ritual-06



「これはこれは。キリム・ジジさん、お会いしたかったですよ」


 ギルドの支部長はキリムとステアの前に立ち、ニッコリと微笑む。キリムは表情を崩さず、ステアは小柄で太った支部長を冷たい目で見下ろしていた。


「フン、時間に遅れ最後に現れても、詫びの一言すらないか。腐りきったこのギルドらしい長だな」


「家が遠いもので、これでも急いだのですよ。何事ですかな?」


 支部長は余裕のある表情を崩さない。だがステアの問いにまともに応じないところを見るに、クラムへの敬意などは持ち合わせていないようだ。


「まず、このギルドの所属員は誰ですか」


「ワタクシと、そこのカウンターの2人、あとはそちらの壁際の男2人、計5人ですよ」


「その5人はそっちで固まって並んで。他の方は何故ここに」


 キリムが指示を出す。大きな旅客協会だからか、ゴーンよりもギルド室は広い。とはいえ見た限りではあと20名程が部屋の中におり、やや窮屈なくらいだ。


「いや、召喚士ギルドって放送が聞こえたから……」


「私、ここで召喚士登録したので、関係があるのかと思って」


 多くはパバスで旅人登録をしており、行かずに何かあるよりは、行って確かめようという事で来たという。キリムは誰が刺客か分からない状況に警戒しつつ、まずはその場の者に確認を取った。


「パバスの召喚士ギルドの計画を知っている人がいたら、話して下さい」


「終末教徒の事だ」


「終末教徒?」


 召喚士達は互いに顔を見合わせ、口々に知らないと答える。各地に旅客協会の出張所が出来ている事を尋ねると、それについては大多数が把握していた。


「何であんな田舎に出張所が必要なんだろうな」


「魔物が増えたんじゃない? ほら、ハルドラの町の外で凄い戦闘があったって」


「ハルドラはもう旅客協会の支部があるだろ。すげー田舎にも建ってるじゃねえか。まあ魔物が増えりゃあ旅人が立ち寄った方がいいよな」


「終末教徒って、何? この世を終わらせてやる! って事? そいつらを捕まえたらいいの?」


 皆、終末教徒である素振りを見せない。キリムは外に通じる扉の前に立って鍵を閉め、終末教徒が何かを説明する。


「ゲッ、そんな事してんのか! わざと魔物を増やして、村を襲って……」


「クラムの存在意義を保つ? じゃあ襲われた村は? クラムのためとはいえ関係ないのに村を破壊されたんすよね?」


「終末教徒の仕業と知らない旅客協会が、魔物が増えたと思って出張所を建てた、って事か。ハー、また更新料が上がるぜきっと」


「その終末教徒と、私達が集まった事、何か関係があるんですか? その……キリムさんすっごく怒ってるようなんで、何かあったんだとは察してますけど」


 皆の発言が嘘である可能性もある。だが、多くは初めて聞いたような反応を示し、見当違いな推理をしている。キリムは支部長を睨み、終末教徒の正体を明かした。


「終末教徒を募ったのは、この召喚士ギルドの支部長です。この支部の職員は、知っていて……俺を殺す計画に加担しました」


「はぁっ!?」


「ちょっと、ちょっと何でキリムさんが殺されるの? クラムの存在意義を保つためって言いませんでした?」


「我が主の周囲にはクラムが複数体押し寄せる。バベルは召喚されてもいないのに共に暮らし、ディンやアスラも召喚されないままやって来る」


 ステアはキリムの宿について簡単に説明し、鍛冶師のエンキやワーフも同じ状況だと伝えた。


 召喚士が呼ばなくてもクラムと接することが出来るなら、召喚士の重要度は下がってしまう。クラムが日頃から町にいれば、気軽に「手伝って」と言うだけで手伝うだろう。


「キリムは人とクラムを召喚なしで繋げてきた。もはやクラムの恩恵は召喚士以外も受けることが出来る。それが邪魔なのだろう」


「鍛冶師のエンキとクラムワーフ様は?」


「旅人のためになるからか、元々召喚を想定しない非戦闘型クラムだからか、今回のターゲットには入っていない」


「そんな、嘘でしょ? 支部長さん、それって」


 支部長は目を閉じ、深呼吸をする。それからゆっくり目を開き、またニッコリと微笑んだ。


「嘘に決まっているでしょう? 長く1人で生きていると、不安からこのような妄想を抱く事も……」


「貴様、クラムの前で嘘をつくか」


「はて、ワタクシがいつどの部分で嘘をつきましたかな」


「なぜ、キリム達が捕らえた者らは終末教徒と召喚士ギルドの関係を知っていた。そこにいる女はキリムを殺そうとする計画を白状したぞ」


 支部長は笑顔を崩さず、眉だけをピクリと動かした。周囲の者は自然と支部長から離れ、キリムとステアの横に並ぶ。


「……どうやら、計画を洗いざらい喋ってしまった輩がいるようですな」


 支部長はカウンターで応対した職員へと振り返り、冷たい目で睨む。周囲からは「本当だったのか」と驚きの声が上がった。


「魔物を呼び出しておいて、今更クラムの力に頼ろうなんて考えていないですよね」


「俺達クラムにとって、召喚士は特別な存在だ。だが勘違いするな、召喚士は人の代表であり、俺達とクラムを繋ぐ手段。崇め媚びへつらうつもりはない」


「クラムの皆さんはそれでいいかもしれませんけどね。……こちらはそれじゃ困るんですよ」


 支部長が懐からサーベルを取り出した。周囲から短い悲鳴が上がり、キリムも腰の短剣に手を伸ばす。


「あなたのせいで、召喚士の立場が以前ほど強くなくなりましてね。召喚の能力を持ちながら、双剣士や剣術士、治癒術士を目指す者もおります」


「それの何が悪い」


「能力の問題なのだからと、召喚士という職業を廃止する動きがあるんですよ。ええ、勿論あなたのおかげですよ、キリムさん」


 召喚士という職業の廃止が本当か嘘かは分からないが、集まった召喚士は全員初耳のようだ。皆、支部長を怪訝そうに見つめている。


「俺は召喚士ギルドにとって邪魔な存在だと、だから死ねってことだな」


「はっはっは、理解いただけたようで何よりです」


「こんなところで剣を抜いて、あんた正気か! キリムさん、相手しちゃいけない! 誰か、他のギルドに連絡してくれ!」


「私行ってきます! なんだかよく分かんないけど、落ち着いて話し合うべきだわ!」


「俺達、まさか支部長と一緒に処罰されないだろうな? キリムさんが邪魔だなんて思った事ねえぞ、何でこんなことに……」


 背の高い黒いコートの男が支部長を制止しようと間に入り、近くにいた白いローブの女が助けを求めに出ようとする。他の者も動揺を隠せず、共犯にならないかとこぼす者もいる。


 キリムは支部長を睨んだまま動かない。


「いや、今は出ない方がいい」


「え?」


 キリムは一歩前に出て、黒いコートの男を自身の後ろに回らせた。ステアも既に双剣を握っており、いつでも戦える状態にある。


「扉を開けたら、大勢が攻め込んでくる。足音、小声、息遣い、襲撃に関しては素人だと思う」


「だが実力者揃い、だな。先程の足具の音、ロビーにいた剣術士ギルドの者だ」


「何だって!?」


 キリムは扉の向こうにいる者達の正体を把握していた。何らかの合図で攻め込むように言われているのだろう。


 キリムの到着を受け、即座にこの連携が取れる者は限られる。更にゼタン達が真実を話していたなら、外にいるのは終末教徒でない者だ。


 加えて末端の召喚士らは作戦の事を一切把握していない。残る可能性はいくつもない。


「ま、まさか、この支部全体が……」


「パバスの協会が狙ってるというの!?」


「わ、私達は!?」


「とすると、真実を知ってしまった俺達も一緒に……」


 召喚士本人は多少の魔法を使う以外、戦力を持たないケースが多い。クラムの召喚に時間が掛かる者も多く、奇襲に弱い傾向にある。


 一気に攻め込み、息の根を止めるのは簡単だ。


「あなたが集めてしまったのですよ、キリムさん。せいぜい恨まれることです」


 支部長のサーベルが高く掲げられ、剣先に炎が宿る。


「かかれぇェェ!」

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