ritual-08



 ステアとバベルが感じた魔物の気配。それは召喚士ギルドの部屋の床下どころか、協会の建物全体の地下にまで広がっている。旅人には地下室の存在が明かされていなかった。


「貴様……地下に魔物を飼っていたか!」


「僕が守っている、安心していい。だから早くここから出て町に知らせておくれ」


 召喚士達はクラムを連れ、慌てて外を目指す。その者達が廊下を走っていく靴音を聞きながら、キリムとステアは支部長へと視線を戻す。


「旅人協会の地下に魔物を集めるだと? 何を考えている! 俺を殺すために集めたのか!」


「おそらくはこいつらもゲートの材料だな」


 支部長は体を動かすことが出来ず、ただ低く笑い声だけを漏らす。驚愕していたのはキリム達だけではなかった。


「ゴースタ、あんた……」


 ゴースタというのは、召喚士ギルド支部長の名前だった。他のギルドの者は、地下に魔物がいる事を知らなかったようだ。ゴースタは他の仲間の驚き様に、たまらず大声で笑いだした。


「はっはっは! やっぱり馬鹿しかいない! ワタクシがあなた方を改革の仲間と言いましたか? 餌ですよ。強い魔物を生み出すには、それなりに強い生贄が必要ですからね」


「え、餌ですって!?」


「おいクラム! 拘束を解いてくれ!」


 ゴースタは協会の使われていない地下室をゲートに使っていた。


 生きた魔物は結界を通れないが、死んだ個体は運び入れることが出来る。そこに目を付け、協会の閉館後に残務処理と言って中に残り、魔物の死体を大量に運び入れたのだ。


 地下室はあることさえ忘れられているような空間だ。かつては避難所として設けられた。用事もないため、鍵を失くしたと言えば誰もそれ以上を追求しない。


 部下に指示を出し、集めた死体は3年で600体。地下室を包むように結界装置を起動させたなら、万が一霊体のアンデッドが発生しても結界の外には出られない。


「俺を殺すため、ここまでやるのか! あるべき主はクラム1体に必ず1人いるものだ、選ばれたのは俺だけじゃない!」


「キリムを殺したところで、俺とキリムが消えるだけだ。そうして別の者もカーズになった途端に殺すのか。クラムは1体も残らんぞ」


「そこのクラムバベルのように、また新たに発生するのでしょう? 何故発生したのか、考えてごらんなさい。必要があればいくらでも代わりが湧くのです」


 ゴースタは召喚士らしからぬ発言を続ける。召喚士でありながら、ゴースタはもはやクラムを崇めてなどいない。都合よく使う奴隷のように考えていた。


「クズが」


 ステアはゴースタにゆっくりと近づき、打撲で滲んだ肘の血を紙に吸わせた。動かない腕を強引に掴み、責任者を示す「支部長デイビス・ゴースタ」のプレートを見ながら名を書かせた。


「何をする!」


 ステアはそれに答えず、瞬間移動でその場を後にした。1分も経たずに戻って来たステアの手には、もう先程の紙がない。


「貴様と、先ほどの女、お前らはもう二度と召喚術を使う事は出来ん。我らとの絆は断たれた」


「断たれた?」


「クラムの召喚を封じた。もう貴様がクラムを呼びだすことは出来ん」


 ゴースタと先程の職員、2人はクラムの棲み処の祭壇に名前と血を認識された。そのような方法があると知らなかったのか、ゴースタは怒りに震えつつ何度もランダム召喚を唱える。


「無駄だ。貴様の祈りは俺達には届かん。じきに貴様らを捕えるため、警察が駆け付ける」


「クソッ!」


 ゴースタは拳を振り上げたくても体が動かず、何度も獣のように唸る。他の支部職員も、おでこや手に滲んだ血を紙に取られた。ステアが強引にペンを持たせて手を動かし、ネームプレートに書かれた名前を全員分集める。


「か、勘弁して下さい! そんなことされたら」


「我が主に明確な殺意を向けたばかりか、襲い掛かったな。勘弁しろだと? 貴様はこの状況にどう責任を取る、クラムが納得する答えを出せるのか」


「……」


 ステアが問答無用で祭壇へと瞬間移動した。この場にいる召喚士ギルドの職員は、もう全員召喚術を使うことが出来ない。それぞれのため息や呟きは、コンクリートの床に貼られたウォルナットのフローリングに吸い込まれていく。


 だが、怒りと憎しみを見せながらも、ゴースタはまだ諦めていなかった。ステアが強引に動かしたせいで多少慣れたのか、僅かに動く指で床の取手を掴む。


「バベルくん。こいつらを捕えたら、地下室のゲートを閉じよう。支部長、ゲートの閉じ方を言え」


「ワタクシが閉じるか、ワタクシが死ななけりゃゲートは閉じませんよ」


「キリム。ゲートは出現していないよ。アンデッド掃討だけで十分だ」


「閉じられるのか」


「その場の死体はアンデッドを生み出しているけど、集めた魔物が弱い。ゲートが出来てもここは結界の中だ。入り込めるほど強い魔物は呼べない」


 バベルの言葉にホッとし、キリムは双剣を腰の鞘にしまおうとする。覚醒したバベルは頼もしく、この場でまた反乱が起きる事はない。キリムは緊張を少し解こうと思ったのだ。


「……キリム・ジジ。あなたも長生きしているだけで賢くはないようですな」


「なんだと?」


「確かに集めたアンデッドだけでは、強固なパバスの結界の中にゲートを開くのは無理でしょう。ですが、ワタクシは言いましたよね」


 キリムはハッとし、再び双剣の柄を強く握った。


「強い魔物を生み出すには、それなりに強い生贄が必要……まさか」


「ええ。それではゲートの仕上げと行きましょう」


 ゴースタの言葉と同時に、ギルド室のカウンターより手前の床が下がり始めた。


「な……床が!」


「誰にも知られずに機構を作るのには苦労しましたよ」


「バベルくん、守れるか」


「守れるけど、反射は使えない。召喚を解いてもらう時間もない。この場で使ってしまえば、キリムを襲ったこいつらにも反射が適用される」


「ステア!」


 キリムはステアを呼び戻し、アンデッドと魔物の死体が蠢く空間を睨む。下がった床と地下室の天井の隙間から、強烈な腐敗臭が上ってくる。


「お、おい! 俺達は動けない! このままだと俺達がやられる!」


「黙れ。僕の結界の中にいれば襲われはしない、キリムの敵になりうる奴は解放しない」


「い、一時休戦、いや、もう襲ったりしない! アンデッド掃討に協力する!」


「僕は黙れと言った。お前らは志を利用された終末教徒と訳が違う。悪しき者の力を借りる程、クラムもキリムも落ちぶれてはいない」


 バベルが冷たく言い放つ。戻って来たステアは突然の状況に驚いたが、アンデッド掃討程度なら苦にもならない。手加減をしなければならない人相手の戦いより、何倍も楽なくらいだ。


「キリム。全部狩るぞ」


「ああ、そのつもりだ」


 床が完全に下りきらないうちに、何体かのアンデッドが床へと飛び乗って来る。バベルの結界のせいで近寄る事は出来ないが、バベルの能力で弾く事も出来ない。やがてギルド室の床をアンデッドが取り囲んだ。


 真っ暗な地下室の中、明かりは床の端に置かれていた2つの燭台だけだ。


「行くぞ!」


「ファイア!」


 ステアがアンデッドの群れに飛び込み、キリムは双剣で技を繰り出しつつ、霊体を魔法で攻撃していく。双剣では霊体を刻めない。いつかイーストウェイでアビーに習った事だ。


「剣閃!」


「ステア! 右奥任せた! 双竜斬! ファイア!」


 ステアが全力で放った剣閃は、扇状の光の刃を繰り出した。たちまち床と水平に広がり、アンデッド達の体を半分に切断してしまう。キリムも広範囲に有効な技に切り替え、剣閃を繰り出していく。


「ステア! 俺は霊体を片付ける! バベルくん、大丈夫か!」


「僕は大丈夫だよ、疲れたら結界の中に戻っておいで」


「これくらい、なんともない!」


 アンデッド掃討は順調に見えた。魔物の死体は後で処理すればいい。だが、この状況でもまだゴースタは笑みを浮かべていた。


「なんともない……ですか。ではおかわりなど如何でしょう」

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