LEGEND OF KNIGHT-04



 エンキは支度をしようと立ち上がり、皆に装備を返す。その様子を見て、キリムは不安を覚えていた。

 

 現在の旅人達は、求めない限り、強い魔物との戦闘機会は訪れない。もっとも、ロイカのように魔物の攻撃を正面で受ける職業は、元々必要以上に装備を揃える傾向にある。


 しかし、魔窟の深層に潜れる実力を持っているのに、ロイカは装備が伴っていなかった。鍛冶師の実力不足もあったが、そもそも旅人達も、装備の限界を試すほどの機会がない。良い装備自体が出回っておらず、比べることが出来なかったのだ。


 もし他の旅人も同じ状況だとしたら。全員の装備はあまりにも心許ない。


「エンキ、皆の装備だけじゃないのかも」


「ああ、こりゃまずいかもしれねえぞ。強い旅人は揃っても、武器防具まで揃うかは分からねえ」


「でも防具まで製作してたら数か月は掛かるだろ? もう集まるまで2週間ないんだ。時間が掛かれば掛かる程、ガーゴイルは力を溜めてしまう」


「おいら達もさすがに1日で仕上げる事は出来ないよ。元の装備を修正するとしても、耐えられる素材か分からない」


 エンキとワーフは命を守る鍛冶師の立場として、今の装備でガーゴイルに挑むのは反対という。キリムもそう思ってはいたが、ガーゴイルは待ってくれない。


 案を出したのはワーフだった。


「……エンキ。おいら達は鍛冶師を集めよう。材料が足りなければおいら達が支給する」


「1人につき1つだったら数日で何とかなる、か。キリム、全員の集合の日程を早めてくれ。採寸も必要になるし、使い慣れた形状や重さもあるはずだ」


「フン、ならば丁度いい。油田村跡で訓練をする際、装備の試験も兼ねるだけだ」


「そうだね。じゃあバベルくん、その時は各パーティーに同行して欲しい。もし装備が負けているようであれば、君が守ってくれると助かる」


「その判断は僕がしていいの?」


「うん、防御に関してはバベルくんの基準でいい」


 最善を尽くす。自分達がリーダーとして導くのであれば、誰の命も落とさせない。無謀な戦いはさせられないが、それぞれの士気を上げ、自慢の装備で自信を持って戦える事が重要だ。


「お前ら、その装備が全くダメって訳じゃねえ。バベルもいるならそれで特訓に行ってこい。採寸するからよ、デザインや細かい要望を考えとけ」


 エバノワの装備はもうじき仕上がる。そうすればエバノワも特訓開始だ。


 戦闘はステアとバベル、他のクラム達に任せ、エンキとワーフは鍛冶師の面倒を見る。その間の宿を休業とする訳にもいかないため、キリムはしばらく1人で宿を切り盛りする事になった。


「ステア、血が必要になれば帰ってくるよね。その時はついでに食材を買ってきて」


「どんなついでだ」


 皆でひとしきり笑った後、キリム達は旅客協会へ向かった。エンキ達はゴーンが現地時間で朝になれば出発する。その間の宿の担当はエバノワ、その護衛はロイカ達だ。


「そういえば、自分から仲間を集めるのって初めてだ」


 かつて先人に導かれていたキリムは、今回他人を導く立場となる。その自覚がようやく備わった瞬間だった。







 * * * * * * * * *





「招集を早める、ですか」


「集まっただけで全員すぐに動けるかと言うと、そう簡単にはいかないと分かったんです」


 キリム達は協会本部で賛同者の集まり具合を尋ねていた。ただ、やはりたった数日では集まりが悪い。


「希望者……4名」


 等級8以上の旅人が少ないことは分かっていたが、予想以上に集まっていない。このままでは選抜試験どころか、頭数すら揃わないかもしれない。


「1パーティー分も集まっていないのか」


「まだ募集を知らない旅人の方が多いですから、もう少し集まるとは思います」


 旅人等級が8以上で、更に現役。そうなれば見せられた名簿の人数よりも更に少ない。エバノワのように、更新だけ続けている旅人もいるのだ。


 かつて自分を育ててくれたようなマーゴ達や、レベッカ達のような者なら有難い。ただ、現状ではロイカやジュディ達が冒険者の頂点とも思われた。


 そうなればあと最低でも2パーティーは欲しい。召喚士もあと3人は必要だ。


 とはいえ、集まりきってから会わなければならない訳でもない。相手が待ってくれと言うなら仕方がないが、待たせる理由もない。キリムは応募者と随時面会し、判断しようと考えた。


「応募してくれた方々は、今どの町にいますか」


「2人はこのガールド市にいます。あとの2人は、移動していなければラージ大陸のパバスですね」


「パバス、ですか」


「ええ。協会本部が消滅していた事で、臨時会館に何事かと訊ねたパーティーから2人」


「え、他のメンバーは……」


「等級がバラバラなパーティーらしく、等級7が1人、等級6が1人」


 高い等級の者に絞ったせいで、1パーティーという単位での応募が難しくなっていた。応募者が予想を下回っているのも、それが原因の1つだろう。


「ねえキリム。強さが違う人が同じパーティーにいるってことだよね」


「うん、パーティーって補い合うものだから、みんな同じ強さって訳じゃないんだ」


「じゃあ等級8の人が6の人に合わせて戦っているのか、等級6の人が8の人に合わせて戦っているのか、どっちなのかな」


「……一理ある。等級は目安であって、最低限のものだ。それ以上の実力がありながら昇格していない者もいるだろうな。キリム、応募できない2人にも会って確かめた方が早い」


 今更募集等級を下げる訳にもいかない。だが、等級8以上の者が推薦してくれるのなら歓迎だ。


 キリムは本部職員に礼を言い、まずはガールド市の応募者と会う事にした。職員の話では、ここ数日は夕方にクエリ報告のため訪れているという。パーティーメンバーと共に活動しているのなら話が早い。


 買い物をしているうちに夕方になり、キリム達は協会のロビーでパーティーの帰りを待っていた。


 数組の旅人が受付付近に集まっている。その奥で女性職員が立ち上がり、キリムの名を呼んだ。


「キリムさん! こちらのお2人です!」


 職員の声が響いてしまい、その場の者達が一斉にキリムへ振り返る。職員は「しまった」と口に手を当て、申し訳なさそうにキリムを窺う。計画が漏れてはまずいため、キリム達は別室に移動する事となった。


「剣盾士のジョエルです。初めましてキリム・ジジさん!」


「剣術士のビシュノフです! 本当にこんなに若い方なんだ……年上に見えない」


「あの、宜しくお願いします。こっちはクラムステア、その横がクラムバベル」


「名乗りを上げてくれてありがとう! キリム、良かったね」


 2人は30代半ばの旅人だった。ジョエルもビシュノフも、どちらも猫人族のクーン族の耳がついている。パーティーの他2人は、それぞれ人族と、犬人族のワント族で、男だけのパーティーらしい。


「あの、せっかくなのでパーティーのお2人も話を聞いて下さい。ガーゴイルの事は、どれくらい知っていますか」


「どれくらい……ん~、知らないに等しいってところですかね。俺は旅人になってからキリムさんの事を知ってくらいなので」


「俺は名前と当時の背景くらいなら知ってますよ! 故郷のイーストウェイは、キリムさんの伝説が沢山残ってますからね」


 ビシュノフは故郷がイーストウェイだと言い、簡単に知っている言い伝えを紹介した。おおむね間違ってはいなかったが、やはり細かい部分は欠落している。ガーゴイルと即対峙できる状況にはない。


「みんな、すみませんが今から少しだけ時間をいただけませんか」


「え、今から?」


「僕達もですか?」


 あとの2人が不思議そうに顔を見合わせる。


 装備の事、実力を知りたい事、色々と事情を話して了解を得たキリム達は、早速キリムの宿に向かう事にした。

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