」


「イーストウェイのアビーが最たる例だな。俺の場合、双剣士の霊に武神を願う人々の願いが乗ったのかもしれん」


「我らはそれぞれ騎士と騎馬だった、ということだな。ディンは大剣士だったのかもしれぬ」


 クラムの誕生は謎に包まれており、人の祈りを糧に生まれたであろうこと以外、殆ど分かっていない。クラム自信も理解していない。キリムとエバノワの推理に、ステアはしばらく考え込んでいた。


 それは感慨深いからでも、心当たりがないか思い返していたからでもなかった。


「幽霊は、悲願の達成で消滅すると聞く。アビーも消滅した。俺達も消えるのか」


「えっ」


「ガーゴイルの討伐が俺達の悲願なら、討伐が成功した時、俺の存在意義はなくなる」


 キリムもエバノワも、そこまでの事は考えていなかった。目的もなく彷徨う幽霊やアンデッドは存在するとしても、ステア達は目的を持っている。目的がなくなった時、どうなるのか。


「……その事実は、俺達の決意を鈍らせはしないか」


「確かに、そうですね。せっかく出会えた主従が……1つの目的を達成すれば消えてしまうとなれば、召喚士側の選択は更に辛いものとなります」


「俺は消滅を恐れた事などなかった。だが、俺が消えたならキリムも消える。俺達クラムがそれを良しとするはずがなかろう」


「クラムが、試されている? そんな必要はないはずなのに」


 クラムが主を大切にしたい事は分かり切っている。ワーフに至っては、戦闘で消滅する事を想定していないクラムだ。しかもエンキと装備を作り、鍛冶師としてずっとエンキと関わっていたいと願っている。


 その疑問に対し、カーズになっていないデューが口を開く。


「あの、カーズになったら消えないんじゃないでしょうか」


「どういうこと?」


「召喚したクラムが消えたら召喚士も消える。そこまではどのクラムも一緒です。だけど、カーズの場合、召喚していなくても消えちゃうんですよね? お互いに」


「うん。そこが違い? 俺がステアの血を飲んで、ステアの血が俺の中に流れる。俺がステアをこの世に留めている……ステアの目的になってるってことかな」


「あ、あくまでも私が咄嗟に思っただけなんですけど」


 答えを用意できる者は誰もいない。確かめて駄目だった時は、全員が消えているだろう。カーズになってしまったキリムやエバノワと違い、デューは今なら拒否できる。


 キリムの性格なら、討伐しない事を選ばない。エバノワも息子の仇のためなら死んでもいいと考えている。ステアもオーディンも、自身が存在し続ける事を最優先だとは思っていない。


「ディンは……どうなんだろう」


「うーん、分からないですね。とりあえずカーズになってみます」


「えっ?」


「……えっ?」


 あっさりと決めてしまったデューに対し、キリムが思わず聞き返してしまった。キリムは再度カーズとはどのようなものかを話し、良い事ばかりではないと念を押す。


「あ、大丈夫です。でも仲間には後で言っておかないとなぁ」


「そんなに軽く決めて、いいの?」


「えー? だって私はクラムディンの事を凄いクラムだと思ってるし、私が拒否して消滅させるなんて、邪魔みたいな真似出来ないじゃないですか」


「お嬢さん、決意は固いのね?」


「うん、大丈夫。なるようにしかならないわ、こんなもん」


 デューは金色の短い髪を撫でつけながら、足取りも軽くキリム達の部屋へと向かう。「こんなもん」とまで言われ、ステアは悩み抜いた250年前を思い出して苦笑いしてしまった。


「確かに、今思えば悩まずとも良い結果だったが」


「俺達を見ているからこそ、決断しやすかったのかもしれんな」


 本人が望むのであれば、止める権利はない。一番驚いたのはデューの事を聞かされたディンだ。具合が悪いながらも体を起こして、本当にいいのかと確認する。


「私が決めたんです。あなたは?」


「オレは……そりゃあ嬉しいけど」


「だったらいいじゃない。さ、始めましょ」


 ディンがキリム達に視線を向ける。どうやら感想はキリム達と同じらしい。


「ちゃんと説明はしてるよ。それでもいいんだってさ」


「フン、お前に似ている」


 まずはディンがデューの血を飲む。案の定、ディンの体調はすぐに良くなった。デューがあるべき主である証拠だ。


 次にディンが自身の腕を剣で薄く傷つけ、血を滲ませる。デューは「ちょっと失礼」と言って躊躇いなく血を舐め取った。


「うっそ、俺なんて無理矢理ねじ込んでもらったのに」


「私も、カップに入れていただいたわ」


「行儀悪かったかな? ごめんなさい、仲間からもガサツって言われてて。気を付けてはいるんですけど……」


 そう言いながら、デューがゆっくりとキリムのベッドに腰を下ろす。そのままおでこを押さえたかと思うと、ゆっくり目を閉じた。


「お、おい……」


「大丈夫だよ。血が体に馴染むまで時間が掛かるんだ。こちら、エバノワさん。一足早くオーディンとカーズになった」


「えっ、オレだけじゃなくて他にも?」


「あくまでも仮説とした上で、今回は過去のガーゴイルとの因縁を持つクラムが揃ってあるべき主を得た」


「因縁?」


 ディンはキリム達から事情を聞き、これまで謎だったクラムの真実に納得がいったようだった。前回のステアとワーフがカーズになった時期を踏まえても、ガーゴイルが関係しているという説はそれらしく聞こえる。


「まあ、思い出せる訳じゃねえからなあ。オレはオレさ。ガーゴイルを討伐した瞬間に消えたとしても、デューちゃんが納得してるなら構わない」


「夢の中で、何を見ているのかしらね。この子の生い立ちは何も聞いていなかったけれど」


「俺もエバノワさんも、ガーゴイルに個人的な恨みがある。だけどデューは……」


「どうだろうな。最近はガーゴイルの出現も大きな壊滅事件も聞いた事はなかった」


 唐突に現れた2人のあるべき主。分かったのは、必ずクラムに不調が現れるという事。クラムの目的が達成される前に、あるべき主が現れる事。


 クラムには、人々の願いだけでなく、クラム自身が気付かない別の目的もあるという事。


「バベルくんは、クラム達が願った特殊なクラム……」


「そういえばバベルだけを残していたが、大丈夫だろうか。俺は特訓に戻るとしよう」


「俺も行こう。主、スレイプニルを頼んだ」


 ステアとオーディンが油田村の跡地へと移動し、キリムはエバノワとディンと共にデューの目覚めを待つ。


「泊まり客が来るかもしれないし、準備しないと」


「わたしも手伝いましょう。クラムディン、あなたはお嬢さんの傍に」


「あ、ああ……。なんだか、突然過ぎて信じられない。キリムくんはあんなにも苦しんだのに」


「それは、俺達がさっさとカーズにならなかったからだよ。前例もなかったし。必要がないなら苦しまない方がいいんだ」


 暫くしてステア達は特訓組をベンガまで運び、宿に戻って来た。時差の都合により、次は宿周辺が夜になった頃に出発だ。


 エバノワは食事の準備を始め、キリムが風呂場の清掃に取り掛かる。外が段々と暗くなってきた頃にデューが目覚め、ディンに支えられてリビングへ出てきた。

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