essence-04



 眠らされた旅人達が次々に荷車へと乗せられる。乗せられるというよりは放り込まれていると言った方が正しいかもしれない。


 人族や猫人族の住民はため息をついており、少なくともこれからあまり良い事が起きない事を匂わせる。一方、荷車の周囲に集まる魔人達の表情は、どこか喜んでいるようにも見えた。


 僅かばかりの魔物の本能がそうさせるのか、それとも他に意味があるのか。


 魔人は魔物の本能を自覚しているからこそ、人として生きる事を大切にしている。人である事にしがみついていると言ってもいい。


 だからこそ悪い行いには厳しく対処する。そうする事で、自分達の気が緩む事を抑えていた。


 魔人の多くは結界の出入りを苦手とする。この町が生きていく世界の全てだ。彼らは彼らなりにこの町と魔人を必死に守っていこうとしていた。


「あの、この方々はどうなるのですか」


「苦しんでいる者達の力になっていただきます」


 町長は嬉しそうな顔を抑えながら、抽象的な表現に留めた。町長は周囲の反応で相手がキリムだと気が付き、特別だと言って手招きをする。


「キリム様、そしてクラムステア様。あなた方はかつて我らに人としての地位を与えて下さいました。この町がどのように自治されているか、あなた方には知る権利があります」


「あの、あまり、その、酷い事は……いくらヒトデナシだと言っても」


「貴様らが人ならざる生き物を凌辱するなら、それもまた人として許されぬ行為だ」


 キリムとステアはあまり良くない想像をしていた。


 強制的に亜種退治に向かわせる……くらいならまだ可愛い。痛めつけ、嬲り殺すのではないか。魔物の本能を剥き出しにして喰らうのではないか。


 そんなキリム達の考えを察したのか、町長は今度こそ笑ってそれらを否定した。


「傷つける訳ではありませんよ。我々も人ではないペットなんかはとても可愛がるのです」


 町長に連れられてやってきたのは、この町の役場だった。町長は受付前を通り過ぎ、奥の扉の鍵を開ける。地下室へと降りていくひんやりとした階段の先には、広い空間が現れた。


 部屋は縦横30メーテほど、天井までの高さは5メーテ程あるだろうか。真ん中には太い柱が立っており、巨石が2,3個置かれている。更にそのスペースが太い鉄格子の檻で囲まれていた。


 周囲には階段状に高くなっており、まるで観客席のようだ。


「ここは……」


「闘技場ですよ」


「闘技場?」


 町長は深く頷き、壁のスイッチで明かりを点けた。檻の上から煌々と明かりが照らし、その異様な空間をいっそう浮き立たせる。


「ええ。この旅人達は、ここで戦士として戦ってもらいます」


 町長はそれ以上の説明をせず、そのまた1つ奥の扉を開けた。


「これは……!」


 そこにいたのは魔物だった。


 通路の両脇にはいくつもの檻が並んでいる。熊のような魔物、狼のような魔物と様々だが、ここに捕らえられている理由は1つしか思いつかない。


「旅人を、魔物と戦わせるという事ですか」


「ええ、その通りです。人族も行っているでしょう? 闘技場で人同士が争い、犬同士を戦わせる。似たようなものです」


 そう言われると、キリムもステアも言い返す言葉がない。ましてや相手は魔物であり、旅人が倒す相手としてなんら咎められる事がない。


 強制的に戦わせるという部分に引っ掛かりはあるが、この町の悪人への罰と考えたなら、むしろ優しい方だとも言える。


 かろうじて疑問を投げかけられたのはバベルだった。


「この魔物は、悪い魔物なの?」


「悪い魔物、とは」


「何か、悪い事をしたの? この旅人達みたいに捕らえられているんだよね」


 町長にとって、バベルの問いかけは予想外だったようだ。町長は首を振り、そして悲しそうに答えを告げた。


「……ここにいるのはね、魔人の一部なんですよ」


「魔人……まさか、魔人が魔物に!?」


「もしくは、この旅人共に魔物の力を宿して新たな魔人を」


 キリムとステアが驚愕する中、町長は慌てて違いますと否定した。


「最初に申し上げましたが、捕らえた旅人に危害を加える訳ではありません。この魔物達は、文字通り魔人の一部なのです。一部の魔人ではなく、魔人の一部分とお考えいただければ」


「一部分……」


 その意味が分からないまま、キリム達は更に奥の部屋へと案内された。半地下になっているのか、部屋の上部には明かり取りの窓がある。


 両脇にはやはり檻が並んでいたが、部屋は照明もあって明るく、地下牢と呼ぶにはどこか重々しさが足りない。


「ベッド、それに……」


「酒や本、体を鍛えるための道具もある」


「旅人達にはここで過ごしてもらいます」


 町長がそう言った後、荷車を押していた者が旅人の装備を剥ぎ、麻の服に着替えさせた。所持品はすべて回収し、2人ずつ牢へと押し込んでいく。


「刑務所……」


「そのような役目もあるでしょう。ヒトデナシなので囚人とは呼びませんが」


「刑を科すというよりも闘技場要員という事か」


「いえ、そうとも言い切れません」


「こいつらはある意味、医者の代わりなのさ」


 町長の声に続き、部屋の一番奥の鉄格子の中から低い声がした。鍵がかかっていないのか、扉は外側にゆっくりと開く。


 そこから現れたのは1人の大男だった。髪はボサボサ、屈強そうな二の腕。しかしその振る舞いは受刑者のようではなく、町長に対しても一切敵意を感じない。


「俺は元旅人のギアナだ。旅人だった時の等級は8」


「等級8? そんな凄い人が何でこんな所で捕まっているんですか」


「捕まっているんじゃない、俺はここの見張り役さ。1日交代でね、引退した俺達のパーティーが旅人共の監視と面倒を見ている」


「彼は、我々に力を貸してくれる頼もしい方なのです」


 一般人を揶揄ったり、強さをひけらかそうとするのは弱い旅人のする事だ。


 そんな者が等級8まで上り詰めた旅人に敵うはずもない。見張り役には適任だろう。


 しかし、捕らえられているはずの旅人や悪人は、どこか余裕すら感じさせる。退屈凌ぎのグッズは盛りだくさんで、キリム達へとにこやかに手を振る者もいる。


「あんたらは俺達の仲間じゃねえんだな。ギアナさん、あんたの知り合いか?」


「いや、初めて見かける。ブラック、明日はお前の番なんだから、ダラダラしてねえで体でも鍛えろってんだ」


「あーい、これも人助けですからねえ」


 ブラックと呼ばれた金髪の男は、牢の中からギアナへと親しそうに話しかける。看守と囚人と呼ぶには相応しくない態度だ。


 一体、この空間は何なのか。何故ブラックは人助けと言ったのか。こちらの様子を窺っているのは分かるが、敵意などは一切感じられない。その理由が分からず、ステアは憮然とした表情で腕組みをする。


「そろそろきちんと説明しろ。貴様は無礼を働いた旅人をヒトデナシだと言った。だがここの囚人を見る限り、とても人権を取り上げたようには思えん」


「鉄格子がある事を除けば、とても快適な過ごし方が出来るようですし」


 キリムも更なる説明を求める。町長はもっと奥に向かいましょうかと誘い、更に奥へ続く扉を開けた。


 扉の中へと足を踏み入れたキリムに、ギアナが1つ忠告をする。


「何であんたらがここを訪れたのかは分からねえが、何を見ても吐かねえ覚悟だけはしておけよ。ここにいる奴らは、アレを見て心を入れ替えた」


「人の心を失う怖さを知ったのさ」


「俺達は人として生まれ、人として生きて来た。その有難さを生まれて初めて理解したんだ」


 檻の中の旅人達がギアナの言葉に続く。


「……本人が望んでいても人でいる事が難しい奴もいる。俺達は、そんな奴らのために戦うのさ」

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