essence-03
普段ならステアが諫めるのだが、今回はキリムの動きの方が早かった。キリムはくるりと振り返り、粗暴な旅人の前に立つ。
この町は繊細で、他の町とは事情が大きく異なる。旅人や犯罪者の取り扱いについて、基本的には他所の町の警察や旅人協会は関与しない。
ズシの住人から敵だと判断された場合、この町のルールで裁かれてしまう。キリムは注意と同時に旅人の身を案じてもいた。大事にならないよう、小声で注意する。
「町の中ですよ、武器をしまって下さい」
「……あ?」
キリムは落ち着いた口調に努めた。しかし優しい注意で聞くような者なら、最初から剣や弓で他人を威嚇したりしない。
おまけに、見た目だけで言えばキリムの方が若く見える。横に鬼の形相で睨む男が立っていたとしても、旅人のパーティーはキリムを大したことないと判断したようだ。
キリムとステアの事は知らないらしい。
「旅人として品格を疑われるような行動はしないで欲しいんです、この町は他所とは違って、独自の……」
「品格? 魔物相手に品格もクソもあるかよ。旅人協会もねえってのに」
「
「魔物の血を引いてんのに、魔物じゃねえって頭大丈夫か?」
旅人達はへらへらと笑い、キリムの忠告を聞かないどころか押し退けようとする。この町で悪さをすればどうなるか、それを伝えようとした矢先だった。
「俺達は炭鉱跡に用があるんだよ、テメエみたいなヒヨッコに用はね……え」
旅人の一人がキリムの胸当てを押した時、バベルの能力が発動した。同時にステアがその男の手首を掴む。男は驚きを隠しながらステアを睨み返した。
「わっ、弾いた……おい、何他人の手首を掴んでんだよ」
「不躾な醜い手で我が主に触れようとは、いい度胸だ」
今のステアは鬼の形相どころか、鬼そのもの。体に淡くオーラを纏い、周囲の空気が風とは無関係に渦巻く。旅人の数人はステアの言葉でピンと来ていた。
数百年前なら我が主と言われて奴隷を連想した者もいただろう。今の世の中で我が主と聞いた時、連想するのは余程の金持ちか召喚士。
この状況でなおかつキリムは旅人と名乗った。つまり、後者だ。旅人達はクラムを連れて旅をした召喚士の存在を知っている。
「お、おい、やめろって……もう行こうぜ」
「あ? 何だよ」
「まずいって……」
パーティーの別の男が諭すも、キリムと対峙している男は聞く耳を持たない。まずいと思った者達が数歩下がり、居た堪れなくなって俯く。
周囲にはキリム達のやり取りを見守る住人達の姿があった。
「なんだ、お前も魔物なのか? だからムカついてんの? ん?」
男はキリムとステアを交互に見比べ、挑発するようにニヤニヤしている。男はキリムの隣の色黒な子供にも気が付いた。
「なんだこいつ。子供連れて旅行か? こいつも魔も……」
男がバベルの頭を掴もうと手を伸ばす。その瞬間、男の手が大きく弾かれた。
「なっ……また弾かれた! お前、変な魔法を」
男は手のひらに痛みを感じ、顔をしかめて確認する。それを見た時、男は顔面蒼白で震えはじめた。
「手……手、手が!」
男の手は真っ赤にただれ、大きく腫れ上がっていた。怖いのか、視線だけでバベルの姿を確認する。
バベルはステアよりも強く光を放ち、男をステアに負けない形相で睨んでいた。
「お前、悪い奴だ」
「ひっ……」
「キリムを押し倒そうとした。俺の事も攻撃しようとした。皆の事も攻撃しようとした。みんな悪くない、お前が悪い」
「キ、キリ……」
いつものニコニコ、ふわふわした感じとはまるで違う。バベルは自身やキリムを守ろうとするだけでなく、男を敵だと見做した。守護の力だけでなく排除や反撃の感情まで加わったらしい。
男はその気迫に何も言葉が出ず、同時に忠告してきた者がキリム・ジジだったとようやく気付いた。手の痛みも忘れ、ただ小刻みに頷いている。
キリムはバベルに有難うと伝え、警戒を解くように指示した。しかし男の態度には納得していなかった。
「相手がキリム・ジジだから忠告を聞くんですか。それとも悪い事をしたと反省したから頷いているんですか」
「は、はいっ!」
「……だから有名になるのは嫌だったんだ。みんな俺の肩書しか見てくれない」
キリムは悲しそうに呟き、再度男へと言葉を投げかける。
「魔人は魔物じゃありません。一般人に武器を向けるなんて、旅人失格です」
「す、すみませんでした!」
男は腰を90度に折って頭を下げた。何にでも反骨精神を剥き出しにするのではなく、物の分かりが悪い訳でもない。ただ素行が悪く、魔人を魔物と同じだと思い続けてきたのだろう。
それは周りの環境や教育に左右される。本人ではどうしようもなかった部分もあるだろう。キリムは追い打ちを掛けることなく、後ろで視線を逸らしている者達を睨んだ。
「武器を町の方々に向けたのは、この人だけじゃないですよね」
弓を向けた者、槍を向けた者の姿は確認している。追加で2人が頭を下げたが、言われなければ知らんぷりだったのか。キリムはガッカリしていた。
こんな時、ステアは躊躇いや遠慮がない。
「貴様らは魔人を魔物だと言いながら見下していたな」
「……」
「物も言えんか」
ステアは腕を組んだまま睨む。庇い合う訳でもなく、真っ先に謝る訳でもない。そんな反応のない旅人の事を見抜いたようだ。
「炭鉱跡に用があると言ったが、本当は魔人を見に来た、そんなところだな」
「……」
「答えろ。余計な事はペラペラと喋った癖に」
「そ、そうです」
「弱い者、嫌いな者を排除するため、揶揄うために集まった。そんな下らん繋がりで仲間になったつもりか」
ステアの指摘は当たっていた。それぞれが我が身可愛さで行動し、パーティーとして反省を口にする者は誰もいない。
「次は何に悪意を向けて仲間ごっこをするつもりだ」
「も、申し訳ございませんでした……」
「俺に謝ってどうする。人族でない事を揶揄うなら、我が主の事も揶揄ってみるか」
「旅人さま、もうそのくらいで宜しいでしょう」
ステアが尋問に近い畳みかけを始めた直後、左後方から声がした。顔を向けると細身で色黒の中年男性が歩み寄って来る。黒い短髪に背広を着て、左胸には大きな金バッジが付いていた。
「私はズシの町長、アンデルと申します。騒ぎがあったと聞いて飛んできましたが、おおよその話は聞こえましたよ」
旅人のパーティーは苦々しい表情で俯く。町から厳重注意を受けたとなれば、旅人として恥でしかない。いくら他所の干渉を受けないとしても、ズシから連絡が入れば当然協会の知る所になる。
良くて等級ダウン、悪ければ一定期間の資格停止だ。
けれど、そんな旅人よりも後悔の色を浮かべていたのはキリムだった。
「町長さん、その、俺がつい我慢できずに注意してしまったから……」
何故かキリムは旅人達の肩を持とうとする。それは前述の「この町のルール」が理由だった。
「いえいえ、あなた方が注意して下さった後、この方々がすぐに止めていれば私も見逃しました。あなたもそれを望んでの忠告だったはず」
「それはそうですが……」
「ならば、あなたに責任は一切ありません」
町長がニッコリと笑い、手に持った縄で旅人達の手首を縛った。周囲の住人達もニッコリ笑みを浮かべ、パーティーの全員の拘束を手伝う。
こうなってしまえば、もうキリムは手の出しようがない。
仮にキリムが忠告しなかったとしても、武器を住民に向けながら歩いていたなら同じ結果になっただろう。
「この町は、魔人、人族、猫人族など、人の共存で成り立っているのです。それを乱そうとする者を、我々はヒトデナシと呼びます」
「ひ、ヒトデナシ?」
男が震える声で聞き返す。
「ええ、あなた達はヒトデナシになりました。人の権利は人が持つもの。この町において、あなた達はもう人としての権利を持っていないのですよ」
そう言って、町長は笑顔のまま薬品を仕込んだ布で男達の口と鼻を覆った。
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