ritual-12
「おい! こいつと戦っちゃだめなのか!? どう見ても魔物だろ!」
「お、俺が決められる事じゃない!」
相手はガーゴイルだ。だが、ゴースタであるともいえる。旅人は攻撃を仕掛けていいものかと迷っていた。
腕前の優劣はあれど、旅人はおおよそが戦いのプロだ。ただし、それは魔物が相手であればの話。夜盗からの護衛などではやむを得ず戦うこともあるが、それは協会が承認したクエリだからこそ認められる事だ。
「正当防衛だ、仕方ねえよ!」
「じゃああんたが行きなさいよ!」
「お前仕方ねえからって人を殺す気で戦えってのか? ゴースタさんが操られて体を奪われたんだったら」
「おい、汚職員ども! クエリを出せ! そうすれば倒せる!」
「お、俺達に人を倒せというクエリを出す権限はない!」
「使えねえなあもう!」
旅人達が躊躇する中、ガーゴイルは牙をむき出しにし、鋭い鉤爪で襲い掛かる。鞭のような長い尻尾で旅人らを弾き飛ばし、一気にキリムの首を狙おうとしていた。
「キリムさん!」
「大丈夫! 何とか捕らえる方法を考えてくれ!」
キリムは双剣を交差させて爪をいなし、しなる尻尾を避けて跳び上がる。攻撃をしているのではなく、ただ躱すだけだ。多少の殴打はできても、キリムもステアも刃は向けられずにいた。
「キリム! そいつがいる限り、塞いでも別の場所にゲートが現れるよ!」
「今閉じようとしても意味がない、か。分かった! みんなを守る方に切り替えて!」
「ディン! ノーム! 他の者も殲滅に全力を尽くせ」
「言われずとも!」
バベルが結界を張り、逃げ遅れた者達を集める。結界が魔物の攻撃を弾き返すことで、魔物達は襲い掛かる度に負傷していく。ガーゴイルに狙われない限り、しばらくは安心だろう。
強敵相手とは言え、クラム達もいる。旅人の多さを考えると、ミスティでの戦闘よりは落ち着いていた。
ディンが剣でオーガ種を脳天から真っ二つにし、ノームは土や蔓で魔物の動きを封じていく。
サラマンダーは炎へと姿を変え、魔物を火だるまにする。魔物が飛んでいたってお構いなしだ。ウンディーネは水の弾で魔物を包み、息を奪う。オーディンは槍で攻撃を防ぎ、魔物から旅人を守っていた。
「魔物が町に流れ出ていないか!」
「俺達が見回りします! 外にいる旅人にも加勢を頼んで来ますよ!」
「お待ちなさい、かすり傷を頬に付けた坊や」
「あんたは……?」
金色の長い髪に青い袖なしのローブを着ている女性は、治癒神クラムエイルだ。アスラよりも治癒に特化している代わりに、戦いでの立ち回りは一切出来ない。エイルが受けた傷は召喚士の傷に変わってしまう。
「エイルというの、よろしくね。あらバベル。ちょうど良かったわ、結界に入れて下さる?」
「エイル、おいで。僕がいれば治癒に専念できる」
「ありがとう。お礼に今度アスラと開発した新薬をおすそ分けしましょう」
大きな傷を負った者でも、エイルがたちまち癒してしまう。エイルは本来戦闘が終わった後、安全を確保して召喚するべきクラムだ。戦闘中は役に立てない分、その回復能力は凄まじい。
「す、すげえ、オーディンがスレイプニルから降りてる」
「しょ、召喚士の私でもこんな事初めてです! しかも私が召喚しているなんて」
「我が槍に勝るものなし」
オーディンは本気を出すため、スレイプニルを外にいる者へ預けていた。大きく鋭い爪を持った熊型の魔物を2体串刺しにし、霊力を光に変えて光線を放つ。
「
「ひ、光の……槍? 光というよりまるで稲妻だ」
オーディンが槍をくるりと回し、柄の先で床を打つ。それを合図にして、稲妻に貫かれた魔物が全て崩れ落ちた。
「召喚士よ、バベルの庇護を受けるがよい。あやつは皆を必ず守り抜く」
「は、はい!」
クラム達が大暴れした事で、討伐速度が魔物の湧く速度に追いついた。建物内の魔物は、ガーゴイルと、狼型でオーガのように両手両足を使う亜種などだけになった。
「どうしますか! あのガーゴイルという奴、総攻撃で倒しますか!」
「いや、あれはゴースタさんだぞ! 攻撃して倒して、後であの人の奥さんや子供に何て言うんだ」
「じゃあ、攻撃せずに捕まえる?」
召喚士がスピリットポーションで霊力を維持し、クラム達が魔物を蹴散らす。ドラゴン種であってもキリムとステアに瞬殺される。ガーゴイルはこれ以上は無駄だと判断し、ゲートを閉じた。
「よっしゃ、こっちは終わったぜ! 召喚士の嬢ちゃん! 霊力は大丈夫か?」
「い、一度解いてもいいでしょうか!」
「おう! 少し休みな、ご苦労さん」
ディン達はいったん召喚を解かれ、各々の力だけで戦う事を決めた。かつてのガーゴイル戦に比べたなら、これでも形勢は随分と有利だ。
そんな中、ふいにガーゴイルがゴースタの姿へと戻った。
「ご、ゴースタさん?」
「支部長! もう……もうやめましょう!」
捕らえられた職員達が、カウンターの中から呼びかける。ゴースタはしばし無表情を保っていたが、ふと周囲の惨状へと目を向けた。
「これは、いったい……」
「ゴースタ。あなたは自分が何をしたか、分かっているのか」
キリムは睨みつけて問いただす。ゴースタは「キリム・ジジさん?」ととぼけた表情で答えた後、周囲の厳しい視線に気が付いた。
「わたくしが……何か? え、わたくしが何を……この状況、まるで魔物でも湧いたような」
どうやらゴースタは状況が把握できていない。もはやギルド室など跡形もなく、だだっ広い空間になり果てた協会に呆然としている。
「もしかして、ガーゴイルに体を操られていた記憶が、ない?」
「ガーゴイル? 確か、資料館の記録にあった魔物では。キリム・ジジさん達が退治した魔物ですね」
「貴様、地下室にあれだけの用意をしておきながら、記憶喪失の真似か」
「記憶喪失? わたくしがですか? 失礼ですがわたくしは……」
そう言ったところで、ゴースタは自身がつい先ほどまでズシにいた事を思い出した。と言っても、その記憶はもう3年以上前のものになる。
職員らが事情を説明し、今が記憶から3年後である事を伝えると、ゴースタはようやく己が何をしたのかを理解した。
「ま、まさか……わ、わたくしが、ガーゴイルを」
「ガーゴイルを発生させる方法を見つけたんだな」
ゴースタは魔物が湧く事に関し、召喚術のように何か引き金があるはずだと考えていた。そのため、魔物を引き連れたというデルの研究を調べ、魔物が湧かない条件を探ろうとしていたという。
「何をした。言え」
「何を……うぐぅっ!?」
キリムが問い詰める中、ゴースタが突如吐き気を催し、慌てて口を押えた。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫です。そうですねぇ、ワタクシ……ガーゴイルの事を調べ上げたのですよ」
「何が分かった」
今度はステアが問いただす。ゴースタは俯いたままの姿勢で、ポツリと呟いた。
「例えば……このような姿をしていましたねえ」
その瞬間、ゴースタの姿がガーゴイルへと変わった。バベルが結界を張り直し、多くは慌てて結界に駆け込む。
「フハハハ! 愉快ですねえ! 同情でもしたのですか?」
「くっそ、さっきのは演技なのか!?」
「ゴースタが操られているのか、本人の意思なのか、判断がつかん」
「前のガーゴイル戦は魔物相手として戦えたけど! どうしよう、どうすればいい……」
キリムとステアが同時に飛び掛かるも、一方は爪や牙で、もう一方は鞭で反撃をされてしまう。それどころか動きを止めようと蹴りを繰り出せば、瞬時に本来のゴースタの姿へと変化する。
「フフフ、人の姿であればあなた達は殴れないのでしょう? この姿はとても便利ですねえ」
「キリムさん! そいつはもう人じゃない! 魔物に体を乗っ取られてんだ!」
「そんな基準では判断できない! 魔人のみんなを否定する事になる!」
ガーゴイルが攻撃出来ないキリム達を、羽ばたきながら嬲るように追い回す。室内に不気味な羽ばたきの音が響き、シャンデリアが激しい音を立てて落下する。
そんな中、協会の入り口では、1人の女性が立ち尽くしていた。
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