ritual-05



 バベルがクラムの洞窟へ向かい、エンキ、ワーフ、それにバレッタとゼタン達が残された。終末教徒がいない以上、この場所にゲートが開く事はない。また、キリムに秘密を喋った彼らにとって、一番安全な場所はこの宿だ。


 一度は襲った村の者に償う事も出来ず、襲おうとした宿に匿われ、更には全ての襲撃が騙され利用されて行ったものだった。ゼタン達は自身の状況を情けなく感じていた。


「……今更とは言わねえよ、後悔しろ。キリムはな、この二百数十年ずっとあのままだ。真っ直ぐで純粋なんだ。自分の事になると腰が重いくせに、他人のためなら勇み足だ」


「召喚士ギルドの主張は、理解できる部分もある。だけど、おいら達はキリムを信じるよ」


「クラムは人のために存在する。召喚士のためじゃない。召喚士は人のためにクラムと繋がりを持つんだ」


「召喚士が正しく在ろうとしない現代は、それ自体が危機という事か」


 エンキがダイムの呟きに頷く。エンキはバレッタへと顔を向け、安心させるため笑顔を浮かべた。


「心配すんな、ここにたむろしていたクラム達を見たろ? 全員キリムには世話になってんだ、恩返しついでに村へ駆けつけてくれる」


「で、でも村まで戻るのに4日は……」


 少なくとも4日、村は脅威に晒されてしまう。召喚士ギルドからどんな連絡があるかも分からない。バレッタの心配に対し、エンキは再度心配するなと告げた。


「クラムは人より速く動ける。空を飛んだり風に乗ったり。クラムだけなら1日も掛からない」


「お、俺達の仲間がもしそんな事をしたら、俺達が全力で止める! あいつらも俺達と一緒だ、世の中の安寧を願って終末教徒になった」


「……全てが終わったらどんな処罰でも受ける。それまで、償える事はすべてやる、味方として提供できる情報は何でも渡す!」


「助けてくれとは言わないわ、酷いことをした事実は消えない。あなたに許してもらえるような事は何もしていない。私達は助けられたいんじゃない、助けたいの」


「難しいかもしれないけどよ、こいつらの言う事をひとまず信じてやれ。終末教徒になった連中は、村の壊滅は望んでねえんだよ」


 ゼタン、セリュー、ダイム共に抱える思いは一緒だった。それが本心なのか偽心なのかはどうでもいい。今はそう振舞う3人を味方につけるのが先決だった。


「……処罰はあたしが与えるものじゃない、法よ。小さな村だけど、法律くらいある。私刑をやってしまえば、そのギルドと同罪。法が裁くのなら……」


 バレッタは3人の顔を順番に見つめ、ため息をつく。


「情状により、軽くなることもあるわ。本当に人を助けたいのなら、刑を軽くするために行動すべきよ」





 * * * * * * * * *





 パバスに着いたキリムは、すぐにパバスの旅客協会へ向かった。キリムの登場に慌てる職員の目の前を会釈だけで通り過ぎ、召喚士ギルドの扉を開く。


 パバスは宿がある場所の前日の夕方。そろそろ旅人も全員退館する時間だ。気を抜いていたのか、召喚士ギルドの職員はキリムを視界に入れても反応が出来なかった。


「支部長を出して下さい」


「え、えっ……あ、キリム・ジジさん」


「責任者は」


「支部長は……もう帰宅しているかと」


 キリムが何に怒っているのか、職員は瞬時に察した。とはいえ、まさかキリムがこんなにも早く乗り込んでくるとは考えていなかっただろう。


「そいつも含め、このギルドの所属員を全員集めろ」


「えっ」


「5分で来なければ全クラムが貴様らを見限ると言え」


「は、はい!」


 ステアに凄まれ、女の職員が短く悲鳴を漏らす。男女1人ずつの職員は一瞬アイコンタクトを取り、男の方が連絡をしに駆けて出て行った。暫くして町のスピーカーから緊急放送が流れる。


「職員さん。自分達が何をやろうとしているか、ご存じですよね」


「……」


「答えろ! 貴様らは何をするつもりだ!」


 キリムの怒号が響いた後、ギルド内に静寂が訪れる。カウンター裏の背の高い本棚から1冊本が落ちたが、職員は固まってしまい、振り向くことが出来なかった。


「わ、私達は……く、クラムの存続のため……ヒッ」


 ステアが睨み、保身の発言を一切させない。


「し、仕方が……しょ、召喚士のため、魔物と戦う力の存続のために」


「罪もない者達を犠牲にして上に立つ、と?」


「わ、私は賛成じゃなかったんです! キリムさんを襲う気なんか」


「……なんだと?」


「あっ……」


 職員の顔が蒼白になり、顔よりも先に目をステアへと向ける。キリムを狙っていると自ら明かしてしまったからだ。


「我が主を襲うだと?」


「どうして俺を襲う事になっているんだ。俺を襲うなら他の村へ魔物をけしかける必要はないだろう!」


「そ、それは……」


 エンキ達の推理は正しかった。パバスの召喚士ギルドは用意周到にキリム達が訪れるのを待ち、強い魔物を用意して戦わせ、疲弊した所を討つつもりだった。


図らずも、キリム達はそれを先にギルド側から知らされる事となってしまった。


「答えて下さい」


「……」


「俺達の存続の前に、キリムは無用だと言いたいのか。我が主の価値はクラムである俺が決める! 貴様らではない!」


「は、はいっ……!」


 キリムが乗り込めば、必ずステアが付いてくる。職員もそれは承知の上だった。だが彼らはクラムが怒りを露わにした場面に出くわした事がない。


 クラムは召喚士と共に生きる頼もしい存在、くらいにしか考えていなかった。それどころか、後でクラムのためだったと明かせば理解されると思っていた。


「俺を狙っているのは分かった。俺は、あんたらが無関係な人達を傷つけ、怯えさせている事が我慢ならない! 自分のやってる事、恥ずかしくないんですか」


「……この事が全世界に知れ渡っても、貴様らは堂々と胸を張って正当性を主張できるか」


「あなたは犠牲です、私達の正義のためですと」


「下っ端の貴様に決定権はないだろう、だが知っていながら加担した時点で貴様もクラムの敵だ。二度と俺達の力を頼ろうと思うなよ」


 職員はまずい事になったと焦り、しきりに時計を確認する。特に言い訳をするつもりもないのか、自身の関与も否定しない。


「何か言う事は」


 キリムの冷たい問いに、職員は俯いてただ「支部長の指示で」とだけ言葉を紡いだ。ステアがカウンター横のメモ用紙を引きちぎり、職員の前に叩きつける。


「貴様の名を記し、血を垂らせ」


「へっ……」


 ステアが睨みつける。聞き返されたからと言って、丁寧に答えてやるつもりがないのだ。職員は言われた通り名前を記し、自身の指から血を数滴垂らした。


「ステア、何すんの」


「こいつに人とクラムを繋ぐ資格はない。この紙を持ち帰って、こいつの召喚にクラムが永遠に応じなくなる処置をする」


「そ、それは!」


 職員が椅子を倒しながら立ち上がる。だがステアは聞く耳を持たず、もう顔を見ようともしなかった。クラム側は不適格な能力者に呼ばれないよう、自衛手段を持っているようだ。


「碑文にこれを置き、こいつの血を認識させる。それが済めばこいつの祈りは俺達には届かん」


「そ、それだけは! 私は召喚士を続けられなくなってしまう!」


「それが目的だ。何か問題があるか」


「ど、どうか許して下さい! 世界のためと思って……」


「世界のために人を殺すか。フン、貴様らは魔物と変わらんな」


 やがて5分が経ち、10分が経つ頃には数名のギルド職員がやって来た。自身が該当するのか分からないが、とりあえずやって来たような旅人の召喚士も数人いる。


 そして30分が経つか経たないかという頃になって、ようやく召喚士ギルドのパバス支部長が扉を開けて入って来た。

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