ritual-07


 支部長の掛け声と同時に、キリムの後ろのドアが突き破られた。


 剣盾士、剣術士、攻撃術士や斧術士など、ありとあらゆる職業の者が狭い通路に集まっている。皆、支部長クラスの実力者だ。


 しかも相手は元々キリム達を殺す気で構えている。


「ステアァ!」


「分かっている」


 キリムが叫び、ステアの周囲が淡い緑色に光った。召喚状態となったステアは双剣の刃を使わず、平手打ちのように側面での攻撃を始める。


「相手は2人だ、全員で行け! 攻撃魔法は!」


「何だっていい! 俺が首を取ってやる!」


 狭い通路、狭い部屋。


 武器攻撃職は動き回る事が出来ず、魔法も他の者を巻き込んでしまうため威力を込める事は出来ない。


 やむなく数人ずつ部屋へ入って来るも、その数ではキリムとステアにとってお遊戯にもならない。数で勝とうとしたつもりが、後先を考えていなかったらしい。


「せいぜい悔やむ事だ」


 金属音がする度、キリムとステアの相手が倒れていく。一流の鎧も一流の盾も、2人の前には粘土と変わらない。


「クラムのくせに人を攻撃するだと!?」


「いつ俺達がお前らヒトデナシを人と同等に扱うと言った」


 キリムもステアも互いにカーズの影響を受け、それぞれが力を与え合っている。いくら腕が良くとも2人に敵うはずがない。


「やめておけ! 俺とステアには敵わない! ここにはただ居合わせただけの人もいる! 罪のない旅人を巻き込んで、お前らの正義って何だ!」


「あんたがおとなしく消えてくれたら、不幸な旅人もいなかっただろう、な!」


 剣盾士の男が2人がかりでキリムの視界を塞いだ。その隙に槍術士の男がキリムへと渾身の突きを繰り出す。


「片方殺せばどっちも消えるんだ! キリム・ジジを狙え!」


 キリムはとっさに屈むが、その真下には双剣士が滑り込み、キリムの足を切断しようと構えていた。


「クッ……対人戦は想定した事がなかった!」


 キリムは双剣の動きを読み、しゃがんだまま右足でターンして双剣士の顎を蹴り上げる。


「うぐっ!?」


「振りが遅い!」


 顎に不意打ちを喰らい、双剣士がその場に倒れた。よく見れば胸にある徽章はギルド支部長を示すものだ。


「ステアの加護を受ける双剣士の長がこれじゃ……情けない!」


 キリムは槍を躱した後、剣盾士が構える盾を足場にして跳び上がり、短剣の柄で槍術士の脳天へ一撃を加えた。その曲芸のような動きを前に、足場となった剣盾士が歯ぎしりをして悔しがる。


 そもそもステアは瞬間移動することが出来る。キリムを連れて行く事など造作もない。本来、2人にとってこの状況は窮地ではない。


 ただし、それは他に守るべき者がいない場合の話だ。キリム達が離脱すれば、間違いなくこの出来事が世に広まってしまう。その場合、居合わせた召喚士達は証人だ。口封じを免れないだろう。


 つまり、キリムとステアは逃げる事が出来ない。となれば、今度は悩みの種がある。


「ステア! 俺はいい、職員連中以外を助けられるか!」


「今は無理だ」


 ステアはキリムが傷付いた時、自身のリミッターが外れ、暴走してしまう。そこにあるのは主人を守るというクラムの本能だけだ。


 厄介な事に、ステアは相手を敵だと認識している。敵を排除する、それはつまり全員の息の根を止めるという事。クラムが人殺しをするということだ。


 幸いなことに、召喚士ギルドの支部長はサーベルを使いこなせていなかった。「召喚士はクラムさえ呼べば何もしなくていい特別で楽な職業」と思って生きてきたのだろう。


 召喚士ギルドの職員もそのような長の下で働いており、召喚以外の能力は総じて低い。召喚能力は付加能力、おまけだというのに、本当の能力を磨こうとしてこなかったからだ。


「クラム、クラムを召喚します!」


「はっ、そ、そうだ!」


 召喚士達は、召喚士ギルドの職員の動きを封じるため奮闘している。余裕のある者はクラムの召喚も試みていた。


「キリム!」


「大丈夫だ!」


 キリムはエンキの装備を信じ、周囲の連中を押し倒すつもりで突進する。


 この状況で怪我をさせない事など選べはしない。キリムは戦力を削ぐ方向に切り替え、相手の動きと共に攻撃手段も封じていく。


 攻撃術士ギルドの女は、カウンター奥の本棚へと弾き飛ばされた。槍術士ギルドの支部長は、自慢の槍の柄をスッパリと切断されてしまった。


「まだかかって来るか! そろそろ諦めろ!」


 キリムは誰にも見せた事がないような怒りの表情で、剣盾士の男を睨みつける。あまりにも勇ましく、若々しい見た目にそぐわない気迫だ。


 しかし、そんな姿を見せるキリムは、ステアにとって本望ではなかった。


 キリムは他人を傷つけない心優しい主だ。彼は穏やかに生きる道を選び、皆の安全のために宿を始めたのだ。そんな主のため、ステアは作戦を切り替えた。


「フンッ!」


 ステアは長い足で目の前の者達を蹴り飛ばし、一瞬だけ間を確保する。


「バベル!」


 ステアが大きな声でバベルの名を呼ぶ。その瞬間、視界が微かに白く染まった。


「何だ、技か、何かの薬品か!」


「視界が悪いのはキリム・ジジも一緒だ、クラムステアの動きを封じ、全員でかかれ!」


 まだ通路にいた10名程が一斉にステアへと体当たりし、流石のステアも僅かに圧し負けた。槍、剣、魔法、それらが千載一遇のチャンスとばかりにキリムへと襲い掛かる。


 だが、それらの攻撃はキリムまで届かなかった。


「ぐっ……!」


「なん、だ!」


 攻撃を仕掛けていた者達が、突如見えない力によって床に押さえつけられた。


「術の、類か」


 ギルドの支部長と言えば、その職業の中で最も強い部類の人物だ。そんな者達でさえ、指一本動かすことが出来ない。


 そこに、バベルのいつもの朗らかさがない声が響く。


「醜い事をしているようだ」


 ギルドの職員らは、ようやくこの状況がバベルの力だと理解した。


「キリムとステアへ危害を加える者達。お前達が仕掛けた攻撃の全て、ここで己らに跳ね返してやろうか」


 クラムがバベルを召喚した時、バベルの防御結界は全ての攻撃を跳ね返すものとなる。バベルの判断一つで、ある者は体を炎に焼かれ、ある者は心臓を貫かれるだろう。


 各々がキリムとステアに行おうとした攻撃が、それぞれに跳ね返るのだ。


「反乱ごっこもここまでだ」


「クッ……」


 ここで床に伏せている者達は全員捕らえられ、協会の規則によって裁かれる事になる。軽く済んだとしても、30年は牢屋から出られないだろう。


 それを理解しているからか、半数ほどは動けないのではなく、動くことを諦めていた。


「おい、残りの者は他のクラムを召喚しろ。ランダムで本体を呼べ」


「は、はい!」


 ステアに促され、ただ集まってしまっただけの召喚士達がクラムを呼ぶ。ノーム、サラマンダー、妖精シルフなど、召喚士にとってお馴染みのクラムが勢揃いだ。


「おっと、何してたんだ?」


「我が主を討たんとするクズ共だ」


「……え、ここ召喚士ギルドだぜ?」


「その支部長がそこにいる」


 召喚士ギルドの支部長も、もれなく床に押さえつけられていた。悔しそうな顔を見せながらも、流石にクラム達と目を合わせない。


「みんな、それぞれ召喚主を外へ。それが終わったら俺の宿に行って欲しいんだ。エンキとワーフが心配だから」


「おーう、任せとけ! 何が何だか分かんないけど、後で説明よろしく頼むぜ」


 キリムの頼みにサラマンダーがニッと笑い、召喚士達を先導する。


「もう安心です、どうかこの事を外の人に」


「は、はい! 任せて下さい!」


 罪のない召喚士達がギルドの室内から出て行く。


 そんな皆に対し、ステアとバベルがハッと気づいて叫んだ。


「早く出るんだ!」


「瞬間移動に頼れ、建物から出ろ!」


 バベルを呼び出した者は、付近の魔物の位置を知ることが出来る。ステアは当初それがこのギルドの者達だと思っていた。


 しかし、その気配はあまりにも多く、ギルドの部屋よりも広範囲に及んでいる。ステアはゆっくりと振り返り、召喚士ギルドの支部長を睨む。


「この床の下……? 貴様、いったい何をした」

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