LEGEND OF KNIGHT-05




 * * * * * * * * *




 ジョエル達のパーティーの戦いは、グウェイン達のパーティーと遜色ないものだった。


 人族のデイビスと犬人族のマノフの力も申し分ない。等級が上がっていないのは、単に等級を上げるための申請をしていないせいだった。


 エバノワは2戦目まで勘を取り戻せず、詠唱や霊力の提供にもたついた。しかし、それ以降はオーディンの動き、攻撃威力とも申し分ない。更に召喚の持続時間も長かった。


「あんた達、すげえな! やっぱり他人の戦闘って見るもんだよな」


「経験の差でしかないさ! ロイカちゃんの踏ん張りと気力の使い方は、俺よりも上だろう」


「エミーの指揮もいい。誰が術を欲しがっているかもきちんと見ている」


 それぞれが互いの長所を認め、連携して戦える事を確認し合う。デイビスの範囲回復術は、並の治癒術士の単体回復術よりも効果が高い。対して同じ治癒術士のエミーは詠唱が早く、補助術の効果が高い。


 攻撃術士のマノフは範囲殲滅が得意な一方、ジュディは単体攻撃に特化している。それぞれが補い合い、隙のないチームになりそうだ。


 油田村の廃墟の外で、それぞれが今後の方向性や、次に試したい戦法を挙げていく。


 ただ、その輪の中に入って行けない者が1人だけいた。


「いい子だから、主様の言う事を聞きなさい、ね?」


 エバノワだ。


 決してエバノワの年齢や実力、ましてや性格が問題なのではない。オーディンの攻撃にもキレがあり、戦力として頼もしい限りだ。


 ただ1点、スレイプニルが戦闘に参加しようとせず、後衛にいるエバノワの傍を離れない。


「オーディン。貴様スレイプニルに見限られたか。何をした」


「……千年以上の時を経て、このような事は初めてだ。何も特別な事はしていない」


「戦いなら、パバスでも経験したよね。その時は途中から外で待ってたけど……怖いのかな」


「この子、わたしを後ろへ後ろへと追いやろうとするんです。戦いから遠ざけようと」


 これまでのスレイプニルは、オーディン以外存在しないも同然の態度だった。それが今は、慕っていたはずのオーディンの言う事を聞こうとしない。


 誕生から常に共にいたオーディンとスレイプニルの、固い絆に生じた綻び。そこにエバノワが関係しているのは間違いない。


「オーディン。貴様の真の主はエバノワかもしれんな」


「俺の……あるべき主だと?」


 ステアの言葉にオーディンが固まった。現在確認されているあるべき主は、キリム、エンキ、そして芸術方面に長けているクラムメルリトの主だけ。


 真の主を得たクラムは、数千年でたったの4体だけだ。俄かに信じがたいものだった。


「俺はキリムと出会い、他の召喚士の血が飲めなくなった。ワーフは鍛冶に取り組む情熱を失った」


「わたしが……あるべき主? わたしが召喚したせいで、スレイプニルに異変が生じたというのですか」


「これまでにオーディンを召喚した事は」


「恥ずかしながら、1度も。無作為召喚でもお会いした事がありません」


「ねえ、もう1回召喚したら何か分からないかな。僕はまだあるべき主を知らないけれど、ステアの時はどうだったの?」


 オーディンはスレイプニルを撫で、エバノワに召喚を頼む。固有術でも意識体ではなく本体で応じるようにしたのか、エバノワの詠唱後、オーディンの足元が淡く光った。


 すると、スレイプニルがハッとエバノワへ視線を向けた。次の瞬間にはオーディンの傍を離れてエバノワに頭を擦り付け、必死に甘えようとする。


 オーディンに甘えた事など一度もない。とはいえ忠誠心は誰の目にも明らかだった。それが今はオーディンに目を向ける事もない。


「……可能性は高まったな」


「本当に、わたしが……」


「この者が我が真の主か」


 あるべき主とクラムが血の契約を行った時、どうなるのか。それはキリムやエンキを見ていれば分かる。契約した瞬間から成長や老いは止まり、生き続ける事になる。


 クラムはそれを望んでいる。問題は主となるエバノワが望むかどうかだ。


 ましてやエバノワは「ガーゴイルの母」として忌み嫌われる存在だ。生きている限りずっとそれを背負い続ける事になる。


 子や孫を看取り、自身は永遠の老婆として生きていく。それを簡単に受け入れられる者だけではない。


 それはクラム側も重々承知だ。だからこそオーディンはゆっくりと腰を下ろして膝をつき、エバノワの前で深々と頭を下げた。


「お、オーディンさん!」


「俺の唯一の主となって欲しい」


「わ、わたしがそうであるとは限らないでしょう! あなたがそんな態度を取っては駄目、スレイプニルの忠誠を失ってしまう」


「既に俺はスレイプニルの忠誠を失っている。他に失うものとすれば、主であるそなただけ」


 作戦会議をしていたグウェイン達も、エバノワとオーディンの異様な雰囲気に気付いた。家来のように振舞うオーディンは、クラムに疎い者にも衝撃的だった。


「ちょ、ちょっと何かあったんですか!?」


「エバノワさん、何かまずいことでも? クラム相手に怒ったって……」


「ち、違うわ。私は何かされた訳ではないし、怒ってもいないの。わたしがその、キリムさんやエンキさんのようなあるべき主だと」


「あるべき主!?」


「こりゃすげえ!」


 グウェインとジュディが楽しそうにハイタッチをし、他の者もなるほどと頷いている。やはりスレイプニルの行動から何か感じる事があったようだ。


「エバノワさん。えーっと、何て言うんだっけ」


「カーズってやつ?」


「そう、それ! カーズになるんですか?」


「わたしは……」


 当事者にならなければ、凄い、長生きできる、運が良い等々の感想になるだろう。実際エバノワも、若い頃はキリムやエンキを羨んでいた。


 しかし、エバノワは歳を重ねて多くを得て多くを失い、もう自分の役目は終わったと思っていた。そんな時に息子を魔物に奪われ、もう生きる気力など残ってはいない。


 息子の仇を取る、それだけが今のエバノワの原動力だ。


「ねえ。ステアがキリムと出会った時も、ガーゴイルと戦う前だったよね」


「こんなに直前ではなかったがな」


「あるべき主との出会いって、ちゃんと理由があるって事かな。僕は必ずみんなを守り抜く、守り抜ける。そう思ってたけど……もしかしたら、駄目なのかも」


「駄目だと?」


 バベルの言葉の意味が分からず、皆がそれぞれ顔を見合わせる。先程までは連携や威力などで自信を持っていた。バベルの発言はそれを足りないと言ったようなものだ。


「きっと、オーディンにあるべき主がいないと勝てない、そんな戦いになるんじゃないかな」


「あの時は……多くの召喚士とグラディウスを失い、生き残りのキリムと出会った。デルならぬガーゴイル討伐を成す為の理由を持った召喚士……」


「言われてみると、確かに共通点があるわ」


「あたし達、パバスの話は聞いてます。キリムさんは親や友達の仇を取りたかった。そしてエバノワさんは……息子さんの仇を取りたいと思ってる」


 エバノワの悲願には、オーディンが必要なのかもしれない。万が一オーディンの血が作用しなかったとしても、真の主でないことが分かるだけだ。


「……息子の仇さえ取れるなら、わたしは何でもします。息子が自発的に行ったとは思いませんが、責任ならわたしが代わりに取りましょう」


「我が主となり、共にガーゴイル討伐をしてくれるのか」


「わたしはこんなに老いるまであなたと会えなかった。それはこうなる未来があったからなのですね」


 エバノワはオーディンと同じ目線までしゃがみ、ゆっくりと頷いた。


「仇さえ取れたなら、どうなってもいいと思っていた命です。ならばあなたに預けます。それでガーゴイルを滅する事が出来るのなら」


 スレイプニルがいななく。その目はしっかりとオーディンを見つめている。


「我が主となってくれ。俺の血を宿し、俺とスレイプニルを武器とせよ」

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