essence-05



 魔人への態度が悪い者や、何らかの危害を加えた者達だからこそ、彼らはここにいる。そんな粗暴な悪人とは思えない発言に、キリム達はゆっくりと頷いた。


「人である事が難しい?」


「魔人の悪い人がいるのかな」


「それならば旅人が闘技場で戦う意味が分からんな」


 キリム達は窓のない地下通路を抜けていく。その先に再び鉄の扉が現れ、町長が鍵を回した。分厚い鉄の引き戸が開かれると、そこは先程見たような檻が横に並んでいた。


「こっちにも旅人がいたのか」


「こっちは照明も暗いし、環境がいいとは言えないかも」


「悪い人だけこっちにいるのかな、お仕置き?」


 白衣の男女が通路を歩いている。薄暗く、檻の中の人影は話しかけてもこない。明らかに先程の場所とは雰囲気が違う。半地下であっても窓はなく、檻の中にはベッドが辛うじて見えるだけ。


 町長は部屋の明かりを1つ付け、木椅子を並べて座るように指示を出した。


「檻には近づかないで下さい、興奮させてしまいます」


「興奮って……」


 キリムが檻の中へと視線を向ける。町長は刺激したくないと言って明かりを点けないため、キリムはじっと目を凝らして中の様子を探っていた。


 よく見ればベッドの手前に座っている者、壁にもたれかかり、じっとこっちを見つめている者の姿がある。


「……いったい、ここは何なのですか」


「隔離病棟です」


「隔離……病棟?」


「ええ、この上は病院なのです。ここにいるのは重症患者ばかり、現在18名が収容されています」


 頑丈な檻、それに薄暗い空間。一体それが何を意味しているのか、キリムはまだ分かっていなかった。何故旅人達がここを知っているのか、だとしたら旅人は何と戦っているのか。


「想像がつかないようですね。ここにいるのは先祖返りに苦しむ魔人ばかりです。時々魔物の血を濃く受け継ぐ者が生まれてしまい、普通の生活が送れなくなるのです。後天的にそうなる者もおります」


「という事は、魔物の本能が強過ぎて、町で生活できなくなった人達……ってことですか」


「ええ、そういう事です」


 かつて魔導士デルは研究によって魔物の力を弱めようとした。傷付いたり死にかけた者の体を使い、魔人を誕生させた。


 けれどその存在は不安定なもの。最初の誕生から250年以上経った今でも、魔物の血を制御できない魔人が生まれてくる。


「この人達を旅人に倒させるって事? あそこでみんなが見てるって事? 酷いよ!」


 バベルが大きな声で町長を非難する。その声に反応し、周囲の檻の中の者が鉄格子を掴み、こちらを睨みながら唸る。


「興奮させないで下さい、あなた方が思うような事はしておりません」


 町長はそう言って手招きし、白衣の女性に何かを尋ねた。女性はゆっくり頷き、一番奥の檻の前に案内してくれた。


「これは……この子は」


「私の孫です」


「お孫さんが先祖返りに?」


 そこにいたのはバベルの見た目と同じくらいの歳の女の子だった。ベッドの上ではなく石の床に寝そべり、汚れた麻のワンピースを着て靴は履いていない。


 長い赤髪で顔が隠れて分からないが、今は寝ているのだという。


「この子、どうなっちゃうの? 助けてあげないの?」


「助けたいんですがね。まだ幼くて処置に体が耐えられないんです」


 生まれた直後から分かるものではなく、3歳、4歳頃から少しずつ兆候が見られるという。その兆候が出たなら、どんなに親が懸命に育てようと血に抗う事は出来ない。


 6歳を迎える頃には親を認識する事も出来なくなり、攻撃性を増し、魔人以外を襲い始める。


「魔人を襲わぬなら、こんな所に閉じ込める必要はないだろう」


「それが、そうとも言えないのです。確かに魔人を襲いはしませんが、あなたは可愛い我が子を魔物として調教しますか。飼い慣らしますか」


「親になった事はない。だが……意思疎通は図れないという事か」


「数か月に1度、ほんの数分だけ人の意識が戻る事もありますが」


 魔人はデルに感謝し、神だと崇めてもいる。自分達が魔人である事を誇りに思ってもいる。けれど人と魔物の配分が何らかの原因で崩れた時、こうして魔物の怖さを思い知ってきた。


 人でありたいと強く願うのは、このような魔人の実態から来るものだった。だからこそ、人として生きていけるというのに、非人道的な行動を起こす者を許せないのだ。


「じゃあ、耐えられるようになったら、どうするんですか」


「デル様が行った事と、真逆の事を行うのです。完全に取り除く事は不可能ですが、魔物の力を体から取り出します」


「取り出す?」


 デルが生きていた当時から、この問題は顕在化していたという。デルは症状を抑えるための方法をちゃんと残していた。


「魔法の魔力ではなく、魔物力と呼びますが、それを魔物に移し替えるのです」


「そうか。人の体に宿らせたのなら、その逆をやればいい、か」


「はい、だからと言って、完全に抜く事は出来ません。魔物本体から全ての魔物力が移された訳ではないのです。だからこそ、先祖は人の自我を保つことが出来ました」


「でも、魔物の力を弱めさせすれば、みんなと同じように生きていける」


 町長はゆっくりと頷き、孫はもうあと1、2年掛かるだろうと教えてくれた。


 親から隔離されてもう7年。6歳になってからは1度も魔人としての自我を取り戻した事がないという。


「そうか、だから旅人がいるんだ」


「そうです。問題なのは宿らせる魔物を用意する事、それを討伐する事です」


「いくら魔物とはいえ、我が子の一部だったものを親が退治する訳にもいかんな」


「はい。旅人の方々も、最初はここを出せ、訴えてやると喚き散らします。けれど実態が分かれば協力してくれるのです。旅人の皆さんは、一定期間を過ぎたら外出もできます」


 町長はそこまでして人として生きたいと願っている、人である事にしがみ付いている。それを分かって欲しいだけなのだと言った。


 キリム達が守った町は、魔人が安心して暮らせる良い町……そう結論付けるには複雑な事情を抱えていた。


 魔人への偏見や、今でも残る結界の内外を行き来する方法への課題。人と同じ生き方が出来るのは町の中だけ。キリム達は言葉だけでなくようやくその実態を知った。


「あ、魔物はどうやって町の中に? 元々町の中にいないのなら、外から連れては来れませんよね」


「ええ、かといって死体に宿すのは難しい。だから、魔人用の出入り口の結界を通れる強さの魔物を確保します」


「となると、それなりの強さ……」


 等級2や3で倒せる魔物なら、結界はおろか出入り口用の結界も通れない。必然的にそれ以上の強さとなる。等級が低い旅人には、ギアナのパーティーが手を貸すという。


「患者の中から魔物の力を抜き出した後、そのままにしていれば体に戻ろうとするのです。だから魔物に移し替え、退治します」


「必ず成功するんですか」


「患者の体力次第でもありますが、旅人の協力を得てからは1度も失敗がありません」


 体から引きずり出した魔物の力は、すぐに魔物へと移し替えられる。必然的に処置をする医者と患者、魔物が同じ空間に存在することになる。


 魔物には別の魔物の力が加わり、更に強くなる。その時点で魔物の拘束具などは壊され、手が付けられなくなる。


「そっか、だから……助けるため」


 魔物の討伐と同時に、医者と患者を守りぬかなければならない。


「ええ。処置には広くて隔離された場所が必要です。同時に住民には旅人が必死になって我々を救う姿を見て貰いたい。親は我が子を必死に救った旅人を認める。そんな場所なんですよ」

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