cryptograph-04



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 キリム達はエンキ達に出来事を伝えるため、キリムの宿に戻った。幸いにも宿が再び狙われる事はなく、エンキとワーフは無事だった。


「お、俺達は……ガーゴイルという魔物にそそのかされていたのか」


「何もかも嘘だったのね。旅人協会必要性を訴えるためというのも嘘、クラムのためというのも嘘」


「キリムさん達が召喚士ギルド解体を目論んでいるというのも嘘……俺達はなんてことを」


 キリム達が魔物に襲われようと、負けない事は分かっていた。ゲートの真の意味を知らないゼタン達は、足止めくらいにはなると軽く考えていた。


 エンキとワーフだけだとしても、ワーフがエンキを連れて逃げればいい。それも計算済みだった。


「本当の目的は、負の力を溜めてガーゴイル自身の回復を図る事。自分が各地に移動する手段を確保するためでもあった」


「出張所の開設については、パバス支部の思惑とは正反対だった。終末教徒はガーゴイルの意に反し、出張所開設を目的としてしまった」


 危機意識を持った人々は、故郷や家族を守るため、旅人を志願する。有能な旅人が誕生する機会は多い方がいい。旅人を目指すなら、召喚士の資質を持つ者も見つかりやすくなる。


 終末教徒はそこに賛同したに過ぎない。


「パバス支部の人達は召喚能力を持つ者を、召喚士ギルドという組織に隔離したいだけだった。キリムを狙ったのは、僕達が呼ばれてもいないのにキリムの周囲に現れるから」


「クラムを普遍的なものだと思わせないため。それがガーゴイルの最初の誘い文句だった。邪魔なキリムを殺し、クラムのたまり場を消す。ガーゴイルにとっては都合がいい」


 終末教徒は、世界の終末を阻止する組織ではなく、終末を呼び込む存在だった。知らなかったとはいえ、ゼタン達はその策略を見抜けず加担してしまった。


「……あたし達、何でこんな事をしたんだろ。あたし、何で旅人になったんだっけ」


 セリューはパバスの召喚士ギルド支部でさえ騙されていたと知り、絶望していた。セリューの行動には1つとして真実がなかった。己の正義感が、悪に利用されてしまった。


 キリムやバレッタに償う手段も持ち合わせていない。騙されていたとはいえ、やってはいけない事をしたのは事実だ。なのに償う事も出来ず、許される事もない。


 人を魔物に襲わせるなど、論外の行動だ。許されないのも捕まるのも自業自得。


 ただ、キリムは真実を知った今、セリュー達に申し訳なさも感じていた。


「元を辿ると、ガーゴイルが俺を殺そうと考えたから始まったんだ。200年以上前のあの戦いで、ガーゴイルは死んでなかった。俺は確認もせずに倒したと思い込んだ」


「魔物の負の力をその場に残したままだった。奴の復讐に貴様らを巻き込んだのは、俺達だとも言える。……そういう事だな」


「うん。俺、協会本部に行こうと思う。今回は俺達が仕切らなきゃいけない。事態の収束には本部の決断も必要だよ」


「お前ら、良かったな。キリムはお前らを許すために協会に行くんだよ」


「え?」


 エンキの発言にゼタンが首を傾げる。ダイムは眉を顰め、セリューは放心状態のまま目だけを向けている。


「お前らはギルド支部に操られた。管理しきれなかった協会本部の責任でもある。お前らが罰せられないように口利きしに行くんだよ」


「旅人がこんな事をしたのは、協会が機能していなかったからだって事だね。きっと彼らは狙われたキリムが悪いとも言えない。おいらはキリムに賛同するよ」


「キリムさん……」


「フン、貴様ら、我が主のお人好しに幾度助けられる気だ。少しは助ける側に回ってみろ」


キリムがそこまで大きく考えた訳じゃないと苦笑いする。


「バベルくん。他のクラムが来たら、引き続き行った事のある場所を回るように言って欲しい。ここは任せた」


「うん」


 キリムとステアは装備の汚れも落とさずに消えた。協会本部があるヤザン大陸のガールド市に向かったのだ。


 もうゼタン達の拘束は解かれている。曲がりなりにも旅人だ。3人なら、エンキとワーフから逃げる事ができるだろう。けれど、3人も元々は終末教徒が「世界のためになる」と思って活動していた。根っからの悪人ではない。


「何か、あたしがお手伝いできることはありませんか。掃除でも見張りでも、何でもやります」


「邪魔であれば外で寝泊まりしてもいい」


「他所の町に知らせに行けというなら行きます。俺達だけじっとしていられません」


 キリムは許さないまでも、ゼタン達の志だけは認めている。エンキはキリムの思いを汲み取り、ゼタン達を邪険にする事なく扱き使う。


「水汲みはそっちな、風呂場の床に気を付けろよ。滑らないと自信もって言えるくらい丁寧にな」


「割った薪は裏の小屋に入れておくれ。乾燥しやすいようにきちんと組むんだ」


「お客さんが触れる所は、どこも埃がないくらい拭くんだ。僕が後で確認するからね」


 バレッタはエンキと共に料理を担当し、他の3人が掃除や薪割りを担当する。ワーフとバベルが交代で見張りをし、宿はようやく通常営業に戻った。


「お前ら、よく分かったろ」


「え?」


「この宿にクラムが集まる理由さ」


 人手があるからか、隅々まで綺麗にし、予備のシーツまで洗い直した。エンキはテーブルで一息つく面々にコーヒーを淹れてやり、ゼタン達にキリム・ジジとは何たるかを説く。


「あいつはな、長生きだから慕われてる訳じゃねえんだよ。お前らの事情を知ったら、その事情からお前達を救い出そうとする。襲われかけたのにな」


「おいら達は、キリムくんのような人が好きなんだ。優しい、人の不幸を笑わない、力になれるなら惜しまない。だからおいら達も協力したくなる」


「それを200年以上ずっと続けてきた。きっと、これからもそうだと思う。クラムの理想像そのままなんだよ、あいつは」


「僕はエンキもそうだと思うけれど」


 バレットはエンキの話に聞き入る3人を見て、心の中にあった憎しみや苛立ちが溶けていくのが分かった。


 村は少々破壊され、村人は恐怖を感じた。


 だが、彼らの手段は間違っていても、元々は村に出張所を置き、村の安全を確保しようとしての行動だった。人質として連れて来られたのも、出張所の開設を渋る父親を頷かせるためだった。


 許すか許さないかで言えば、許せない。だが、理解は出来る。バレッタは3人の全てではなく、認められるところを認めようとしたキリムを見習おう、そう思えるようになっていた。


「……本当に村は無事なんですよね。ディエガン諸島に危害は及ばないんですよね」


「ああ、誓ってもいい。クラムヘルメスが向かっているんだろう? 俺達が嘘を付いていればすぐに見破られる」


「ディエガン・ルシア島まで何往復も出来ないから、ゲートの材料は一切運んでない。ヌクフェ村にフィアーウルフと生きた魔物数匹を運べただけ」


 フィアーウルフはヌクフェの後、別の土地に運ぶことになっていた。一度放ってしまえば捕まえられず、倒せもしない。脅すために見せつける、ただそれだけのために連れまわしていた。


 バレッタはため息をつく。


「あなた達に指示を出した人も、あなた達の手段も間違ってる。だから許さないと言った。けど、あなた達の目的は間違ってない」


「目的……」


「人々が魔物に襲われないよう、自衛できる力を持たせたいというなら、私は賛同する。帰郷出来たら、私から父に出張所開設を訴えてもいい」


「えっ……でも、もうガーゴイルの策略は」


「協会の方針だからやるの? 魔物が黒幕だったからやらないの? 出張所が出来たら私達が安心して暮らせるというのは嘘?」


 バレッタが真剣な顔でダイムを見つめる。ダイムはバレッタが何を言いたいのか、ハッと気付いた。


「嘘じゃない。そうか、そうだった。俺達は魔物の恐怖を知ってもらい、守る力を持って欲しかったんだ。ガーゴイルもパバス支部の反逆も関係ない」


「そうね、出張所が出来る事は悪い事じゃない。それまで止める必要はないんだわ」

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