LEGEND OF KNIGHT~懐かしい日々を引き連れて~

LEGEND OF KNIGHT-01



 LEGEND OF KNIGHT

 ~懐かしい日々を引き連れて~



 旧油田村。かつては労働者で溢れていた小さな村だ。


 ここはあくまでも定住ではなく、働きに来るための場所であり、元々誰もいない土地を開拓して出来た。


 辺境には珍しく、3階建て集合住宅が立ち並んでおり、多くは労働者の宿舎だった。道は舗装され、売店や酒場、ショーパブなどもあったという。


 それらは現在、コンクリート剥き出しの状態で放置されていた。


 冬は雪に埋もれ、凍結した水がコンクリートのひび割れを助長していく。どの建物も窓ガラスは全て割れ、室内には土が入り込んでいる。崩壊しそうな集会所を背に、キリムは栄枯盛衰を感じていた。


「人の気配が全然ない。不気味だね」


「魔物や動物にとっては、雨風を凌ぐ格好のねぐらという訳か」


「キリムはここに来た事があるの?」


「いや、ないよ。友達にここに寄った時の話を聞いたことがあるだけ。ジュディのご先祖って言ってたリビィ達が、かつてここに立ち寄ったんだ」


 以前は海路でベンガに寄る際、夏場だけこの油田村の北岸に寄港していた。馬車などでベンガまで向かう便があったのだ。今は西の河口から遡り、湖からベンガに入るという。観光客にはむしろその方が喜ばれていた。


「……いるぞ」


「うん、建物の中からは出て来ないけど、確かにいるね」


 荒れ果てた建物の中から視線を感じる。潜んで待ち伏せているのか、襲ってくる気配はない。


「中に入ったら思う壺だと思うけど、行くしかないね」


「僕も自分の力がどこまでなのかを知りたい。魔物が1体ずつ順番に襲って来ても意味がないんだ」


「そうだな。ガーゴイルは相応に強い魔物を複数召喚するだろう。パズズだけを選り好みしても意味がない」


 どのような魔物がいるのか、建物内に入らなければ分からない。3人は両開きの大きな扉が内側に倒れた1棟に足を踏み入れ、薄暗いフロアを見回す。


 足元には割れた陶器や紙くずが散らばり、いっそうの荒廃を感じさせる。何もないがらんどうな室内を予想していたのか、キリムは意外そうに住民の置き土産を眺めていた。


「勝手に荒れ果てたのか、魔物が掻きまわしたのか。結界が作動しなければ魔物にとってこの上ない環境だな」


 床の木は腐り、その下のコンクリートは苔で覆われている。湿度が高く、あまり日が当たらない。そのような場所は魔物が特に好むと言われている。


 キリム達はエントランスフロアを抜け、天井が少し低くなった広い廊下を進み始める。ステアは手にランプを持っていたが、駆け足で入り口に置きに戻った。


 万が一の際に片手が塞がる上、狭い室内で戦う際、誤ってランプを倒せば火災に繋がるからだ。


「キリム、ライトボールを使ってくれ。両側に部屋があるせいで光が全く入って来ない」


「分かった」


 かつては白い塗料が塗られていた廊下の壁も、今は塗料だけが剥がれて浮き、糊の代わりにカビや苔が貼り付いている。多くの扉が蝶番の部分から腐って外れ、風が笛のように鳴りながら吹き抜けていく。


「僕がいちばん前を歩いた方がいいかな、それとも後ろがいい? どっちの方が戦い易いかな」


「そっか、まだここまで狭い条件での戦いは経験がなかったね。俺が一番前、バベルくんは真ん中、ステアは後ろを」


「いや、俺が先頭だ。キリムは後ろを警戒しろ」


 ライトボールの明かりが付近を照らす。僅か数メルテ先が照らされるだけでも、光があるだけでどこか安心できる。魔物に「ここにいますよ」と教えているのようなものだが、何も見えない状態で戦うよりはいい。


 目が慣れてくると、今度は風の音に混じって微かに音が聞こえた。何かが近くで這っている。


「上の階、だね」


「這っているって事は、パズズじゃないって事だよね。パズズは飛んでいるはず」


「この空間では狭過ぎて飛べないだろう。歩いている可能性もなくはない。バベル、召喚状態にしておく。魔物の位置が分かった方が……」


「ステア!」


 ふいにキリムが叫んだ。廊下中に響き渡ってもおかしくない声量にも関わらず、その声は響かない。


「はっ!?」


 ステアが短剣を構え、顔の前でガードの姿勢を取る。それと同時に一瞬何かが光って短剣の柄を掠めた。


「来るぞ!」


「バベル!」


 ステアがバベルを召喚し、ステアに魔物の気配の察知能力が備わった。それと同時に、すぐ目の前に魔物がいた事に気付く。


 ライトボールの光が僅か数メルテしか及ばなかったのではない。そこに廊下を塞ぐほど巨大で真っ黒な魔物がいたから、光が遮られていたのだ。


黒い何かは腕のようなものを振り、ステアの短剣を掴もうとしている。


「ウインドカッター! ステア、魔物の正体分かるか!」


「分からない! 斬れるなら斬るだけだ!」


 ステアが1人で魔物に刃を振りかざす。魔物はその巨体のせいで機敏ではないが、真っ黒な毛玉のようにしか見えない。どこに手や足があるのか、どこが顔なのかも分からない。


「双刃斬!」


 ステアが双剣を突き立て、そのまま上に切り上げようとする。確かに肉を裂いた感触があり、更にもう1撃を繰り出した時、ようやくステアは相手の顔を認識した。


「……パズズ」


「何だって?」


 金色の目がぎょろりと開かれ、ステアを見つめている。ステアが切り裂いたのは口の左端だった。頭は獅子で、黒い毛玉のように見えていたのはたてがみだ。


 胴体は見えないが、たてがみの間から蛇が顔を出す。それが尻尾だろう。


「腕を振りきれん! 剣閃で真っ二つにしたいが、壁まで崩れそうだ!」


 2人で斬りかかれる程の空間がない。ステアが戦っている間、キリムは魔法を挟むだけで精一杯だ。パズズは牙を剥き出しにしてステアに噛みつこうとし、時折腕も振って鋭いひっかきを繰り出す。


 ステアが腕でガードする度、体勢が大きく崩れる。それ程に力が強いという事だ。


「まずい! バーンスパイダーが床を這っている!」


「糸に巻かれたら……」


「キリム、後ろに何かいるぞ! 気配がある!」


「後ろから!?」


 キリムが咄嗟に振り向いた。そこには狼のような魔物が忍び寄っていた。


「挟まれる! 横の部屋に移れば窓から外に出られるけど!」


「左右に魔物の気配はないが、これしきで逃げて何の特訓になる! バベル、反射を発動させろ! 防御一辺倒では倒せん!」


「分かった!」


 キリムが魔物に刃を突き立てた時、バベルの結界が発動した。キリムが相手していた魔物は攻撃が自身に跳ね返った事で弾き飛ばされた。バーンスパイダーも結界に触れた瞬間粉々になる。


 だが、パズズは結界に押されただけで死んでいない。


「バベルくんの結界があれば後ろは問題ない! ステア、そのまま相手していてくれ!」


「どうする気だ!」


「バベルくん! 結界を狭めてパズズを引き寄せてくれ!」


「キリムは、キリムはどうす……あっ」


 キリムは咄嗟に左の部屋に飛び込んだ。直後、風が左から右へと駆け抜け、同時に大きな衝撃音が鳴り響く。天井からコンクリートの欠片がポロリと落ち、一瞬パズズの視線がステアから逸らされる。


「いいぞ、……熾焔斬! あいつ、もしや壁を……?」


 ステアがそう呟いた時、前方でまた大きな破壊音が聞こえた。


「熾焔斬!」


 パズズの背後からキリムの声がした。


「ギャァァァ!」


「尻尾は斬ったァァ!」


 パズズの叫びに混じってキリムの声が聞こえてくる。パズズは仰け反ったままで、その拍子に人の姿のような胴体がチラリと見えた。


 キリムは横の部屋から壁を壊して隣の部屋に移動し、パズズの背後にある扉から回り込んだのだ。


「バベル、結界でこいつを押せ! キリム、技を合わせるぞ!」


「パズズがこっちを向く! 向いた瞬間を狙って!」


「僕がしっかり反射を溜め込んでる! 2人共、安心して全力を出して!」


 結界に押され、パズズの体が少しずつキリム側に近付いてくる。パズズの首がくるりと回った。


「双刃斬!」

「熾焔斬!」


 キリムとステアの技が同時に決まった。キリムはすぐに横の部屋に移動する。


「反射!」


 それと同時にバベルが溜め込んだ反射攻撃が発動した。


「キェェ……」


 パズズが短く悲鳴を上げる。それと同時に体が内側から弾け、黒い肉塊が周囲に飛び散った。

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