LEGEND OF KNIGHT-08
ステアが再び瞬間移動で消えた。ディンは眠りに就き、静寂が訪れる。キリムはステアが寝込んだかつての事を思い出していた。
「俺は村を壊滅させられて、父さんと母さんを亡くした。今回、エバノワさんは息子の体を乗っ取られた。ステアと出会えて、俺は自分で立ち上がるきっかけをもらった」
前回の戦いの際、キリムとステアがいなければガーゴイル討伐は出来なかった。エンキとワーフのサポートがなければ成し得たとも思えない。
キリムがそう思ったのは、決してうぬぼれではない。気になったのは、ガーゴイルに大切な人を奪われた者が、あるべき従者のクラムと出会っていることだ。
「もしかしたら、デューって子も? でも、ミスティには俺と同じ境遇の人は沢山いた。ガーゴイルへの復讐のためのカーズなら、他の人は?」
復讐の動機を持つ者は大勢いた。ましてやミスティは召喚士が多い地区だった。その中で、なぜあるべき主を持つ者がキリムだけだったのか。
「みんなの代表……? いや、違う。もしかして」
キリムはふと気が付いた。ステアはキリムに手を貸したのではなく、キリムがステアのために誕生したのではないか。
バベルの中でグラディウスの力が覚醒した時、グラディウスは「次こそみんなを守りたい」と言った。これから訪れる戦いのため、皆を守る必要がある戦いのため。
バベルはグラディウスの願いにより、人の手を借りて成長する事になった。バベルは特殊なクラムだ、誰もがそう思っていた。
だが、本当にそうなのか。消滅後、生まれ変わったクラムはバベルだけなのか。
確かめる手段はない。思い過ごしかもしれない。いずれにせよ、ガーゴイルの出現と同時にあるべき主従が誕生している。
ガーゴイル討伐の動機があるのは召喚士ではなく、クラムなのかもしれない。
「バベルくんは、俺達をガーゴイルから守る。俺達はガーゴイルを攻撃する。俺達は武器だ。前回俺達を守る盾の役目をしたのは、装備を揃えてくれたエンキとワーフ」
あるべき主従は、たまたま出会ったのではなく、出会うべき時に出会っている。もしもキリムとステアだけで倒せるのなら、オーディン達はこのタイミングであるべき主を手に入れただろうか。
「今回のガーゴイルは、守りを固める必要があって、攻撃ももっと威力を増す必要があるってこと? だけど旅人は弱くなった。その分、もっと強大な力が必要だったんだ」
それがカーズという最終手段。だとすれば今回の戦いも楽に終わりはしない。
キリムはディンにブランケットを掛け、そっとリビングに戻った。ダイニングテーブルの上を片付けていた時、吹き抜けの2階の廊下からオーディンがキリムを呼んだ。
「ステアの主。我が主が呼んでいる」
「目を覚ましたのか!」
キリムが2階へ駆け上がる。エバノワはベッドに腰かけていて、キリムに一言「全て分かった」と告げた。
「わたしが選ばれた理由が、なんとなく分かったんです」
「選ばれた?」
キリムがオーディンへと振り返るも、オーディンは意味が分からないようだ。その様子からして、少なくとも意識して選んだ訳ではない。
「夢の中で、わたしは見た事のない荒野に立っていました。薄暗く、空は赤く染まり、誰もいない荒野です。多くの亡骸が転がっていました」
「俺の時と違う……。俺は無念のうちに死んだ村のみんなが、俺を見送ってくれる夢だった」
「だとしたら、わたしの場合は息子が出てくれても良かったのに」
エバノワはせめてもう1度だけでも話がしたかったと呟く。覚悟を決めていても、やはり大切な息子だ。未練がないわけではない。
「荒野の中、聞き覚えのない声が聞こえました。頼んだぞ、と」
「その声の主を見ましたか」
「ええ。黒いマント、黒い甲冑、顔は分かりませんでした。何をと尋ねたら、次会う時に分かる、と」
エバノワはゆっくりとオーディンへ振り返った。外でスレイプニルがいななき、エバノワに間を与える。
「あの声の男は、きっとあなただった。オーディン、あなたです」
「俺が?」
「それを、確かめさせてください」
エバノワは腕捲りをし、オーディンがゆっくりと口を近づけて腕を噛む。エバノワは73歳。この世界の平均的な女性の寿命からすれば、いつ何があってもおかしくない歳になった。
そんなエバノワを気遣い、オーディンはほんのすこし滲む程度の血を舐め取る。途端にオーディンが自身の力の増幅を感じ取った。
「これは……どうした、何かが体中を巡っている」
「カーズになったって事だよ。エバノワさん、オーディンを改めて召喚して」
「え、ええ……」
エバノワを爽やかな風が包む。オーディンの固有術が最後まで唱えられた時、オーディンは目を見開いた。明らかに体が軽い。
「これが、カーズ……これが俺の真の力か」
オーディンの声色は心なしか嬉しそうだ。そんなオーディンを見つめながら、エバノワは自身の考えを口にする。
「わたし、気付いたんです。わたしが夢で見たあの光景は、はるか昔に人同士が争いを行っていた時代の戦場だと」
「なぜ、それをエバノワさんが? そんな昔の事……」
「俺が誕生する前の事ならば分からぬ。それはいつの何処なのか」
「夢は答えをくれませんでした。でもあの平原、遠くの稜線、同じ甲冑を着た大勢の亡骸……わたしが見た事もない、想像したこともない光景は、わたしではない誰かが見た景色ではないかと思うのです」
エバノワの話では、パバスの東の平原ではないかという事だった。そこはかつて小国同士の戦いがあった場所だと語り継がれている。歴史上、クラムの存在が知られ始めていた時代だ。
「恥ずかしい話、わたしはオーディン様とこう……」
「オーディンで良い」
「分かりました。オーディンとこうなるまで、召喚士やクラムの歴史を読み漁った事がありません。ですが、1つの可能性が浮かび上がりました」
エバノワはオーディンではなく、キリムへと視線を向けた。まるで、キリムも同じことを考えているだろうと言いたそうに、キリムの発言を待つ。
「ステアもオーディンも、ワーフも、ディンも、かつていたクラムの生まれ変わり……」
「場合によっては、人がクラムになったのかもしれません」
「バベルだけではないというのか」
オーディンはその可能性を考えたことがない。戦いのクラムは人の願いによって誕生したと考えているだけだ。自然ではなく人の願いに特化したクラムは特にそうだろう。
「わたしが夢で見た戦場で、ある者もしくはあるクラムが命を落としたのでしょう。そして、その裏にいたのがガーゴイルだったのではないかと」
「なんだって!? いや、でも……そうだ。デルもゴースタさんも、確かにガーゴイルに操られて」
「人が多く死んだなら、それだけ負の力が集まるでしょう。大切な人を失った者は、憎悪を溢れさせます」
「ガーゴイルは敗北こそしたものの、復活を成し得たということか。俺やステアは、ガーゴイルを討伐するためにカーズを求めた」
人の願いで誕生する以上、クラムの目的はあくまでも人々の力になることだ。クラムが魔物へ勝手に復讐する事は、人の願いではない。
たとえクラムが行動を起こせたとしても、戦闘型のクラムは人の血を飲まなければ、力を維持できない。人がいなければ大きな行動が出来ない。
ガーゴイルを討伐したいという無念を抱え、再び人の願いでクラム化された。無念を晴らせる瞬間が訪れた時、「動機を持つ召喚士」が選ばれるのではないか。
「そうか。そうだったのか! そして、それはガーゴイルも同じ……」
「ガーゴイルは人の体を手に入れ、操る事で目的を達成しようとしている」
ふと1階のキリムの部屋の扉が開く音がした。物音を立てず建物内に入ることができ、かつノックの習慣がない者はそう多くない。
それに若い女性の「お邪魔します」という声が続く。
「ステアが帰ってきた! 降りよう、ステア達にも説明が必要だ」
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