ritual-09



 ゴースタがニヤリと笑った直後、キリムの背後にあった魔物の死体の山が蠢いた。


「キリム! 何か来るよ! 後ろだ!」


 協会の地下全体を使った空間は、キリムとステアが範囲攻撃をしたくらいで一掃できるものではなかった。アンデッドの数はまだ数百体残っている。


 協会の建物を支える柱や配管を傷つけてしまえば、建物の崩壊、もしくは水漏れによる地下室の水没もあり得る。バベルが戦況を報告するも、全ての状況には対応できない。


「くっそ、手が回らない! 霊体型が外へ逃げようとする! 地下室に張られた結界からは出られないんじゃなかったのか!」


「クックック……! 結界装置はこの床の下ですよ。壊れてしまったのでしょう」


「そんな事をすれば、アンデッドが町へ這い出てしまう!」


「すべてはキリム・ジジ。あなたのせいですからね。あなたがいなければ、この床が下がる事はなかったのですよ」


 ゴースタの笑い声が魔物の咆哮や足音に掻き消される。勿論、この状況を作ったのはゴースタだ。にも関わらずキリムのせいだと言ったのは、そう言えば心優しいキリムが苦しむと分かっているからだ。


 キリムは床をすり抜けようとする霊体型アンデッドの始末に掛かりきりだ。ステアが代わりにキリムの背後へ回り、死体の山へと向き直る。


「あまりファイアばかり使えない! 建物が焼けてしまう」


「キリムが回復術を使えない事も想定済みか」


 死体の山から何体ものアンデッドが這い出て来る。霊体を生んだ残りの体が別のアンデッドとして蘇っているのだ。


「死体を片付けないと、幾ら倒しても負の力が戻ってしまうんだな。どうする、どうすればいい……」


 キリムの魔法なら、死体の山を焼いて処分する事は難しくない。ただし、建物の中でそんな事をしてしまえば火災を起こしてしまう。


 アンデッドに形のこだわりはない。腕だけでも、足だけでも動こうとする。アンデッドを完全に倒すには、魔物の体を乗り移れないほど細かく刻むか、焼いて処分するしかない。


 バベルの反射も使えず、ファイアも限られた場面でしか使えない。アンデッド戦でなかったなら、デルの屋敷のように物理攻撃で通用した。この状況はある意味今までで一番厄介な状況だ。


「ステア! 武器に魔法を掛ける!」


「範囲を調整しよう、ファイアでいけ」


「いくよ、ファイア! 剣閃……焔!」


「焔か、良い名を付けた。俺も続く」


 両手の短剣が内から外に大きく振られる。剣の軌跡が扇状の光の刃を生み出す。その刃はファイアによって赤く染まり、アンデッド達が切断された部分から燃えていく。腐った肉が焼け、周囲の臭いはいっそうきつくなった。


 キリムもステアもアンデッドに群がられ、強引に技をひねり出している状況だ。床に下りてすぐの頃ならともかく、今は間合いが取れない。技の威力は落ち、ステアの剣閃であっても10体斬れるかどうかだ。


「僕が守りたいのは……お前らじゃない。キリムとステアなのに」


 バベルは苦戦を強いられるキリムとステアを見つめながら、この場を動けない己の不甲斐なさを感じていた。反射能力を使えたならキリムとステアに群がる魔物など脅威ですらないが、それが出来ない。


「旅人が何人かは駆けつけてくれるはず! それまで待つしかない!」


「サラマンダー達も来るだろう! この邪魔者を捕えさせるまでの辛抱だ!」


 暗闇の中、2人の声と肉を裂く鈍い音だけが響く。その度に冷たい空気が動き、腐臭が鼻につく。限られた空間、限られた戦法。余裕だと思われた戦いは、想定外の厳しい戦況に陥っていた。


「双竜斬! 袈裟……斬!」


 キリムが飛び上がり、双剣を振り下ろす。だが足を掴まれてひきずり降ろされてしまい、そのままアンデッドにのしかかられてしまった。


「キリム! ステア、キリムが!」


 アンデッドに傷を付けられたり噛みつかれた場合、そこから体に毒が回る事もある。


 いくらキリムが戦力面で優秀でも、老いないとしても、体は生身だ。防具に覆われていない顔や太ももの裏、わき腹などは容易に切り裂かれてしまう。


「キリム!」


「くっそ、動けない……痛っ」


 薄明りの中、アンデッド達にのしかかられ、双剣の刃が辛うじて動いているだけのキリムが見える。


「キリム……!」


 その瞬間、ステアのスイッチが入ってしまった。


 ステアの目が金色に光り、周囲を風が渦巻く。金髪がその風に揺れた瞬間、ステアはキリムへと駆け寄って強引にアンデッドを引き剥がし、アンデッド達を力だけで押し切り始めた。


 その様子は見る者に恐怖を与えるものだった。普段は笑みすら浮かべないステアが、尖った歯を全て見せる程に口を開き、口元だけで笑っているのだ。


「破ァァッ!」


 これまでの戦い方とは比べ物にならない。ステアの腕が届く範囲の魔物は、瞬時に体を真っ二つにされて崩れ落ちる。本来ならアンデッドに邪魔をされ、腕を十分に振り切れないはずだ。今のステアは、それを問答無用で強引にやってのける。


 もう繰り出した技の名を呟きもしない。アンデッドを睨むその恐ろしい表情は、ステアが暴走状態に入った事を意味していた。


「まずい、今のステアは敵味方関係なくキリムを守るために動いてる」


「ど、どういうことだ!」


 キリムは毒のせいか、傷のせいか、ぐったりして動く様子を見せない。


「技名を叫ぶのは、自分がどういう攻撃をするのか、味方に知らせるためだと聞いている。違うかい」


「そ、そうだ。そうでなければ連携が取れない」


「今のステアは技名を口にしない。その連携を捨て、キリムだけのために動いている」


 剣術士や弓術士はもちろん、召喚士でさえもクラムの暴走を知らない。クラムが暴走する程の状況に陥った事がなければ知り得ない事だ。


「ステアはキリムを守れたなら、周囲がどうなってもいい。いや、そう思ってすらいない。キリムの安全が確保できるまでステアは止まらない」


「そ、それなら安心だろう!」


「僕やお前らを気にする事もない、と言えば伝わるかな」


「えっ……」


 攻撃術士ギルドの女が絶句する。体は相変わらず動かせないが、そうでなくても固まっていただろう。


 ステアはキリムを守るように腕に抱え、右手だけで短剣を振り回している。片手だけでも魔物をなぎ倒し、蹴り上げ、踏みつける。


 死闘を経験した事がない者達は、そのなりふり構わぬ鬼となった姿に畏れを抱き始めていた。


「ご、ゴースタさん、もうやめよう。どうせ計画は上手くいかない」


「支部長、もう私達は召喚術を使う事もできません! ギルドだってもう……」


 他のギルドにとっても、攻撃術士や剣術士の肩書きを持つ召喚士は邪魔だ。だからパバスの協会は召喚士ギルド廃止とならないよう、この計画に乗った。


 召喚能力の有無がギルド内に影響力を持ち、能力を持たない者の地位は低くなる。召喚士は召喚士として活動してもらわなければ困るのだ。


 だが、目の前で繰り広げられている戦いに、彼らはもはやそのような気はなくなっていた。


「クラムバベル、私を自由にして下さい! アンデッドには回復術が有効なの!」


「キリムとステアがそうしろと言わない」


「保身で動いた私が言えることじゃないけど、それで助けられる人を助けない事が、あなた達クラムの答えなの!?」


 キリムの敵だったはずの治癒術士に諭され、バベルは自身の思いに素直になろうとため息をついた。バベルが守りたいのはキリムとステアだ。


「分かった。2人を……」


「おーっと、その必要はないぜ」


 ふいにバベルの頭上から声がした。見上げればディンやアスラ、サラマンダーなどのクラムが勢ぞろいしている。その間から数人の召喚士も顔を覗かせた。


「何で……」


「外には知らせました! 間もなく応援が駆け付けます! キリムさんの宿にも何人か向かいました、私達もお手伝いさせて下さい!」

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