cryptograph-07
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翌日。バレッタ達は昼過ぎにヌクフェ村へと向かった。
3人を見送ったキリム、ステア、バベルは、そのままパバスへと瞬間移動する。昨日、ゴースタの母親から連絡を受けたためだ。
時差の都合上、パバスはようやく朝が訪れたところ。朝とは聞いたが、時間までは聞いていなかった。
外壁が残っただけの協会は、まだ解体作業が始まっていない。不安そうに中を覗く者や、何があったかを饒舌に話して聞かせる者などでごった返している。
その中に、昨日見かけた老婆もいた。ゴースタの母親だ。
「おはようございます」
「キリム・ジジさん、クラムステア、それに……」
「クラムバベルです。結界の力を操り、攻撃を寄せ付けないクラムです」
「クラム様でしたか、昨日の様子では結界術士の方かと。ゴースタの母の、エバノワと申します」
エバノワは深々と頭を下げ、どうぞと言って歩き始める。気丈に振舞ってはいるが、束ねた髪ははね、足取りもどこか弱々しい。
「エバノワさん、その……大丈夫ですか」
「ええ、息子を失ったのだと悟りましたが、葬儀も出来ませんからね。実感がないんですよ」
「道を案内しろ。弱々しい足取りではこちらが落ち着かん」
ステアがエバノワを抱え上げた。エバノワが驚いて「あらら!」と大声を出したが、ステアの気遣いだと分かって礼を言う。
「エバノワさん。どうして僕達を呼んだの? ガーゴイルの事が何か分かったの?」
「詳しくはわたしの家でお話ししましょう。見せたいものがあります」
エバノワに案内されながら、歩いて15分程。一行は集合住宅ではなく一軒家が多い地区の一角に辿り着いた。エバノワは2階建てのレンガの建物を指す。
「あれがわたしの家です。さあどうぞ、クラム様、ここまでで結構です。有難うございました」
他所の家はフロントガーデンに植物が植えられている。冬でも海流のおかげで幾分暖かく、枯れない花もあるのだという。
よく手入れされた周囲に比べ、エバノワの家はどこか殺風景だ。植物は見当たらず、代わりに犬の置物が2つだけ置かれている。
家の中はレンガの壁に、大きな暖炉、フカフカの茶色い絨毯と、柔らかい印象を受けた。しかしやはり植物などは一切置かれておらず、何かが欠けているようでもあった。
「今、珈琲を準備しますので。テーブルにどうぞ」
食卓には椅子が5つ。ふと足元を見ると、子供が落としたと思われるフォークが転がっていた。
「あの、ゴースタさんの奥さんと、お子さんは……」
エバノワはしばらく沈黙し、4つのコーヒーカップを用意した。角砂糖やミルクを並べると、自身もテーブルにつく。
「……嫁と孫は、昨晩のうちに町を出ました」
「え、町を出た?」
「あのような事件を起こしたのです。周囲から何と言われるか。あの子達を巻き込むわけにはいきません」
家の中の違和感は、義娘と孫の荷物がなくなっているからだろう。初めて入った部屋でも、物の配置の違和感はあるものだ。
真ん中だけぽつんと空いた棚、暖炉の前で片側だけに寄った洗濯物の靴下などを見て、キリムはようやく違和感の正体を理解した。
「今となっては、ゴースタさんがガーゴイルを呼び出したのか、分かりません。話せば分かってもらえるのでは」
「いえ。人は恐怖の前に団結します。そうする事で、嫌な隣人とも手を取るのです。パバスは今、恐怖に包まれています。恐怖とはゴースタの事」
「召喚士ギルド支部長を敵とみなし、警戒する事で一体感を得ている。同時に安心感を得ている。そうだな」
「はい。義娘と孫は知っていたのではないか、2人も魔物ではないか。そう疑う者にどう説明すれば分かって貰えるでしょう。魔物退治のプロ達でさえ3年、3年も気付かなかったのに」
旅客協会の支部長達でさえ、魔物の片鱗すら見つけられなかった。一般市民が納得するような無実の証明を考えるにしても、その間2人は避けられ、忌み嫌われる経験を味わう事になる。
「結界があっても平気で行き来できるんだから、魔物だなんて思わないよね」
「うん、そうだね。バベルくんの結界に比べたなら、町の結界は遥かに劣る」
エバノワはチラリとキッチンの窓の外へと視線を向けた。淡い光が差し込む先には、この家を指差しながら話す人が見える。
「昨晩から、ああやってこの家を確かめに来る者がいます。もう既にわたし達はこの町にとって敵なのです」
「成程。この世界の縮図ですね」
「魔物という共通の敵がさほど暴れなくなった昨今、人や町同士の争いが増えた。そんな人の憎しみが……」
「クラム様、その通りです。息子はまさにその研究を行っておりました」
エバノワが立ち上がり、ダイニングの隣の部屋へと入っていった。暫くして彼女は2冊のノートをテーブルに置く。
「息子の研究のメモです。数年前まで、魔物の動きが少ないのは良くない事の前兆だと」
手記を捲っていくと、各協会事務所所在地と、その周辺の魔物の傾向などが数年に渡って書かれていた。各地の魔窟についても記述がある。
「魔窟での想定外の魔物の発生件数……右肩下がりみたいだ」
「旅人の数が減ったからか、それとも魔物が湧かないのか」
「キリム、こっちのノートの方、もっと色々書いてあるよ」
バベルが開いたノートはカレンダー手帳だった。3年前のものだ。
「ギルド事務連絡会、会食、予算稟議期限……行動予定がびっしり書かれてる」
「子の誕生日には休みを取ったようだ。……待て、7月以降の予定が一切書かれていない」
ステアが手帳の後半をパラパラとめくる。そこには何も書かれておらず、印刷された日付と罫線だけが取り残されていた。
「7月……13日までの予定、という事は、この予定は多分それ以前に書かれている」
「息子はマメな性格でした。いつ、どこで、何がある、それを忘れずに覚えていました。ですが、ぱったりと手帳を使わなくなったのです。最初は別の手帳に変えたと思っていましたが」
エバノワが手帳を6月のページに戻し、ある1週間を指でなぞる。日付ごとに並ぶ四角いマスの中には、相変わらずびっしりと予定が書かれていた。
6月17日。その日の行動予定を見た時、キリム達は事の真相に気付いた。
「5時30分、ジャンヌ号……エンシャント行き!」
「先程のメモにもエンシャントに関するものがある。各地に異常はあるが、原因は分からず。魔物の負の力が仮にいつの世も一定であるなら……」
「未探索地が多いエンシャントの状況を知る必要が……ある」
「あの支部長は、魔物の発生状況を確かめるためにエンシャントに行ったんだ」
記述が偽装である可能性はある。だが記述通りであれば、ゴースタは魔物の発生状況の調査のため、エンシャントに渡ったという事。
職員らも、ゴースタがエンシャントに渡った事を語っていた。
「ゴースタさんは……この世界のどこかに負の力が偏っていると考えていた。それがエンシャントではないかと」
「その途中で、復活したガーゴイルと遭遇した……?」
「だとしたら、渡航前後で人が変わった事にも納得がいくよね。きっとその時にゴースタさんはガーゴイルに入れ替わったんだ」
エバノワがゆっくりと頷いた。銃の手入れの他にも、今思えば心当たりはあったという。
「息子が2か月後にエンシャントから戻って来ました。その日から、何故か花瓶の花が萎れ、花壇の球根が全て腐ったりと、生き物が寄り付かない家になったんです」
「人よりも植物や動物の方が魔物の瘴気には敏感だ。恐らく読みは当たっている。ゴースタはむしろ、世界の異常を知らせようとしていただけ……」
「それをあなた達に伝えたかったのです。それだけ分かって頂けたなら、もう十分」
そう言ってエバノワがリビングの引き出しから分厚い本を取り出した。
「それ……魔術書?」
「ええ。わたしも元は旅人でした。もう旅は終えてしまいましたが、これが最後の旅。わたしがあの子を解き放ちます」
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