cryptograph~遺された道標~
cryptograph-01
cryptograph~遺された道標~
ガーゴイルが建物の中を縦横無尽に飛び回っている。
追いつけるのは空を飛ぶことが出来るサラマンダーや、水の精霊ウンディーネなど。
だがどちらも戦闘特化型のクラムではない。「戦う事も出来る」だけの、本来は自然を司るクラムだ。
吹き抜けの天井は梁が折れ、カウンター裏の棚は倒れて書類が散乱している。壁は打ち破られ、各ギルドがどこにあったのかすら分からない。
「あいつが外に出て行こうとしないのが救いだな、だがどうすればいい」
「召喚士のみんなは霊力の回復まで時間が掛かると思う。他のクラムも、召喚されてない状態じゃ勝てない」
「フフフ、そちらで震えている職員の皆さん、あなた達はキリム・ジジを殺そうと出来ても、ワタクシは殺せない、と」
保身のためにキリムを暗殺しようと計画しただけでなく、魔物の策略にはまってこの状況だ。ガーゴイルの言葉に職員達は言い返せない。
だが、キリムはそんなガーゴイルの動きを注視し、ある事に気付いていた。
「魔物の死骸を全て消すんだ! 負の力が立ち込めている状況はガーゴイルに有利に働く!」
「エイル、いけるか」
「やれやれ、生きている者しか相手にした事がないのだけれど。浄化ならアスラの方が得意よ」
エイルがアンデッドの山にヒールを掛けて消していく。サラマンダーは倒された魔物を瞬時に焦がし、負の力を消滅させていく。
ガーゴイルはキリム達を殺そうとしていない。かといって恐怖を植え付けようとしている素振りもない。外に出たなら人を襲って町を破壊できるのに、そうする事もない。
ガーゴイルには、この場に留まる理由がある。キリムは、それが濃い瘴気にも似た負の力だと睨んだのだ。
その場に充満していた負の力が次第に消えていく。ノームが残った欠片まで土に還し、破壊し尽くされた床の上には壊れた机や椅子、花瓶、それに紙切れが散乱するだけとなる。
「……こざかしいですねえ」
キリムの推理は当たっていた。ガーゴイルは自身に力を蓄えるため、負の力を吸収していたのだ。
「奴はまだ完全ではない、という事だな」
「……ステア。相棒としてじゃなく、クラムとして教えてくれ」
「何だ」
「人だと認識した相手に、襲い掛かる事は出来るか」
ガーゴイルは今、一時的に力を蓄えられない状態にある。しかし、飛んで逃げられたなら次はどこが被害に遭うか分からない。
先程まで、キリムは命を狙われる側だった。狙った者達を許す気はなく、どんな理由であっても人を殺す事には反対だった。
だが、キリムは非難され捕らえられる事も覚悟し、ガーゴイルに刃を向ける。先程まで自分が一番許せなかった事をやろうとしていた。
「……あいつを人だと思って斬るかどうかは、お前次第だ、キリム」
「その答えを聞いて、安心した」
ガーゴイルはまだ浮遊したままだ。キリムが斧術士の男をチラリと見れば、男は驚いて自身の顔を指差す。
「食事の邪魔をされては仕方がないですねえ。先程弱々しい男の腕を1本喰らいましたが、足りません。残りの餌も早めに喰らうとしましょう」
ガーゴイルが床に舞い降り、カウンター裏にいる職員へと狙いを定める。
「い、いや……来ないで、来ないで!」
「支部長、ゴースタさん! 目を覚まして下さい!」
職員の悲痛な叫びがこだまする。だがガーゴイルの歩調に乱れはない。
「キリム。不本意だけど、あいつらを食べられたなら不利になる。守らせてもらうよ」
バベルが職員達を結界で包んだ。まだ破られないという確証はないが、バベルは絶対に破れないと断言する。
「フン、忌々しい結界だ……こいつらを喰えないなら、そいつらを喰らってあげましょうか」
ガーゴイルがバベルを睨み、その背後にいる者達を脅すように舌なめずりする。
職員達は、この期に及んでもまだ保身に走っている。結界を張られた自分達ではなく、旅人達に目標が移った事に安堵さえしていた。
「何を守るか、優先順位を考えるべきですねえ、クラムバベル。このクズ共はきっと今、助かったとしか思っていませんよ」
「そいつらのためじゃない。ガーゴイル、お前の食事を邪魔しただけだ」
バベルがガーゴイルを睨み返す。ガーゴイルは高笑いし、次の瞬間にはすぐバベルの目の前まで移動していた。
「なっ……!?」
「バベル!」
バベルが瞬時に結界を張り直し、盾でガーゴイルの噛みつきを防ぐ。僅かにバベルの反応速度が上回っていた。その瞬間、ガーゴイルは結界の反射の餌食となり、自身の肩が大きく抉られる。
「クッ……貴様がこの場に存在すれば、我の邪魔になるゥゥゥ!」
ガーゴイルは怒りで雄叫びを上げ、結界の中にいない者を襲おうと部屋中を動き回る。ガーゴイルの肩から黒くどろどろとした液体が滴り、床をみるみるうちに腐らせていく。
「キリム、ステア、頼んだよ」
「ステア、行くぞ」
「待ちくたびれたくらいだ」
キリムが意を決し、ガーゴイルへと一歩を踏み出した。結界に逃げ込もうと走り回る者を庇うため、まずはその進路を塞ぐつもりだった。
「尻尾くらいは! 双竜斬!」
「キリム! 3秒時間をくれ!」
「召喚士諸君! 霊力が溜まったら召喚してくれ! ほら、俺様の固有術だ! 今は俺様が本体で呼び出されてやらあ!」
ディン達が召喚士に固有術を渡す。職員達がなんとか結界に入り込んだところで、キリムとステアはガーゴイル討伐に切り替えた。
「餌を出せエェェ! キサマァ、二度も我の復活を邪魔するかァァ!」
耳をつんざくような声に、その場の者達が思わず耳を塞ぐ。その時、ガーゴイルの視線が協会の入り口へと向けられた。
「……はっ、あんた何をやってる!」
「早く逃げろ、外に行け!」
入り口にはやや腰が曲がった女性が立っていた。銀髪を後ろにまとめ、白いエプロンを身に着けている。旅人の装いではない。
「キリム」
「分かってる! ……
キリムはガーゴイルの気を逸らせるため、ガーゴイルに駆け寄って双剣を振り下ろそうとする。そこに建物が震えるかと思う程の大声が響いた。
「坊や! じっとしておきな!」
「えっ!?」
キリムは思わず攻撃を止めて振り向いた。声の主は入り口に立つ老婆だ。
老婆は手にピストルを構え、躊躇いなく引き金を引いた。
「なん……ダと」
老婆はピストルで撃った反動でよろけながら、まだガーゴイルを睨みつけている。
銃が出回り始めたのはこの100年程。と言っても、庶民が所持していいものではない。高価な上、量産できる設備はない。武器のように基本的にはオーダーメイド。
旅人以外が所持する事は許されていない。となれば、老婆は旅人なのか。
ゴースタは銃を知っていたが、ガーゴイルはこの数百年の世界の進歩を知らない。ガーゴイルは何が起こったのかを理解できず、翼に空いた穴を見つめる。
「……我が子の不始末、この歳になってもやっぱり親が負うものだわね」
「あいつの、お母さん?」
老婆はゆっくりと頷き、再度銃口をガーゴイルへと向けた。
「途中から見ていたよ。そいつはあの子の声で笑い、あの子の姿になった。でも、あたしには分かる」
老婆は再度引き金を引く。弾はガーゴイルの右足の付け根を掠った。
「キサマァ……何をした! キサマを喰らっても力にはならんが、腹が立ったぞ!」
ガーゴイルが老婆に牙を剥き、咆哮を浴びせる。それでも老婆は怯まない。
「あの子は銃は危ないものだ、これは有事の際にみんなを守るためのものだと」
「あの銃は、支部長の……」
「わ、私、見た事があります! もう5年以上前だけど、万が一の際は、これでみんなを守るんだって、家が買える程高かったんだぞって……」
老婆がまたゆっくりと頷いた。
「あの子は必ず銃を携帯して出勤していた。嫁子供が触れば激怒していた。それが……ここ数年、急に銃なんか忘れてしまったかのように、磨きもしなくなった」
「それって……」
「ああ。その時から、もうあの子はいなかったんだね。さあ、わたしがクエリを出そうじゃないか。その魔物を……あの子の仇を、誰か、誰か……討っておくれ」
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