LEGEND OF KNIGHT-07



 キリムが尋ねた意味はステアも分かっていた。オーディンと同じく、ディンもまた真の主と出会ったのではないかという事だ。


 クラムが弱るのは、よほど消耗している時。それ以外に考えられるとすれば、アスラの薬のまずさに悶えた時くらいだった。


「誰……」


「お前に最後に血を差し出した召喚士は」


「わ、分からない。ヤザンのゴウエン……って町の、近く」


「その時は」


「特に……異変は、なかった」


 ディンは最後に出会った召喚士の事を詳しく聞いていない。固有術も渡していなかった。ゴウエンに向かったとして、その召喚士がまだ留まっている可能性は低い。


「顔だけでも分かれば、その人の名前は探してもらえるかも」


 ディンは男で黒髪に白いローブだった事しか覚えていない。その情報を頼りにキリムかステアが動くしかない。


 だが、エンキとワーフは全員の装備のため、これから各地を回ったり、鍛冶を指導する。代わりに宿を手伝う余裕がない。ステアは特訓組に付いていく。キリムは目を覚まさないエバノワとオーディンだけを置いてはいけない。


「……特訓を切り上げさせ、ディンの方を」


「ちょっと待って。ディンがここまで急激に弱ったって事は、その召喚士にも影響が出ていないかな」


「その召喚士を探せばすぐに分かる。だが……俺はそのゴウエンに向かった事がない」


 苦しむディンにゴウエンまで運ばせるのか。オーディンも行った事はなく、ステアにいたってはその地域に足を踏み入れた事すらない。


「ステアの主。すまないが、俺は我が主の傍についていなければならん」


「ああ、そうだね。エバノワさんの様子に何か変わりがあったらすぐ知らせて」


「すまぬ。主が目覚めた時、俺が傍にいた方がいいと」


「うん、きっと喜ぶよ」


「喜ぶ……?」


 オーディンはキリムの言葉の意味を理解できないまま、2階の客室へと向かった。キリムの時と同じであれば、数時間で目覚めるはずだ。


「さて、どうしたものか……」


「電話、ベージバルデかムディンスクの協会で、電話を借りられないかな」


「体調を崩した召喚士がいないか、7日前にディンを召喚した奴がいないか、尋ねたらいいのだな。ならば俺が行ってこよう」


 ステアは時間が惜しいと言ってベージバルデに瞬間移動をした。キリムはいつも陽気なディンの変わりように動揺しつつ、とにかく今は休ませようと考えた。


「バベルくん用の血があるから、少し飲んでみたら? 氷室に入れているからすぐ飲める」


「血を、考えるだけで吐き気がする……今は、いいんだ」


「そう……階段を上がれそうにないなら、俺のベッドを貸すよ。横になっていた方がいい」


 キリムはディンをゆっくりと立たせて自室に案内する。その方が近く、段差もない。ディンはそのままベッドに倒れ込み、身動き1つしなくなった。


 キリムが椅子に座り、木板の床がギッと軋む。それ以外に一切の音がない。窓の外ではスレイプニルが不安そうに佇んでいる。


 暫く待ってみたものの、ディンの具合は良くならない。


「ステアが弱った時と同じ……? でも、何か違う気もする」


 ステアはキリム以外の血を受け付けなくなり、とにかく血の成分が入った錠剤を大量に摂取していた。しかし、ステアはここまで弱るのに数か月を要している。


 ディンは本当に真の主と出会ったのか。それとも、ガーゴイルやその他の魔物が原因なのか。クラムの病は前例がなく、対処方法が分からない。


「7日前、出会った人の血を貰って、それがディンを……苦しめる? いや、真の主の血は美味しいって、ステアもワーフもそう言っていた」


 キリムが感じた違和感は、ディンがその召喚士の事をたいして記憶していない事だった。ステアは自らキリムへと近づいた。ワーフもエンキからの召喚を待ち望むようになった。ディンなら血の味の感想を言いまわっていてもおかしくない。


 ディンはなぜ、その召喚士に執着していないのか。


「ディン、起きてる?」


「……な、に」


「その召喚士に……」


 キリムがディンに尋ねようとした時、自室の扉が開いた。


 誰が開けたのかはすぐに分かった。ステアにはまだ事前ノックの習慣が身についていない。


「キリム。ディンを召喚した者の事が分かった」


「どうだった?」


「特に変わった様子はない。かけ直された電話口の職員の話では、本人がそう言っていると」


「やっぱり」


 キリムはステアの話を聞いて確信していた。その召喚士は、ディンの真の主ではない。それと同時に、ディンの身に何が起きているのかも察しがついていた。


 キリムがしゃがみ込み、ディンの顔の近くで優しく問いかける。


「ガーゴイル戦の時、呼び出してくれた人からは? 血は貰っていないんだね」


「もらって、ない」


「その人も特に問題がない? その後召喚されたのは」


「固有術を教えた召喚士が、2人」


 ワーフは召喚された経験がほぼ0だったため、参考にはならない。オーディンの場合は自身ではなく、スレイプニルに変化が起こった。


 自身の体調に変化が起こったステアと、ディンの共通点。キリムはそこに注視していた。


「ディンが最後に飲んだ召喚士の血が、体に合っていないんだ」


「では、俺が確認した奴よりも、更にその前に血をくれた奴は」


「ディン、その前に会った召喚士は覚えてる?」


 ディンは少し記憶を遡った後、ゆっくりと口を開く。


「召喚士の……女の子だよ。固有術を、教えてある」


「そいつはどこにいる。どんな奴だ、いつの話だ」


 ステアは普段キリム以外に興味がない素振りをしながら、仲間の事は気に掛けていた。ディンは面倒見も良く、誕生したばかり頃のステアは、ずいぶんと兄貴面されてきたものだ。何だかんだ言って一番親しいと言ってもいい。


「ステアも……知って、いる……デューって」


「あの女か」


「ステア、それ誰?」


「言っただろう。こいつがビールをツケで飲むのをやめたきっかけの」


 ステアはデューと呼ばれた女性の事をよく覚えていた。バベルが頑なにビールを与えなかった日、仲間と共にエンキへ装備を依頼しにきたパーティーの召喚士だ。


 彼女のおかげで、ディンは稼ぎの使い方や、戦闘以外での振る舞いに気を付けるようになった。


「その人、今どこにいる?」


「待て。その女と出会った事は分かったが、ディンの体調とどう関係がある」


「デューって子から貰った血がディンに馴染んだ後、別の召喚士から血を貰ったんだよね。それって、ステアが俺以外の血を飲めなくなった時と似てない?」


 ステアはそこまで辿り、珍しく驚きを見せた。鋭い目を幾分大きく開き、キリムに視線を向ける。


「俺の時とは違うと思っていたが、そうか……だが、俺はキリムの後、誰にも召喚されていない」


「腕輪だよ。俺はステアから腕輪を貰った。エンキはワーフからゴーグルを貰ってる。おそらく、オーディンもそうなると思う。そこで結びつきは維持できていた」


 まだ過程の段階とはいえ、ディンの不調の可能性の1つ。試さないわけにはいかない。


「コイツはまだデューに召喚されただけ。しかも固有術を何人にも教えている」


「うん。ディンはまだ真の主との結びつきが弱い」


 ディンはデューからの召喚によって、血を与えられた。そこで生まれた真の主との結びつきはまだ脆い。他の召喚士から受け取った血や、その後別の者から召喚された事で薄まっている。


 ディンは真の主と出会い、血を飲んでしまった。自覚のないうちに、ディンは真の主がいなければ存在できなくなっていた可能性がある。


「ディン、その子の居場所、分からない? ここで装備を頼んだって言ったよね」


「もう2週間近く、前なんだ。召喚されないと……分からない」


「他の大陸に行けば、装備を受け取りに来るのも一苦労。とすればダイナ大陸にいる事になる」


「ベージバルデか、ムディンスク。ステア、会った事があるなら顔も分かるよね。特訓に戻らなきゃいけないのは分かってるけど……」


「ああ、行って来てやろう。ディン、とうとう貴様に恩を着せられる日が来たかもしれんな」

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