ritual-10



「おいバベル! 押さえつけてる奴を全員上に放り投げろ! そうりゃお前も戦いに加わることが出来る」


「バベル。妾が癒せば大したことにはならぬ。その咎人共の拘束を解くがよい」


 ディンとアスラが声を掛け、バベルが頷く。バベルが全員の拘束を解くと、サラマンダー達が支部長クラスの者らをいとも簡単に捻り上げた。


「……どんなに鍛え上げても、俺達はクラムに勝てない。この悔しさ、分からねえだろうな」


「悔しさ? あははは! 分かる訳ねえだろ、おかしなことを言う奴だ」


「そなたら、何か勘違いをしておらぬか」


「召喚士は……才能だけであなた達クラムを呼んで、努力などなくても私達以上に活躍を見せる! 自分は何もしないのに!」


「私達は血の滲むような努力を重ねてなお、お気楽な奴らに勝てないのよ!」


 クラム達に捕らえられ、警察の者らが手錠を掛けていく。どうせこれ以上好転する事はない。そう思ったのか、支部長や補佐クラスの者達が恨み節の大合唱をする。


「妾の癒しの力は治癒術士のたゆまぬ努力の結晶ぞ。ほんの数分で良いのならそなたらの言う通りであろう。だが霊力には限りがある」


「ああ。何とかしたい場面、誰もが届かねえあと一歩に届かせる代わりに、己を犠牲にしてんだ」


「そのあと一歩は、努力を続けた者らが願った高みだ。その高さが妾の力よ」


「勘違いして恨む気持ち、分からなくもない。だが我らが願いにより生まれし存在であることを忘れるな。我が槍の鋭さは、お前らに懸かっている」


 オーディンが8本足の馬に乗ったまま、大きな槍を構えた。ステアの暴走を止めるには、アンデッドを全て始末しなくてはならない。加勢に向かうのだ。


 アスラは表情をくるくると変え、微笑みの表情を浮かべたのち、その場に癒しの力を振りまいた。サラマンダーが霊体のアンデッドにぶつかっては燃やし、ウンディーネが燻る火種を水の力で包み込む。


 アンデッドの数はみるみるうちに減っていく。


「……気力だって魔力だって、尽きたらそれまでだ。霊力と何も変わらない」


「あ? 自分の力じゃねえって、あんたらが言ったんだろ。霊力は鍛えられない。抑える事も出来ない。クラムがどれだけ霊力を吸い取るか、召喚士自身は決められない」


「召喚士が決められるのは召喚するかしないか。召喚を解くか解かないかだけなんだよ」


「召喚士は、伸ばす事の出来ない己の才能で戦うんだ。召喚を維持するだけでもきついのは知ってるだろ」


 ディンとノームは召喚士の実態を知らない者らに、召喚士が背負うものは何かを説く。召喚能力は付加能力だ。いわばおまけであり、本人の素質として、剣術や攻撃魔法が得意な者も多い。


 だが、多くの者はそうしない。クラムの力を必要としなくなるのが怖いからだ。


「クラムはな、呼べなくなるものなんだ」


「呼べなくなる?」


「ああ。祈りが濁り、届かなくなる。慢心や不道徳な心は霊力を衰えさせる。人の言う資質値じゃなく、純度の問題さ」


「パバスのギルドの君達。クラムを最後に召喚したのはいつだい」


 ノームが床に土を発生させ、職員らの下半身を埋めようとしている。朗らかな口調とは裏腹に、許す気は全くないらしい。


「さ、最後……」


 召喚士ギルドの職員らは何年前の事かも思い出せなかった。近年はクラムを呼ぼうと思った事すらない。祈りはおろか、クラムの事を考えもしなかった。


「召喚士の血が失われる訳じゃない。でもあんたらは俺達を必要とすらしなかった。それだけじゃない、俺達を慕う気持ち、祈りの心、それを失った」


「じゃ、じゃあ……私達は」


「とっくの昔に俺達を呼べなくなってたのさ」


 ディンが「じゃあな、元召喚士さん」と言って地下室へと飛び降りる。直後、俺にも斬らせろと叫ぶ大声と共に、眩い光の刃が放たれた。


「バベル! お前も来いよ、大暴れすっから俺様の周囲の魔物を蹴散らしてくれ!」


「うん! ノーム、後はお願い」


「いいとも! おいらに任せておくれ!」


 バベルは今度こそキリムとステアを守るための結界を張り巡らせた。その結界があまりに広がり過ぎて、弾かれた魔物は壁と結界の狭間で圧し潰されていく。


「おい! 俺様が斬る魔物がいなくなるだろうが! ったくグラディウスみたいな事しやがって」


 斬られ、燃やされ、癒され、アンデッドも死体の山もあっと言う間に片付いていた。気が付けば、ステアは歯を剥き出しにした狂犬のような表情のまま、キリムを部屋の隅でしっかりと抱きかかえている。


 攻撃対象が消えた事で、ステアの暴走は間もなく止まるだろう。


 ギルドの支部長や職員らは土に体を拘束され、成す術もなく全てが終わるのを待っていた。


 後は地下室のアンデッドを一掃し、協会への反逆者を牢屋に入れるだけだ。この騒動はとてつもない衝撃と損害を与えつつ、夜更け前に終結を向かえる。


 駆けつけた旅人や召喚士達はそう思っていた。


「やれやれ。これだから頭の悪い連中は嫌いなんですよ」


 ふとゴースタが呟いた。俯きながらも笑みを浮かべ、拘束された体をプルプルさせながら、ついには堪えきれなくなって高笑いを響かせる。


「あ?」


「はっはっは! ワタクシは言いましたよね! あなた達は餌だと!」


「えっ、な、何?」


 ゴースタが気味の悪い笑顔を浮かべたまま、いとも簡単に土から這い出た。ノームの拘束はどんな力自慢でも抜け出せるものではない。


「お、おやおや? これは……おいらの拘束が効かない?」


「高み? クラムの強さ? フフフ……ハハハハハッ! 安心しなさい、クラムは十分弱いですよ!」


 ゴースタが指を慣らし、魔法を唱える。ファイアなどの攻撃魔法とはどこか違う。


「ご、ゴースタ?」


「何、その魔法……そんな攻撃魔法は見た事が」


 ゴースタの体を黒い靄が包み始めた。異様な雰囲気を察してか、旅人達は慌てて距離を取る。


「クラムディン! 誰か! 様子がおかしいです!」


 旅人の1人が大声で地下室に向かって叫ぶ。おおよそ終わったと余裕の表情だったクラム達が、何事かとぽっかり空いた穴の下に集まり始めた。


「召喚士ギルドの支部長が、なんだか……」


「ぎゃあああっ!」


 召喚士の女が呼びかける声を遮り、断末魔のような叫びが建物中に響き渡った。耳をつんざくような声が止んだ時、今度は動揺を孕んだ声が静かに続く。


「お、俺の、俺の……俺の腕ェ……!」


 声を絞り出していたのは、剣術士ギルドの支部長だった。見れば男の右腕は肩から先がない。真っ赤な血が吹き出し、支部長の威厳などない恐怖の視線が左へと向けられている。


 アスラが瞬時に止血をするも、腕はどこにも見当たらない。


「な……何!?」


 視線の先にいたのはゴースタだった。だが、その姿は皆が固まっているうちにどんどん変化していく。


 体が膨らんだかと思うと、背中から漆黒の翼が生え、顔は狼のようにとがっていく。口からは血が滴り、ふと何かが吐き出された。


「ゆ、指……」


「こ、こいつ、あいつの腕を食いちぎったんだ!」


「キャアアアア!」


「魔物だ!」


 その姿を見て、何事かと集まっていた者達が悲鳴を上げて逃げていく。


「まさか……ガーゴイル」


 その姿は、かつてデルの屋敷で倒したガーゴイルそのものだった。ガーゴイルはくぐもったゴースタの声で高笑いを響かせる。


「馬鹿め、あんな雑魚共が隠し玉と思いましたか? 本当に愚かです、愚かですねえ」


「貴様……」


「デルという男は本当に良いものを残してくれた。ゲートは召喚能力を応用してこそ本物なのですよ!」


 ゴースタは土で拘束された者達へと視線を向ける。


「強い素材は、沁みわたりますなあ。やはり餌は強い者に限ります」


「ノーム!」


 ノームが土の拘束を解き、クラム達が一斉に抱えて距離を取る。ゴースタは気味の悪い笑い声と共に、目の前へと黒く大きな渦を生み出した。


「ククク……ッ、餌が無ければ狩るだけです」


「まさか、あれがゲート」


「パバスは結界に包まれているのよ? ゲートは開けないって言ったじゃない!」


「凡人共にはそうでしょうな。さあ、ワタクシの召喚術をお見せしましょう」

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