LEGEND OF KNIGHT-06
オーディンが自身の腕に爪を立てる。滴り落ちた血がカップの中へと落ち、そっとエバノワに差し出された。
「後戻りは、出来ないんですよね。わたしは……それでも息子の仇を討てる可能性が上がるなら」
エバノワは両手でカップを持ち、底を隠す程度の血を一気に飲み干す。
「ね、ねえ、これでその……えっと、カーズってのになったんですか?」
「お婆さん、感想は? どんな感じです?」
エミーとロイカがそっとエバノワの背中をさする。エバノワは大丈夫と呟いた途端、ゆっくりと座り込んだ。
「どうした主、何があった」
「え、えっ!? ちょっと、大丈夫ですか!?」
「キリムの時と同じか。血が馴染むのには時間が掛かる。オーディン、貴様が人と歩む事を決意したのなら、人を知るべきだ」
ステアは立ち上がり、エバノワを優しく抱き上げる。オーディンは人との関りが少なく、主を持った経験もない。ステアはそんなオーディンにエバノワを預け、宿のベッドに寝かせるように指示する。
「このような時、主のために何が出来るか。人は体調が悪い時、疲れた時、どうするのか、どうしたいのか。貴様にはそれを考えて行動する必要がある」
「……分かった。休ませたらいいのだな」
オーディンはスレイプニルを連れ、瞬間移動でエバノワを宿に運ぼうとする。ジュディがその後ろ姿に声を掛けた。
「あの! えっと、どれくらいで目が覚めるのか知らないけど、目が覚めた時、あなたが傍にいてくれると嬉しいと思います!」
「そうか。分かった、礼を言う。主のためになる事は何でもしよう」
「あ、それもそうだけど……そうね、ご主人様が目が覚めた時、きっとあなたも分かります」
ジュディは伝えたい事の全てまでは言わなかった。オーディンに「そういうものだから」と行動させたり、感じさせる事は良い影響にならないと考えたからだ。
オーディンが真の主を手に入れた事で、戦力としてかなりの増強となった。願わくばあと数名の召喚士を揃え、強い旅人も2パーティーは欲しいところだ。
「さて、特訓もサマになって来たし、夜にもう1戦行こう。聞いた感じでは特訓の時間が十分あるようでもない」
「ええ。あの、ジョエルさん。次はジョエルさんが先に進まずその場で魔物を引きつけ、わたしが先の魔物を押し込む感じで行きたいんですけど」
「魔物の壁を分断する、か。いいね、やってみよう」
「その場合、俺達がロイカちゃんより先に前に出て、魔物を数体斬り倒そう」
「それならオレ達が。オレの槍で薙ぎ払って」
「俺の斧でぶった切って道を確保!」
ディランとグウェインがニッと笑い、拳を合わせて肩を組む。兄弟だからこそ、このような時の息の合わせ方はばっちりだという。
「ステアさん。一応確認なんですけど、等級とか無視で、このメンバーで戦いに行けるんですよね? マノフさんの攻撃術の強さ、もう笑いが出るくらいだもん」
「デイビスさんの回復能力があれば、私いらないんじゃないかってくらい頼もしいし」
ジュディとエミーは等級での線引きを気にしている。ジュディ達は等級無視で参加させてもらったが、実際には等級7だ。マノフとデイビスは等級で線引きした際、応募を断念している。
ステアはそんな心配を理解していた。
「是非とも参加して欲しい。キリムは歓迎する」
「ああ良かった!」
等級ではなく、あくまでも求めるのは強さだ。ステアから見ても、申し分ない戦力だった。
「僕の結界は、広げれば広げるほど薄くなる。だから僕は魔法を使う人を中心に守る。装備や立ち回りの不安は、それで解消できるよね」
「それなら、陣形の範囲を決めておくのもいいかも」
「クラムワーフとエンキさんが防具を作ってくれるなら、俺達も怖くないけどな。結界を超えて来れる魔物に専念できるのは有難い」
「全員を包んだ結界を超えられるなら、結界をデイビス達に集中してもらうだけだ」
次の一戦は、魔物が強くなる夜に行う事になる。それまでそれぞれが休憩を取って体を回復させる。外に魔物がいない訳ではないため、見張り役も必要だ。
バベルの結界能力は、ステアがバベルを召喚していないと出来ない。バベルの結界はステアの霊力、ひいてはキリムの霊力にかかっている。
ステアとキリムの力を温存するためにも、非常事態以外で結界に頼る事は躊躇われた。
結界に関してはバベルもそれでいいと考えていた。自身の結界の発動条件がクラムによる召喚である以上、術者には多大な負担がかかる。
しかし、バベルは結界以外でももっと活躍したいと考えていた。例えばこのような野営の際、自分がいれば皆が休めるという状態が理想だった。
「僕もみんなを盾で守りたいんだけど、ジュディ達の傍を離れる訳にはいかないんだよね」
「……バベル、貴様戦いたいのか?」
「もちろんだよ! 僕は自分の盾でみんなを守りたいんだ。結界で守るのもいいけれど、みんなが僕の後に続くような戦いをしたい」
バベルは自身の活躍が限定的であり、召喚されていなければ剣盾士と変わらない事に不満を抱いている。
バベルを召喚した際、召喚士やクラムは魔物の位置を特定できるなど、有用な部分は多い。けれど、バベルが召喚されていない時の鉄壁の守りと、召喚された時の結界は両立しない。
ステアもその点については疑問を感じていた。
「結界を発動した状態で、なおかつバベルが先陣を切れる……それが理想ではある。しかし、当のバベルが望んでいるなら、何故それが出来ない」
「もしかしたら、まだ僕は自分では分かっていない能力があるのかな」
「だとしたら、ガーゴイル戦までに把握してもらいたいものだ……」
そう言ってステアとバベルが腰を下ろし、会話に加わるでもなく周囲を眺めていると、オーディンが戻って来た。
「どうした、エバノワが目覚めたか」
「いや、違う。ディンが騒いでおる」
「あいつ、ビールを禁止されてとうとう発狂したか」
ディンは宿に泊まった召喚士の些細な発言がきっかけで、ただ酒を強請るのをやめた。以降、その若い召喚士に呼び出されたり、他の召喚士に呼び出された際の謝礼をツケの返済に充てている。
けれど、今回は酒が関係している訳ではなさそうだ。オーディンはバベルをここに留まらせ、ステアだけ戻って来いと言う。
「バベル、任せていいか」
「うん。何かあったらみんなを瞬間移動で運ぶよ」
ステアはバベルに後を任せ、オーディンと共に宿に戻る。そこで目にしたのは、机に突っ伏して唸るディンの姿だった。
* * * * * * * * *
「あ、ステア、戻って来た!」
「どうした、こいつは何故唸っている。アスラの薬でも飲んだか」
「違うんだ、来たかと思えばずっとこの調子で……」
キリムが具合を聞くも、ディンは分からないを繰り返すだけだ。何ともないのではなく、ディンは頭を抱えたり胸を押さえたりと、あからさまに苦しんでいる。
「いつからこうなっている」
「この、数日だ」
「この数日で何があった、血が足りないのではないか」
「血は……7日前に貰った、足りない訳じゃない」
ディンは歯を食いしばり、何かを耐えている。しかし、痛いわけではないという。
「思い当たるものは、何かないのか」
「何も……パバスのガーゴイル戦の後は、特に……戦ってもいない」
その時点でのディンには異常がなかった。ガーゴイルが何か悪さをしたのかとも考えたが、ゴースタはもう召喚術を使えないし、乗り移った形跡もない。
「キリム、オーディンとエバノワの事は」
「うん、聞いたよ。驚いたけど……納得がいった。明らかにエバノワさんと出会ってから、スレイプニルの様子がおかし……」
キリムがそこまで言って、ハッとディンへ視線を向ける。
「ディン、様子がおかしくなる直前に会ったのは……誰?」
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