essence-06


 ヒトデナシ、すなわち人ではない存在。旅人はそのレッテルを貼られた後、協力的になるまで牢に閉じ込められる。新人に対し、元からいた旅人達も逐一説明はしない。


 そのうち、患者が運ばれ、選ばれた者達が闘技場へと向かう。ヒトデナシはその時ようやくこの町の実態を知る。そして、人として扱われるために協力を惜しまなくなる。


「そういえば、手前の部屋で明日の出番を待っている人がいました。明日、手術が行われるんですか」


「はい。体力が付いたと思われる女の子の手術です」


「あの……見学してもいいですか」


 キリムが町長に見学を申し出た。それは良い解決策があるという訳でも、協力できるという訳でもない。ただの興味だった。かつてキリムとステアはデルを取り込んだガーゴイルを倒し、この町の崩壊を救った。


 その町で何が起きているのか、それをきちんと知っておきたかったのだ。


「勿論です。当時生きていた者は誰もおりませんが、あなた方のお陰でこの町は旅人を受け入れられるようになりました。だからこそ、こうして先祖返りの治療も出来るようになったのです」


「他言はしない。俺もクラムとして見識を広め、深めなければならん。バベル、貴様も見ておけ」


 説明が済めば長居は無用だ。キリム達は通路を引き返し、先ほどの旅人達が暮らす空間まで戻った。


「見てきたかい、若い旅人さん」


 ギアナが歩み寄り、「初見じゃきつかっただろう」と笑う。ブラックと呼ばれた男がにこやかに手を振り、武器の手入れを始めた。


「明日俺達が治す患者さんとは会ったかい」


「はい、会ったというより……確認したって感じですけど」


「そうだなあ、最初はそうだ。手術の後、俺達は目覚めに立ち会わせて貰えるんだ。万が一もあるからな。獰猛な魔物同然だった子が、拘束もなくゆっくり目を開ける」


 ブラックは話しながら、嬉しそうに笑う。


「その時だよ、俺は初めて誰かのためになったんだと実感できた。低い等級でくすぶって、日銭を稼いで安い酒飲んで、安宿に泊まって……嫌われようが関係ない人生だった」


「何もブラックの境遇は珍しいもんって訳じゃない。大抵の旅人は大義なんか持ってねえ。本当は……誰かの役に立ちたかった、名を残したかった。そんな旅人がチャンスなく腐ったらこうなる、よくある話さ」


 ギアナがブラックへと視線をチラリと向ける。ブラックは腐ったは酷いとまた笑い、旅人の過酷さを舐めていたと自虐的にこぼした。


「俺が当時旅をしていた時も……似たような話がありました。スカイポートで結界を張り替える際、旅人を呼んでお祭りをしていたんです」


「へえ、あんたスカイポートに行った事があるのか! 俺はあそこのガルシア子供院出身なんだぜ。小さい頃はいつも入り口にある碑を磨いてたよ。キリム・ジジとクラムステアは俺の英雄だ」


 唐突にキリムとステアの名が出たため、キリムはビクリと肩を震わせた。若干髪型が変わり、装備も全く違う。とはいえ、ブラックがもし当時の写真などを見ていたら分かるはずだ。


「まさか、俺が子供院を出た後に入った子って訳じゃないよな」


「ち、違います! その、ちょっと寄った事があって」


「200年くらい前までは確かに町を拡張させるための工事があって、結界の張替えを旅人に手伝ってもらってた。今じゃ町の歴史で習うくらいさ。良く知ってるな。それで、似たような話って?」


「あ……えっと、その孤児……ガルシア子供院の碑を建てる時、旅人達は誰かの役に立って、その地に名を残したいものだという話になった……と聞いたので」


「へえ、俺でも知らない話だな」


 キリムが自分ではなく他人の話としてはぐらかす。


「何故手柄を主張せんのだ。別に正体を隠している訳でもなかろう」


「いや、その……面と向かって俺の英雄なんて言われた後だよ? 恥ずかしいじゃないか」


「誇るべき事を隠してコソコソしている方が恥ではないか」


「その話、キリムの事なの? 僕も話を聞きたい」


 どうやらクラム達は隠すことに協力的ではないらしい。そこへ町長が不意打ちで決定打を放ってしまった。


「ブラックさん、こちらの方がそのキリム・ジジさんとクラムステアですよ」


「……はっ? え?」


「我が町を救ってくれたお2人に、町を案内していたところなのです」


 ブラックが目を見開いたまま静止した。キリムは小声で「キリム・ジジです」と名乗る。


「あんたが俺の英雄! ああ、何故それを早く言って下さらないんですか!」


 ブラックは鉄格子の鍵を自分で開け、キリムに握手を求める。


「おいみんな! この人がキリムさんだ!」


「は? あの召喚士の?」


「そうだ、俺の故郷を救ってくれた恩人だ! 当時の事を知ってるし、間違いねえ!」


「あ……あなたがキリムさんだったのですか、これはこれは……」


 部屋の旅人達が一斉に集まって来る。ギアナもキリムの事を特権階級の子供くらいにしか思っていなかったようだ。


「あの、創立者のシェリー・ガルシアと会った事があるんですよね? 当時の町の様子はどうでしたか」


「サスタウンは?」


「パバスは?」


「ノウイにも2人の話が語り継がれてる!」


 それぞれの旅人が自分達の伝え聞いている当時の様子と、キリムが実際に見た事を答え合わせしてくれと詰め寄る。


 キリムは自慢げに語る事を得意としない。終始恐縮したまま、30分程昔話を聞かせていた。




 * * * * * * * * *




 ようやく解放された後、キリム達は役場の入り口に戻るため、魔物の檻の横を通っていた。


「そう言えば、この魔物は、魔人の一部なんですよね?」


「ええ、そうです」


 両脇の魔物達は、明日戦わせる魔物とも違うらしい。キリムはふと説明と矛盾する点に気付き、町長に尋ねた。


「でも、患者さんから抜き出した魔物力は、すぐ他の魔物に移し入れるんですよね」


「……ええ、その通りです」


「つまり、こいつらは魔物力を移された後の魔物、という事だな」


 ステアが町長の答えを待つ。町長は立ち止まった後、少し間を置いて答えた。


「……その通りです」


「戦って倒すんじゃないんですか? もしかして、倒しきれずに……」


「それならば檻に戻す事すら叶わんはずだ」


 町長はため息をつき、唸る狼型のモンスターを見つめる。元の魔物よりも進化し、その見た目は今まで発見されたどの魔物とも違う。


「いえ、倒す事自体は可能でした。しかし……殺せなかったのです」


「殺せなかった?」


「はい。チャンスがあれば魔人にもなれた個体を、患者の身代わりに殺す。当日になってご家族がそれを止めたのです」


「仲間意識、という事か」


「それとは少し違うかもしれません。この魔物は大事な我が子の身代わり。命が尽きるまで面倒を見る、と」


 大半の魔物は旅人によって倒され、供養塔へと運ばれる。だが、中にはそれを拒み、魔物としての寿命が尽きるまで生かしておきたいという者もいるという。


「ねえ、魔物は退治しなくてもいい、ってこと?」


バベルはサハギンの事を思い出していた。バベルは魔物であっても守られるべき存在があると考えているからだ。


「そうですね。人や魔人を襲うのなら退治しますが、魔物だから退治する、という事にはならないかもしれませんね」


「命として考えた時、無駄なものだと斬って捨てることは出来ない。殺戮の対象じゃない、と言いたいんですね」


 町長はあくまでも一部の患者の家族の意見だと前置きし、頷いた。


「皆が同じ考えではありません。殺すべきだと言う者もいます。ですがこの魔物達は無駄ではない。役に立ってくれました。とても深い意味を持ってここにいるのです」

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