LEGEND OF KNIGHT-02
* * * * * * * * *
「回転……斬!」
「いいだろう! 討伐速度は随分と上がった!」
夕方になり、建物に差し込む光の角度が浅くそして淡くなってきた。
キリムとステアは廊下ではなく、多少飛んだり跳ねたりが出来る集会室で魔物を待ち伏せていた。ガーゴイルなら、自身の身動きも制限されるような環境にはいないと考えたからだ。
「キリム、僕の結界に入るのを躊躇っちゃ駄目だよ。もう少し、もう少しって魔物を深追いしているよ」
「特訓だから、あとちょっとって思ってしまうんだよね。引き際を見定めないと」
「とはいえ、魔窟で戦うよりも遥かに良かったな。パズズのような魔物と戦えたのは大きい」
昼頃から戦い始め、この廃村をねぐらにしている魔物を100体以上倒している。パズズだけで20体は超えていた。
廃墟や環境汚染が進んだ土地は、負の力も集まりやすい。魔物も湧きやすく、強い傾向がある。一度放置してしまえば、こうして手が付けられなくなる。
「明後日のために、魔物を残しておかないといけないね」
「全てが終われば一掃したいものだ。地上にこのような場所があってはならん」
このまま宿に帰ってもいいが、ステアもバベルも疲れたようだ。ステアは自身の腕を少し切って血を滲ませ、バベルに飲ませてやる。
バベルを召喚した状態であれば、ステアも血を与えられるのではないか。その考えは当たっていた。その分、キリムがステアに飲ませる血も増えるのだが……。
「ステア、血を飲んでおいて」
「ああ」
キリムは持参した握り飯をかじり、卵焼きを頬張る。建物の外の小さな空き地には、水を忘れた噴水のオブジェが残っている。キリム達はそこに腰かけ、薄雲の向こうで沈みゆく陽を眺めていた。
「帰ろうか」
「うん」
そう言ってキリムが弁当の包みを鞄にしまった時だった。
「……バベル、召喚しておく。結界を張れ」
ステアが何かの気配を察知した。キリムも寒さなど感じない筈なのに、気が付けば鳥肌が立っている。
太陽が水平線に沈み切った。ステアは背後の建物を睨んだままだ。
「お日さまがなくなったから、魔物が外に出て来たのかも」
「いや、それだけではなさそうだ。これは……大きな収穫だろう」
「どういうこと?」
ステアがバベルとキリムの肩を掴む。何かが叫ぶ声が聞こえると同時に、ステアが瞬間移動を発動させた。
ステアが向かった先は、キリムの宿だ。突然の出来事にキリムもバベルもついていけない。宿付近は時差によりまだ午前中で、エバノワが料理の支度をしているところだった。
「あらあら、おかえりなさい。もうじきお昼ですよ。ご飯はどうなさいますか」
「あっ、えっと……食べちゃいました」
「そうですか。じゃあわたしはエンキさん達を呼んできましょう」
エバノワが外を確認し、工房へと向かう。今頃エンキとワーフはエバノワの装備を作っているはずだ。見たところエバノワはキリムの言いつけ通り、アスラの怪しい薬を置かせていない。
「ステア、何があったんだ? 説明してくれ」
「……ああ。その前に着替えろ、どのみち今日は戻るつもりもない」
ステアは装備を脱ぎ、部屋へ置きに戻る。キリムとバベルもそれに続き、部屋着へと着替えた。キリムはズボンを穿き終え、半袖シャツに腕を通したと同時に「あっ」と短く声を上げる。
「エバノワさん! 大変だ、結界は効いているはずだけど」
エバノワは外に出て敷地内の工房に向かった。結界があっても、魔物が湧く荒野のど真ん中に変わりはない。
「エバノワさん! あまり1人で……あれ?」
キリムが宿の扉を開けた時、そこにはオーディンが座っていた。8本足の馬スレイプニルが、キリムには視線も向けず水を飲んでいる。
「ステアの主、戻ったか」
「オーディン、来てたんだ」
「ああ。何故か……立ち寄りたくなった」
オーディンの視線は、工房の扉を開けたエバノワに向けられている。
「もしかして、忙しいエンキとワーフの代わりに宿の見張りをしてくれてる?」
「ああ。俺の固有術も授けてある」
「等級が8にも上がっているなら、それなりに資質値も高いんだろうけど……」
オーディンはステアのように高い資質値を必要とするクラムだ。資質値が50程度では30分ともたない。スピリットポーションをがぶ飲みしてもせいぜい2時間だろう。
「助かるよ。ガーゴイル戦の時にエバノワさんも協力してくれるから」
「そうか。あの者には不思議な力がある、俺も力を貸すのが楽しみだ」
「不思議?」
「スレイプニルが懐くのだ」
スレイプニルが懐くと聞いて、キリムは心底驚いた。スレイプニルはオーディン以外には懐かない。オーディンの命令は聞くため、手綱を預ける事は可能だ。だが、それだけだ。
オーディン以外の者には興味を示さない。キリムには慣れているはずだが、それでもオーディンの許可がなければ近寄らせてもくれない。
「スレイプニルが帰りたがらぬ。俺の命令もなしに、後を付いて行こうとするのだ」
「動物に好かれる……人なのかな」
オーディンと話しているうちに、エバノワがエンキ達を連れて戻って来た。スレイプニルがパッと顔を上げ、嬉しそうに跳ねる。
「あら、スレイプニルさん。ニンジンの匂いがしたかしら。スープに使っていない分をあげましょうね」
スレイプニルが鼻をならし、エバノワの肩に額を擦り付ける。オーディンはチラリとキリムを振り返り、「この通りだ」とだけ告げた。
「女の人が好き……って訳でもないよね、今まで女性召喚士は何人も見てきたし」
「キリム、戻ってたんだな! どうだ、戦力は」
「そうだ、エンキにも話したい事がある。すっごい人達と協力できる事になったよ! ワーフ、オーディン、あなた達にも是非聞かせたい」
「そうか。では俺も中に入ろう。スレイプニル、そこで待て」
スレイプニルが悲しそうに鳴く。宿のダイニングに着き、皆が座ったところでステアとバベルも部屋から出て来た。
「蹄の音がしていた。オーディンもいるのならちょうどいい」
「あ、そうだった。先にステアの話からどうぞ」
「キリムくんが言っていたのとは違う話なのかい?」
「うん、また別の話。油田村の廃墟で、ステアが何かを見たらしいんだ」
ステアは席に着き、そのまま話し始めた。
「油田村で分かった事がある。奴らのような魔物は、普段陽の光を避けているだろう」
「そうだね、魔窟の魔物が外に出ないのもそれが理由だと聞く」
「理屈では、夜間なら外に出られる」
「そうだな。魔窟の中にいれば、外が夜だと気付いてなさそうだけど」
ステアは様々な土地の洞窟や沼地など、薄暗い場所を好む魔物を挙げていく。
「僕が戦った事のない場所だね。沼地にはまだ行っていないよ」
「おいら、戦いや魔物そのものの話だと、詳しく分からない」
「俺もですよ。ステア、悪いけどよ、それってどんな共通点があるんだ?」
ワーフとバベルは聞くだけで精一杯だ。エンキは何が言いたいのかを尋ねる。
「それぞれの習性を考えてくれ。全て直射日光を嫌う魔物だが……外が夜である事を知っている魔物と、知らない魔物に分けられる」
「洞窟の奥深くに棲んでいる魔物なら、外が夜なのを知らないか、知っていても外に出ないよね。いつ陽が昇るか分からないし」
「あんま遠くまで行って、戻って来れなくなりゃ倒されるだけだしな」
ステアはキリムとエンキの会話に頷く。着眼点はいいらしい。
「バベルの力で分かった。暗闇にいたとしても、外が明るく晴れている日は魔物としての力が弱まる」
「えっ?」
「バベルを再度召喚した時、外は陽が沈もうとしていた。それと同時に、建物内の魔物達の気配が強くなった」
「ってことは……」
「ああ。奴らは建物という狭い闇で暮らしているせいで、外の夜の存在を知っている。ガーゴイルもそうだ。自身に有利な時間を知っているんだ」
「なるほど! ガーゴイルと戦うなら洞窟の内外を問わず、昼間がいいって事だね。ステア、いい情報だよ!」
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