cryptograph-06



 キリムは絶句していた。確かに、デルの一件があって以降、旅人が連合を立ち上げ、集団で討伐に向かうような事件はなかった。


 日頃の町や村周辺の魔物討伐は相変わらずだが、壊滅を招くような事態はない。強い魔物は、わざわざ探して戦わなければ戦えない。


 旅人は等級を上げる手段がそもそもなく、そこまでの強さや経験も必要とされなくなっていた。


「そういえば、騒動が起きる程の魔物はずっと見かけていないね」


「負の力が全てガーゴイル復活に使われた、とも考えられるが」


「可能性はなくもないね。うーん、強い魔物と戦えないのに、強くなれってのは無理だ。でもここまで数が減っているなんて」


 ガーゴイルの居場所を突き止めたと思ったら、今度は戦力となれる旅人がいない。バベルがいれば召喚士を守る事は出来るが、さすがに召喚士のお守りをさせるには勿体ない。


「パバスの支部長クラスは、どれほどの使い手でしたか」


「そうですね、大きな町の支部長でしたから……腕前で言えばそれぞれが職内での十傑には入っていたと思いますよ」


「対人戦闘をしている訳ではないので、あくまでも功績や名声、同業者の評価ではとなりますが」


「それは他の旅人でも同じ条件だろう。そうか、あいつが双剣士として10本の指に入るか」


 キリムもステアもショックを受けていた。双剣士ギルドの支部長は、キリムが簡単に倒せる程の腕前しかなかった。それでも旅人の中において10番以内だとすれば、旅人は数だけでなく相対的なレベルまで落ちている。


「募集を貼り出さず、受付に訪れた人だけに声を掛ける事はできませんか」


「受付では必ず旅人資格を提出する。募集は旅人でなければ知り得ない」


「そうですね、全世界の支部、出張所に連絡を入れましょう」


 旅客協会本部の協力を得た事で、ほんの少しだけガーゴイル討伐への足掛かりが出来た。後はクラム達にも確認し、呼び出された際に優秀だと感じた召喚士を訪ねてもいい。


「あまり時間はないようですから、募集期間は2週間とします。宜しいでしょうか」


「2週間? うーん、集まるかな」


「主要な航路便の所要日数、徒歩での現実的な移動日数、それらを考えると、1週間では短いんです。ですが2週間もあれば、協会に寄る事が可能です」


「記帳をしない旅人も中にはいます。でも緊急時、協会は記帳のノートから戦力をはじきますよね。その意識がない旅人は、今回の作戦にはどのみち不向きです」


 協会側の意見に頷き、キリムは2週間後にまた来ると告げて本部を後にする。キリムは多くの旅人を見てきたが、どちらかと言えば助けが必要な旅人との関りの方が多い。


 また、知り合った旅人の現在の強さも把握できていなかった。


 キリムは時間の感覚が曖昧になってきている。数年前に旅人になったと思った者が、20年の旅人生活を引退すると報告に来て驚いた事もあった。


「キリム。強い者を集めるのも手段だ。だが今回は俺とお前が先頭に立たなければならん」


「そうだね。今回はレッツォさん達も、マーゴさん達も、レベッカさん達もいない。あの時の俺は、強い旅人に引っ張ってもらってた」


「潜在能力は衰えん。だが勘は鈍っている。自覚はあるな」


「……実を言うとパバスでさっき戦った時、体が重いなって感じてた」


 仲間を募り、強敵に立ち向かう。その際に先頭に立ち、一番の働きを見せなければ示しがつかない。キリムは神格化されつつある自分に、その価値分の実力があるのか不安だった。


「ステア、3日でいいんだ、付き合ってくれないかな。その……」


「いいだろう」


「まだ何も言っていないんだけど」


「我が主が珍しく自分から動こうとしているんだ、俺は何でもやるさ。お前の好きにしろ」


 キリムは優柔不断だ。けれど決意した時、その決意は固い。ステアはそれをよく分かっていた。キリムが強くなりたいと願い、ステアの力を必要としている。ステアの動機はそれだけで十分だった。


「魔窟の潜れるだけ深くに潜りたい。死にたくはないけど、死ぬ気で戦う経験が必要だ」


「バベルも連れて行く。なんなら数人の旅人を連れて行ってもいい。そうだな、召喚士がもし……」


「キリム・ジジさん!」


 キリムとステアが石畳を歩いていると、背後から呼び止められた。振り向くと、先ほどの女性職員がいる。


「何でしょう? 話なら中で……」


「パバスから電話が」


「え、まさかガーゴイルが戻って来た!?」


 パバスは今頃真夜中だ。衰弱しているとはいえ、こんな時間にガーゴイルが暴れたなら、死人の数は計り知れない。キリムが険しい顔をする中、職員は少し笑みを浮かべて首を横に振る。


 キリム達がガールド市にいる事を知っている者は少ないはずだ。パバスには知り合いと言える者もいない。


「ゴースタ氏の、お母様からの伝言です。明日の朝、協会跡地でお待ちしていますと」


「……支部長の、お母さん?」





 * * * * * * * * *





「すまねえ、俺がお前らを送り出す前に気付いてたら」


「おいらも罠だったとは思わなかったよ。むしろ不意打ちを喰らわせたくらいに思ってたんだ」


「召喚士ギルドに行って来いなんて、何で俺は訳の分かんねえ後押ししたんだ」


「いいよ、エンキ。おかげでガーゴイルが完全復活する前に気付くことが出来た」


 キリムとステアは宿に戻り、ゼタン達に終末教徒への対応を告げた。宿にはアスラが戻って来ており、ゼムニャー島の危機が去った事を知らされた。


「協会出張所の者に警告書を書かせた。召喚士もおった故、何かあれば妾が駆け付けよう。ゲートの準備がなされた場所も、全ての死体を始末しておる」


「良かった、これでおおよその土地の騒動が収まるね」


 ゼタン達がきちんと事実を打ち明けるか。処罰の有無はそれ次第だ。人質となり、脅迫の被害にあったのはバレッタだが、彼女が処罰を求めなかったらそれで終わりとなる。


「ヘルメスの羽ばたきなら、島まですぐに着くよね。何かあったなら僕達へ知らせに来てくれるはず」


「うん。もうかれこれ5時間……もう着いてもいい頃だね」


「あ、あの!」


 キリム達がこれからの事を話していると、セリューが話を遮った。


「クラムヘルメスが戻ってきたら、バレッタさんを島に運んでくれませんか!」


「心配しなくても、ヘルメスはそのつもりだよ。もうすぐ帰れる」


 バベルが答えると、バレッタが嬉しそうに頷いた。ついでにこの宿ならもう少しいてもいいかもと笑って見せる。セリューはそれを聞きながらゼタンとダイムと共に頷く。


「その時、私達も一緒に連れて行ってくれませんか!」


「えっ?」


 セリューの頼みに、キリム達が揃って首を傾げる。セリュー達の覚悟を決めたまなざしは変わらない。


「償える事はすべてやる、そう約束しました」


「弱い魔物を放った。畑を踏み荒らした。壊したもんもある。まだ村に謝ってもいない」


「全て元通りにする。他に手伝える事がもちろん手伝う。もういいと言われるまで、何年でも」


「私達が処罰を受けるだけじゃ、ヌクフェの人々には何の得にもなりません。でも、それでも……自己満足だと言われてもいい。許さなくてもいい。やらなければならない事はやります」


 3人の言葉に、バレッタはゆっくり頷いた。この3人は村にとって悪人だが、その心までは憎めない、そう思えるようになっていた。


「分かりました。皆さんをどうするかは父が決めるでしょう。私が事の経緯を説明しますけど、父がどういう判断を下すかは」


「それでもいい」


「じゃあ、クラムさんが戻ってきたらお願いしましょう。キリムさん、ステアさん、バベルさん、アスラさん。エンキさん、ワーフさん、皆さんいつか島にいらして」


「おう! よく切れる包丁でも土産にして訪ねてやらあ」


「いいね、おいら今からどんなものにするか考えなくっちゃ」


「何本いるか、考えとけよ」


 エンキが夕食の野菜を刻みながらニッと笑う。バレッタが「出来れば稲を刈る鎌の方がいいです」と注文すれば、キリムが思わず噴き出す。


 宿の中が笑いに包まれていく。ようやくセリュー達からも笑いが零れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る