cryptograph-09



 * * * * * * * * *



 翌日、エンキとワーフが戻って来た。キリム達はエバノワに後を任せ、魔窟へと向かった。瞬間移動は10階までで、それ以降は自身の実力を判断するため歩くことになる。


「破ッ!」


「バベルッ!」


「はね……返す!」


 ライトボールの明かりの中、黒く大きなサソリの魔物がキリム達に襲い掛かる。毒を持つ尻尾を高く持ち上げた魔物に怯むことなく、キリムがその尻尾を刎ね飛ばす。


 ステアが小さな頭部を切り離せば、大きな両腕のハサミが力なく地べたに転がった。


「いい訓練になりそうだ、先を急ごう」


 10階層は、少女アイカの頼みで訪れていた頃より旅人の数が多かった。すれ違ったパーティーに話を聞くと、バーンスパイダー特需からの流れだという。


「船の修理には帆布が必須ですからね、機械駆動船もそんなに多くはないですし」


「10階層まで行けるようにならなきゃって、みんな必死ですよ」


「新通路の先には、ミスリル鉱脈も見つかったんです。北の海岸沿いにはアダマンタイトが少量、エンシャントにしかないと言われていたアルテナ鉱石も」


「稼がなきゃいけない俺達みたいなのが、護衛のクエリで大勢来ています」


 ノウイは再び工業や紡績で栄えるようになった。アイカの店も、もう仕入れや販売先に困る事はない。


 しかし、10階層を過ぎれば殆ど人がいない。10階層の安全を確保するためか、11階層に続く穴には径の太い金網の扉が取り付けられていた。


 11階層からは魔物の数が多く、修行に来たキリム達には都合がいい。ただ、15階層の安全区域に到達しても、他のパーティーは見当たらなかった。


「ここの結界は、町で使われるものくらい強力なはずなんだ。だから体を休めるなら必ずこの安全区域になる」


「だが、この張り紙……か」


「この他に安全区域はないの? ここまで来たパーティーは、休む時に地下8階まで戻るの?」


「そうしろ、って事だろうね。利用者の減少に伴い閉鎖って、そういう事だと思う」


 15階層の小さな安全区域は横穴になっていた。入り口が狭く、大きな魔物が入り込めない。結界は入り口の周囲にも届いているため、魔物が塞いで出られないような事もない。


 だが、その安全地帯はもうすぐ閉鎖になると書かれている。魔窟管理人の人手不足、また旅人の等級不足などにより、安全地帯の結界を維持できないのだ。


 結界装置は永久機関ではない。定期的に結界士が力を込める必要がある。とはいえ、15階層まで到達できる旅人は、ほんの一握りしかいない。魔窟の管理者らも、自力で探索できるのは10~12階層辺りまでだ。


 年に数回護衛のクエリを出し、結界士を連れて結界の張り直しを行っているが、それも年々厳しくなっていた。


「町なら油を切らさない限り結界装置を維持できるけど。こんな魔窟に油を運ぶなんて現実的じゃない。この環境なら、結界士を3,4人は連れてこないと」


「結界士の派遣もタダではない。そこまでする程の需要がなくなった、という事だろうな」


「強い人は少なくなったのかな。僕がいれば安全だから、みんなで修行に来てもいいと思うんだ」


「それも考えなきゃいけないかもね。でもそのためには、いざとなった時に俺達が守れるほど強くないといけない」


 クラムの瞬間移動で運んでもらえば、苦労なく結界士の派遣が出来る。旅人が強くなるためなら、クラム達も手を貸すだろう。


 問題は、そこまでして需要があるのかという点だった。


「さあ、戦おう。俺達はそのために来た」


 安全区域に荷物を置き、安全区域の外にある壁のランプに火種を移す。ライトボールがあれば視界は確保できる。ランプを使うのは、酸素量の減少に気付くためだ。


 深層の魔物は視認ではなく、自身や相手が放つ音や、超音波の反射で獲物を感知する。一部は熱を感知するとも言われていため、万が一を考え、壁のランプは結界の範囲内に設置されている。


「来るぞ。左に複数体」


「ステア、バベルくんの召喚を維持していて」


「反射はギリギリまで抑えるよ。必要なら言ってね」


 目の前に、真っ黒でドロドロとした大蛇が現れた。大きく開けた口は、キリムなどひと口で飲み込めそうだ。


「久しぶりの獲物と思い、大勢やって来たぞ」


「いいね、その方が実戦っぽくて助かる。行くぞ! 双竜斬!」


「右の奴は俺が行く!」


 キリムが大蛇と対峙し、ステアが熊のような魔物と対峙する。熊の魔物の咆哮を聞き付け、更に多くの魔物が集まり始める。


「双刃斬! 袈裟……斬り!」


 キリムが両手の剣で切り払い、大蛇の腹を深く切り裂いた。大蛇はキリムの頭に噛みつこうとし、キリムが小手でガードする。足具で蹴りを繰り出して距離を取り、そこから再び双剣を構える。


「ステア! 剣閃で数を減らせるか!」


「ああ、その方が楽で助かる」


 倒せない魔物ではない。キリムも剣閃は覚えている。攻撃を畳み掛けたなら、頭を斬り落とす隙もあるだろう。けれど、キリムは敢えてそうせずに技のおさらいをしている。


 大蛇が黒い血を垂らしながら、キリムに捨て身のつもりで頭を打ち付ける。キリムはその瞬間を待っていた。


「熾焔斬!」


 魔物を限界まで引きつけ、その時間で自身の気力を更に溜める。その溜めを使い、残像が見える程の素早くも正確な刃を見舞う技だ。


 大蛇は頭部のすぐ下から十字に斬りつけられ、頭を失った。まだ胴体だけが動いているが、再生はしないためじきにおとなしくなる。


「よし、タイミングは合わせられる、次!」


「バベル! 結界を解け、お前も盾の使い方を極めろ!」


 ステアが足具の裏で魔物を蹴り飛ばしながら叫ぶ。バベル自身の戦闘能力を上げさせるためだ。


「分かった!」


 バベルもキリム達の背後から飛び出した。結界を張る役目ではなく、自らが守るつもりで魔物の攻撃を防ぐ。時には盾で押し返し、思いきり殴りつける。


「わお、すごい」


「守り手にするには惜しいな」


 小柄なクラムだが、その力は強い。なにせ、魔物の巨体が覆い被さって来ても、びくともしない力を持っているのだ。攻撃に回れば、その強靭な体で繰り出す殴打の威力は十分に通用する。


「僕、この攻撃が気に入ったよ! 盾で殴って、守って、僕に一番合ってる気がする!」


「片手も空くし、いざという時両手で盾を支えられる、良いと思うよ!」


 キリムとステアの連携など、もう今更特訓の必要がない。バベルはどんな不測の事態でも守る、それを実践できるだけの能力がある。


 後は感覚を研ぎ澄ませ、己の力量を最大に保つだけ。キリムもステアも暫くして感覚を取り戻し、どこか戦闘そのものを楽しんでいるようでもあった。


 キリムはもう成長できない。力が強くなることも、気力の量が上がる事もない。だが、技の精度を上げる事は出来る。


 バベルはキリムとステアを魔物から完璧に守り、盾による殴打でも魔物を倒す。グラディウス譲りの剛腕は、攻撃にも受け継がれたようだ。攻撃にも回れるのなら、頼もしい事この上ない。


「刃を入れる角度を気にしろ! この程度、力で押さずとも一撃で斬りはらえるはずだ!」


「分かった、もう一回!」


 ステアも久しぶりにキリムへの指導を楽しんでいる。特訓の成果は早くも現れ始めていた。


「キリム、魔物の数が減った。少し休憩だ」


「うん。少し回復したら、16階層に下りてもいいかもしれない」


「ほう、珍しくやる気だな」


「そりゃあ、そうだよ。真意はどうか分からないけど、ゴースタさんが命と引き換えに示してくれたんだ。次こそガーゴイルを完全に倒す!」

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