cryptograph-10
少しの休憩をはさみ、3人それぞれが忌憚のない意見をぶつけ合った。主にステアがキリムの動きを、キリムは自身の動きを振り返り、バベルに守って欲しいタイミングを告げる。
「キリム。バベルがいるのだから心配ない、対峙している魔物に集中しろ。途中から次の魔物へ気が散っている」
「言われてみるとそうかもしれない。周囲を警戒しながら戦うクセが付いてる」
「周囲の魔物は他に任せろ。お前の相手はガーゴイルだ、他人の危機を察知しても、どのみちカバーなど出来ん」
「魔物は僕の結界で跳ね返す。結界を破りそうな魔物は盾で押し返すよ。だから心配しないで」
「分かった、次は自分の戦いに専念……」
キリムが立ち上がろうとする。その時、安全区域の扉の外で人の声が聞こえた。
「だーかーらっ! 誰か戦ってたって、あたし達以外に絶対誰かいた!」
「誰もいねえよ、空耳か目の錯覚だろ? 地下15階層で人に会ったのなんて、もう半年前だぞ」
「でもほら見ろよ、確かに消したはずのランプが付いてる」
「ほらー! だからいるって言ったでしょ?」
声の主は複数人。キリム達の他にも15階層に下りてきた者がいたようだ。
扉がゆっくりと開かれ、ひんやりとした空気が流れ込む。
そこに現れたのは、5人組のパーティーだった。
「ほら! あたし達以外にも15階層に来てる人がいたよ、うわー嬉しい!」
「こんにちは! あっ、へへへっごめんなさい、今何時だっけ?」
剣盾士の女、槍術士の男と斧術士の男、それに治癒術士と攻撃術士の女のパーティーだ。見たところ30代になったかどうか。15階層で呑気にお喋りしながら歩けるのなら、かなりの腕前と思われた。
「こんにちは。多分、ちょうどお昼になったくらいです。12時……25分ですね」
「やった、ごはん!」
「おいジュディ、他に人がいるんだから少し静かにしろよ」
「無理。出来ない」
ジュディと呼ばれた攻撃術士の女が、扉のすぐ近くに座り込んで鞄を漁る。中から出て来たのは携帯食の堅パンや干し肉だ。
「そろそろ水が尽きそうだし、一度地上に戻ろうか。今回は19階層まで降りられただけでも良しとしようぜ」
「ロイカが怖がらなかったら、地下20階制覇もできそうだったのに」
「はぁ? 未知の魔物と最初に対峙するのはわたしよ? エミーの消耗を考えたら、マジックポーションが尽きた状態で歩き回れるわけない」
5人は15階層よりも更に下の階層まで降りていたようだ。キリム達ですら、16階層までで探索を終えている。
一体地下何階層まであるのか、現時点で知っている者はいない。地下15階層まで到達出来る者ですら、数える程しかいないのが現状だった。
「キリム、ねえ、この人達強そうだよ? 手伝ってもらおうよ」
バベルがキリムの装備を優しく叩いて提案する。キリムも現在知る限り、このパーティーより強そうな者達に心当たりはなかった。
「あの、すみません。失礼ですが……」
「ちょっと待った! キリムって言ったよな、もしかしてキリム・ジジさん!?」
「え、あ、はい。そうです」
「えええーっ!? ……ええぇー嘘でしょ、まさかこんな所で会えるなんて! あたしジュディって言います!」
安全区域の横穴に驚きの声が響く。5人はキリム達の前に集まり、それぞれ自己紹介をして嬉しそうに握手を求める。
パーティー構成こそ異なるものの、賑やかしい様子は友人だったマルス達のパーティーを彷彿とさせた。キリムは懐かしさを覚えながら丁寧に握手を重ねていく。
一通り握手を終えた所で、一番賑やかしいジュディがキリムの前に座った。真ん中で分けた黒いセミロングの髪を両耳に掛け、じっとキリムを見つめている。
「あの、キリムさん。あたしを見て……何か思い出す事はありませんか」
ジュディの問いかけの後、しばし沈黙が流れた。ランプの明かりが微かに揺れ、回答を急がせる。
「え、あっ……もしかして」
もしかしてと言われ、ジュディの大きな銀色の瞳がキラキラと輝いた。
「俺がやってる宿に来てくれた事がある……?」
キリムが首を傾げながらそう答えた直後、ジュディがそれ以上に体を傾けた。同時に小さく「だぁー」と期待外れを表す声が漏れる。
キリムは5人の顔を覚えていない。どこかで会ったとすれば、宿である可能性が高いと思っただけだ。そうでなければ、どこで会話をしたのだろうか。思い出そうとしても思い出せない。
「お前達はいつ俺達と会った。250年以上生きてきたのだから、1度や2度会っただけの者など覚えてはいない」
「あー……違います、会った事はありません。あたしはもちろんキリムさんを知ってますけど、初対面です」
今度はキリムが思わず「えっ」と声を漏らす番だった。会った事もないのに、何を思い出せというのか。その横では、バベルとステアが互いに頷き合い、何か答えを導き出そうとしていた。
「僕分かった。キリム、多分ね……」
バベルはキリムに耳打ちし、なんとも物騒な回答をする。キリムがそんなまさかと笑いながら、念のためにと困ったように確認を取る。
「その……どこかの町の、指名手配犯?」
「ちがーう! 違います! もう……昔見せてもらった写真だと、結構似てると思ったんだけどなあ」
「似てる?」
「オリビア・エーギルを御存じないですか?」
「オリビア・エーギル……」
「あー、もしかしたらキリムさんと一緒だった時は、まだエーギルじゃないかも。あたしはジュディ、ジュディス・エーギルです」
キリムが知っている者の中で、オリビアという名を持つ者は1人だけだった。駄目押しとばかりに、斧術士の男が「俺も分かりませんか」と尋ねてきた。
「グウェインとしか名乗りませんでしたが、俺の姓はナイトです。グウェイン・ナイト」
「あっ」
キリムは短い銀髪に色黒のグウェインと、その姓を聞いてようやく気が付いた。
「マーゴさん、マーゴ・ナイトだったはず。リビィの本当の名前は確かオリビアだった……オリビア・ストライト」
「まさか、あいつらの子孫か」
「ああ、やっぱりそうだったんだ! あたしのお爺さんが言ってたの。キリム・ジジさんはあたしから見て9代前のご先祖様の友人だったって!」
「俺のご先祖様の事も、やっぱり本当だったんだ……槍を持ってるこいつは弟なんです。うわぁ、信じられない! あの、どんな人だったのか教えていただけないでしょうか!」
友人として戦ったリビィの家系の者と、キリムを導いてくれた剣盾士のマーゴの家系の者だ。思いがけない出会いに、キリムも思わず顔が綻ぶ。グウェインの弟のディランは、どことなくマーゴの面影があった。
キリムはしばらく250年ほど前の出来事を聞かせ、彼らの活躍もしっかりと伝えた。ブリンクのように双剣士ギルド長まで上り詰めた旅人でなければ、一般的にはそう語り継がれる事もない。
けれど、歴史の中に埋もれながら、先祖は確かに大きく活躍していた。ジュディ達はそれが嬉しいようだ。
「いいなあ。わたしの家系、旅人はわたしが初めてよ。剣盾士になって3年で活躍出来なかったら、さっさと帰って婿を取れって言われてた」
「私の家もずっと農家だったなあ。治癒術の練習相手はいつも飼ってる牛だった」
自分と少しでも繋がりのある者達と語り合い、キリムは久々に浮かれていた。まるであの頃の仲間と再会し、一緒に話しているような気分だった。
この雰囲気を手放したくない。できればまたこんなパーティーで戦いたい。そう思ったキリムは、魔窟を訪れた理由を告げる。
「お願いがある。1つは、俺には……敬語はいらない。君達と話していると他人とは思えなくて。出来れば仲間として接して欲しいんだ」
「それは勿論です……あ、もちろん! それで、もう1つってのは?」
「ガーゴイル討伐を、手伝って欲しい。君達のご先祖だったリビィやマーゴさん達のように……」
5人は驚いて顔を見合わせる。その顔はどこか嬉しそうだ。
「待ってました! 俺達、魔窟でしか力試し出来ない旅人生活に飽きていたところさ!」
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