cryptograph-05



 * * * * * * * * *




「そのような事態になっていたのですね。今回の事件は、協会の怠慢と言われても仕方がありません」


「パバスは大きな町ですし、このガールド市との往来も多いのですが、誰もあちらの協会の動きには気付いていませんでした」


「ゴースタ氏がどのような経緯でガーゴイルと接触したのか、これから調査を行います。キリム・ジジさん、大変申し訳ございませんでした」


 キリムとステアはヤザン大陸の西岸に位置する「ガールド市」を訪れていた。ガールド市には、旅客協会の本部がある。


 かつて共に戦った剣盾士のブグスの故郷であり、キリムは何度かブグスを訪ねた事があった。


 造りがどこも一緒な協会支部に比べ、本部の作りは豪華だ。白い大理石の床、同じく大理石の受付カウンター。屋内だというのに、ロビーには小さな噴水もある。


 赤い絨毯の道が広く敷かれ、どの応接室にも高価な絵画や花瓶などが置かれている。アーチを描く高い天井にはシャンデリアが幾つも並び、壁画が描かれている。


 吹き抜けの2階通路には、グランドピアノまで置かれている始末。高級ホテルと言われても納得だ。


「結界があれば、おおよその魔物は侵入出来ない。でも内部のアンデッドを湧かせる事は可能……そんな手段、考えた事もありませんでした」


 本部の職員達は、召喚士ギルドの存続問題を把握していなかった。召喚士ギルド解体など、そもそも嘘だったという事だ。


 紺色の制服を着た若い女性職員は、事件の真相に困惑の表情を浮かべている。


「しかし、今でもまだ信じられない気持ちです。主要な町の支部でギルド支部長を務めるなら、腕前はもちろん、貢献度や人柄も精査するのです」


「ある程度の推薦、つまり人望がない者は候補にすらなれません。かつて何度も推薦されたキリム・ジジさんならご存じかと」


 管理部長の男が言う通り、ゴースタは協会本部とギルド本部が任命した人物だった。はたしてそのような人物が反乱を企て、ガーゴイルを使おうと思っただろうか。


 どこまでがゴースタ本人の意思だったのか、今となってはもう分からない。


「1つ言える事は、他の支部長は自身の判断でキリムさんに刃を向けたという事です」


 協会本部はゴースタにくみした者の存在を重く見た。


 彼らは自身の利益のために計画に賛同した。自分の意思でキリムを襲ったのだ。本部も近いうちに任命責任を問われるだろう。


「キリムさん、終末教徒はどうでしょうか」


「彼らは主に出張所を各地に建てる活動だと考えていたようです」


「終末教徒を組織したのは協会。となれば、構成員を問答無用で処罰する訳にもいきませんし……」


「俺の宿を襲った人達も、活動を邪魔されないようにやって来たと言っていました」


「少し考えたなら、おかしいと気付く話だがな。協会の指示だと言われたなら、疑わなかったのも仕方がないか」


 女性職員は部長と少しの間話し合い、終末教徒の扱いをまとめた。


「終末教徒については、我々が取り調べをし、各町や村で違法行為を行っていなければ不問とします。もちろん暴行、器物損壊などがあれば、資格停止などの処置を取ります」


「はい。宜しくお願いします」


「いずれにせよ、今回の騒動は旅客協会の不始末です。今後の事は本部が責任をもって処理します。パバスには臨時の出張所を開き、再建まで本部職員を出向させましょう」


 いずれゼタン達も召集を掛けられるだろう。仮にキリムが許せないと言ったなら、本部はキリムの感情を考慮し、きっと彼らに何らかの処分を下す。


 キリムは自分が特別扱いされている事を自覚している。だから協会の決定を左右しないよう、個人的な怒りなどを一切伝えなかった。


 行った事は決して良いものではない。お咎めなしとも言えない。けれど、彼らが何を目指していたのかは汲まなければならない。


 終末教徒の存在や行いの事実だけを告げ、同時に彼らが何故そうしたのかも伝える。キリムにとってそれがギリギリの妥協点だった。


「さて。終末教徒についてはもういい。問題はガーゴイルだ」


「俺達、もう1度ガーゴイル討伐に向かいたいんです」


 終末教徒の対処よりも、ガーゴイル討伐を急がなければならない。ここに来た最大の目的は、強い仲間を募る事だ。


「お話では、奴が自身の回復を図っていると」


「はい。恐らく、エンシャント大陸で、身を潜めているはずです」


 ガーゴイルが自身の回復を図る場合、相応に強い負の瘴気を必要とする。魔窟は旅人がひっきりなしに訪れ、身を潜めるには都合が悪い。


 弱い魔物をどれだけ集めても、ガーゴイルはかつての強さを取り戻せなかった。自身を維持するための負の力も、それなりに多く必要とすると考えられる。


「心当たりはある。だが、俺とキリムだけでは太刀打ちできん。亜種が巣食う洞窟において、自分の身を守れない旅人は魔物の餌でしかない」


「10等級が3名、8等級が5名、5等級が2名、クラムが1体。その構成でも全滅寸前まで追い込まれた場所です」


「10等級のベテランで敵わない? クラムの力は借りられないのですか」


 クラムが大勢押し寄せたなら、亜種と互角以上の戦いは可能だ。ただし、それは召喚されている場合の話だ。


 クラムは必要とされ、召喚され、良質な霊力を供給されて、初めて本来の強さを発揮出来る。


「召喚士に限って言えば、彼らの強さは本人自身の戦闘能力ではない。クラムの強さもそうだ」


「クラムが強い魔物と戦うなら、召喚される事は必須です。洞窟内でクラムの召喚を維持し、更に自分の身を自分で守れる召喚士が何人いるでしょうか」


「……成程、確かにそうですね。召喚士を集めるなら、召喚士を守れるだけの強者も集めなければ」


「お願いできませんか。俺達は隠居生活を送ってきたせいで、今どこの誰がどんな活躍をしているかが分かりません」


 本部が全協会支部に連絡してくれたなら、自薦推薦を問わず選りすぐりのパーティーを結成できるだろう。連合を組んだ時のように、複数のパーティーで構成されるネクサスを作ってもいい。


 だが、大規模な募集を掛ける事には不安もあった。


 ガーゴイルは、ゴースタの姿に化けることが出来る。人のフリが出来る。


 この世界にはゴースタを知らない者の方が多い。どこかに紛れ、募集を見られたなら、強さ、構成、討伐時期などが筒抜けになってしまう。


「パバスの事件がもう既にあり得ない事態ですからね。絶対に内通者がいない、とも言いきれません。本部で厳選するしか……」


 そう言いつつも、職員達は難しい顔をしている。


「何か、他にも問題があるのですか」


「ええ、むしろ募集以前の問題とも言えます」


 部長が部屋を出てどこかへと向かった。数分で足音が戻って来たと思うと、数冊の台帳をテーブルに広げる。


「これ……名簿?」


「はい。お話から察するに、最低でも等級8以上の者が必要でしょう。これは等級8以上の旅人の記録を閉じた台帳です。こちらの小さい2冊は、等級5以上の召喚士を」


 部長は白髪の目立つ前髪を掻き上げ、おでこの汗を拭く。キリムはそんな部長の様子を見ることなく、目の前の台帳に戸惑っていた。


「え、ちょっと待って下さい。これはどこの町の旅人のものですか」


「どこの町? というのは」


「いや、等級8以上の台帳を1つだけ持って来られても……」


 台帳は両面100ページ程の厚さがある。最終更新日付の写真、職業、等級、生年月日等々が、1ページに5人ずつ並んでいる。


 だが、開いてみればそのページは途中までで終わっていた。この人数から構成を考え、選りすぐりのネクサスを作れるかは疑問だ。


「全員分を出せ。参加の意思を持つ者がこのうち何人いるかも分からない」


 キリムとステアの反応に、職員が顔を見合わせ、残念そうにため息を漏らす。


「これが『全世界の』等級8以上の旅人全員です」


「……なんだと?」


「おふたりはご存じなかったかもしれませんが、これが現在の旅人の実態なんですよ」

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