cryptograph-02



 突然現れたゴースタの母親が、自身の子だった者を討つクエリを依頼する。目から一筋流れる涙は、拭われる事なく床へと落ちる。


 殺人のクエリなど出せるはずはない。あくまでも討伐クエリの対象は害獣や魔物である。老婆は躊躇う旅人達に「ガーゴイルは我が子ではない」と伝えたかったのだ。


「そういう事だ。おい、貴様。クエリは有効か」


 ステアが結界の隅で不甲斐なく固まる職員に確認を取る。協会が認めたクエリかどうか。キリムのためにもそれが重要だった。


「……有効だ。まだ俺達に協会職員としての身分が残っていたら、な」


「これ以上ない罪を犯した後です。もう目は覚めました、責任はまとめて取ります」


 職員の許可が下り、ステアも双剣を構えた。ガーゴイルは忌々しそうに老婆を睨んだ後、キリム達へと向き直った。


「あの老婆……余計な真似ヲ」


 ガーゴイルはゴースタを取り込み操った事で、ゴースタの記憶や人の言葉を習得した。だが、親に対する愛情や感謝などの気持ちは持ち合わせていない。


 共に暮らしてきた親に対しての発言に、ゴースタの感情は一切混ざっていない。それを確認し、キリムは相手をゴースタではなくガーゴイルとして扱えるようになった。


「あいつは……デルの時と同じだ。ゴースタの存在を喰らったんだな」


「行くぞ!」


 かつて、キリムもステアもクラム達も、ガーゴイルを倒したつもりでいた。死月でトドメを刺したはずだった。だが、目の前のガーゴイルは過去を覚えている。負の力が溜まった時、ガーゴイルは復活するのかもしれない。


 ただ、その原因を探るのは後でいい。今は目の前のガーゴイルを倒すことが先決だった。


 前回のように百戦錬磨の旅人を揃えてはいない。クラムを呼びだせる者も限られている。その者達ですら、まだ霊力の回復が間に合っていない。


「バベルくんがいる。大丈夫だ」


 キリムは自分を安心させ、ガーゴイルへと飛び掛かった。


「双竜……斬!」


 跳び上がって空中で前転し、加速を付けて斬りかかる技だ。ワーフ自慢の双剣が赤みを帯びた軌跡を描き、ガーゴイルの脳天を狙う。キリムの技の威力は双剣士ギルド長でも及ばない。


 とはいえ、前回はステアと2人掛かりの死月で倒した相手だ。キリムも双竜斬程度で倒せるとは思っていない。それでも全ての技を全力で放ち、疲弊させ、隙を作れたら御の字だ。


「フン! 馬鹿の一つ覚えダ。そんな……」


「剣閃」


 ステアが避けたガーゴイルへと扇状に広がる光の刃を放つ。床と水平に広がった刃は、ガーゴイルの体を真っ二つにしようと襲い掛かる。


「チッ!」


 ガーゴイルが羽ばたいて避け、再びキリムへ視線を向ける。その瞬間、今度は背後から大ぶりの剣と槍が襲い掛かった。


「一刀……両断!」


「破光雷冥」


「貴様らァァ!」


 クラム達の攻撃も加わり、ガーゴイルは防ぐか逃げるかのみで攻撃を繰り出せない。前回は狭すぎる部屋の中で戦ったため、一斉に飛び掛かる攻撃は出来なかった。


 今回は空間が広く、立ち回りを気にしなくていい。唯一、それだけが前回よりも有利な点だった。


「おい斧術士!」


 ステアが結界の中にいる斧術士に声を掛ける。また足裏を打って高く飛ばせという意味だ。斧術士の男はガーゴイルにびくびくしながらも、ステアを高く打ち上げた。


「剣閃」


 ステアは相手が大きく逃げなければならないよう、わざと剣閃を連続で繰り出す。避けるには上に飛ぶか、瞬時に大きく後退するしかない。ガーゴイルが跳び上がった所めがけ、今度はディンが霊力の刃を飛ばす。


 ノームが土の壁を作って視界を遮り、軸足を土に埋める。ウンディーネが水を浴びせて妨害に追い打ちを掛け、風の精霊シルフが竜巻を起こす。


 その合間にもキリム達の攻撃は続く。そのうち、結界の中にいた旅人達も魔法攻撃で加勢するようになった。


「婆さんのおかげでうまく飛べねえみたいだな! あいつオーディンのせいで肩も抉れて、引っ掻くことすらままならないぜ!」


「こざかしイ……!」


「双刃斬!」


「チィッ!」


 キリムが双剣を突き立てるように斬りかかる。その場のクラムが皆、次の攻撃を構えている状況だ。攻撃を避ければ妨害され、魔法攻撃が飛んで来る。


 入り口ではゴースタの母がまだ銃を構えていた。


「隙だらけだ、畳み掛ける! ……熾焔斬!」


 もはやガーゴイルは攻撃の的に過ぎない。キリム達は攻撃の手を緩めず、ガーゴイルが床に倒れて動かなくなるまで止めないつもりだった。


「これしきでは負の力が足りなイ! クソが! クソがぁぁ!」


 ガーゴイルが破れた翼で天井高くまで飛び、自身の力を振り絞ってゲートを開く。


「あーっ! あいつ逃げるぞ!」


「止めるっ!」


「バベル! 結界で阻止できるか!」


 ディンの大声を聞き、キリムがすかさず斧術士のうち飛ばしで阻止しようとする。だが、キリムの刃が掠る寸前、ガーゴイルの姿は消えた。


「逃した!」


「消えやがった!」


「ごめん、結界の切り替えを躊躇ってしまった」


「いや、怪我人もいたし、この人数を守るには結界しかない。ひとまず危機は去ったよ」


 残ったのは建物の外観だけとなった協会、負傷者、怯えたパバスの町。死者は出ていないが被害は大きい。


「どなたか、ゴースタ支部長のお母さんを家まで」


 キリムが呼びかけ、数名が立ち上がった。呆然とし歩く気力もない老婆を背負い、夜道に消えていく。


 旅人達はこの騒動の結末を伝えるために去っていき、残るは警察官とキリム達、職員だけとなった。


「まったく、とんでもないものに加担したな」


「……ま、まさかゴースタさんが魔物と入れ替わっていたなんて」


「貴様らのように私欲を纏った愚か者は、さぞ手懐けやすかっただろう」


 ステアの遠慮のない言葉に、職員達は自分達がやった事を振り返る。キリムを暗殺しようと持ち掛けたのはゴースタだったが、職員達はそれに乗ってしまった。


 召喚士ギルドが維持されたなら、召喚能力がない者の地位が揺らぐこともない。そう考えて加担したのは、他でもないパバスの協会職員だ。そそのかされた、魔物に騙されていた、そんな言い訳は通用しない。


「連行します。この騒動はもう各地に広まっていますから、逃げられるとは思わないように」


「殺人未遂、組織的破壊行動、監禁、挙げたらキリがないが安心しろ。死刑にはならんだろう」


「生きて世に出された方が辛いだろうがな」


 この騒動の原因はキリムの存在にある。キリムがガーゴイルに狙われたために、職員達は利用されることとなった。終末教徒という組織を結成し、各地に恐怖を植え付けた。


「終末教徒がどこにいるか、分かりますね」


「……はい、リストは家に」


 各地に警察や旅人が派遣され、終末教徒達にも真実が伝わるだろう。不自然な出張所の開設はこれで止まる。


「ガーゴイルがゴースタを取り込んだのは俺のせいかもしれない。だけど、俺はあなた達を許さない。私欲のために人を殺すなんて、誰も許してはいけない」


 キリムが謝罪を受ける前に宣言する。それがキリムに出来る唯一の仕返しだった。


「ガーゴイルは人の知恵を付ける事を覚えたか」


 オーディンがボソリと呟く。デルはガーゴイルをギリギリまで抑えていたが、ゴースタは完全に取り込まれ、ガーゴイルは3年もの間、人の事を学んだ。より面倒な相手になったのは確実だ。


「召喚士を狙う動きは変わらんな。前回も召喚士を狙った」


「人を取り込んだところも一緒だ。ガーゴイルは次に何をする。今、どこに……」


「キリム」


「ん?」


 バベルが落ち着いた声で話しかける。


「次は僕の結界でガーゴイルを閉じ込める。閉じ込めて、結界を絞って、倒すんだ」


「うん、期待してる。その前に、居場所を突き止めないとね」


「居場所ならおおよそ見当が付く」


 ステアは幾つか思い当たる場所があった。それは終末教徒の結成と、魔物の傾向から割り出したものだった。

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