essence-02



 * * * * * * * * *





「キリム」


「……分かってる。言いたい事は分かってる」


「行商でもするつもりか。いつでも連れてきてやるというのに」


 翌日。キリム達は早朝にジェランドを発ち、瞬間移動でエンシャントのズシを訪れるはずだった。


 しかし、おひさまは水平線からすっかり離れきっており、フカの町は既に活気にあふれている。海はキラキラと輝き、港には夜明け前から出向していた漁船が続々と戻って来る。


 何故予定が狂っているのか……その原因はキリムにあった。珍しくステアから怒られているのはそのせいだ。


「キリム、あっちの赤い魚の天日干しは?」


「うっ……欲しい、美味しそう。だけど……」


「それ以上買うなら船で来い。俺は荷物運びではないぞ、先にエンシャントに渡る」


 キリムは両手に魚の開き干し、ほぐし身のふりかけ、海苔の佃煮などが入った袋を下げている。目の前に並んだそれらを我慢できず、買い漁ってしまったのだ。


「分かってる、分かってるよ! でもステアだって知ってるじゃないか! 俺が魚の開き干しが大好きって事! ステアに連れてきて貰わないと来られないんだ、今日くらいいいじゃないか……」


「ステア、キリムを連れてきてあげたことないの?」


「聞こえの悪い事を言うな。宿を離れられんと言って買い出しに付き合わないのは我が主だ」


「目の前に並んでたら欲しくなるじゃん……」


「ならん」


 普段は質素な生活を送りつつ、何が欲しいとも言わない。そんなキリムが子供のように駄々をこねる。自己主張の弱いキリムには珍しく愉快でもあったが、旅に魚の干物は邪魔だ。ステアは腕組みをしたまま見下ろし、持っていく1つを選ばせた。


 キリムは悩んだ末、サバのみりん干しを選んだ。ステアが残りを奪い、宿に置いてくると宣言する。


「僕も1つ欲しい、食べてみたい」


「貴様もか」


 キリムには選ばせたが、バベルに対してはそこまで配慮するつもりがなかった。ステアは藁半紙に包まれたノドグロの天日干しを渡し、すぐに瞬間移動でいなくなった。


「この魚は、なに?」


「ノドグロだね。そうだ! ここでステアが戻ってくる前に、1匹急いで食べてもう1匹買うって手もある。いや、小魚の干物を買って、鞄に隠すか……」


 数日食事をしなくても活動でき、食べたからと言って太る事もない。けれどキリムは毎日小食ながら食事を摂っていた。熱さ冷たさには鈍感でも、味覚は衰えていないようだ。


 キリムは急いで海沿いの1軒に駆け込み、小魚の干物を1皿分とイリコの袋を買った。バレないように鞄に隠し、イリコを数匹口に放り込む。急いでモグモグと口を動かす姿は、200歳超えとはとても思えない。


 キリムがごくりと飲み込んだ直後、ステアが戻って来た。


「……まあいい、行くぞ」


 バレているらしい。ステアはため息をつき、まだモグモグしているバベルを睨んだ。





 * * * * * * * * *




 かつていにしえの地と呼ばれ、人々が近寄ろうとしなかったエンシェントの大地。その島で最も栄えた町がズシだ。魔物が強く、人の定住に適した場所が殆どない。


 今でも人が住むのはズシの他に北東の村と北北東の村の3つだけ。50年前に新たに出来たズシの10キルテ北の坑道にも工夫や従業員がいるが、定住ではない。


 200年前にあった鉱山は、70年前に閉山となった。


「ここがズシ……?」


「うん。さ、町に着いたら必ず港の門で記帳しなくちゃいけない。今でも魔物が強くて行方不明者が後を絶たないんだ。だから誰が訪れたか分かるように」


「旅人はいないの?」


「いない訳じゃないんだけどね。旅人協会は支部を置いていないから」


 200年以上前、初めて魔物と人の合成によって生み出された「魔人まびと」が発見された。天才と言われた魔法使いデルが研究によって生み出した存在だ。


 彼らはもっぱら弱い魔物を使って生み出され、戦闘能力自体は然程ではない。だがおおよその魔物からは襲われずに生きていくことができた。


 結果として、魔物駆除は必要なく、旅人協会は出番がない。商人はズシ以外に立ち寄らず、ズシの魔人が北東や北北東の村への物流を担う。


 北東や北北東の村は殆どの住民が人族だが、彼らはあまり結界から出たがらなかった。


「魔物の血を引く者が多く、彼らは魔物に殆ど襲われる事がない。結界を抜けるのには苦労するらしく、今でも殆どの魔人が島を離れない」


「じゃあ、僕達が守れるものは何もないのかな」


「いや、亜種と呼ばれる魔物は魔人を襲う。残念だが亜種は200年の間で減ったとは言えない。強過ぎて討伐速度が追いつかん」


「その亜種を倒すためにも旅人協会の支部を置きたかったんだけどね。討伐できる旅人があまりにも少なくて……結局実現しなかった」


 魔人の中には未だ旅人を恐れる者がいる。そのため、旅人協会の支部を置かないでくれという嘆願もなされた。


 一方の人族にも魔人を恐れる者は多く、魔物と等しく危険だと主張する者もいる。人として接する者が大半である一方、魔人を人と認めず迫害を企てる者もいるのが現実だ。


「俺やエンキも人とは言えない。いつか魔人へ投げられる言葉が俺達に向けられるかもしれないね」


 キリムは冗談だよと言って笑顔を見せるが、冗談にしては言葉が重い。つい本音が出たのだろう。


「人々の願いが純なるものでなければクラムは存在できない。人がそこまで堕ちた時、俺達クラムは人のために存在する意義を失う」


「ねえ、魔人は魔物ではないんだよね?」


「うん、魔人は人との共存を望んでる。産まれ方が違うだけ、生き方は変わらない。でも人は区別が好きだから、自分と違うものを排除したがる」


「生まれ持つ血で区別し、生まれた場所で優劣をつけ、身分や職で差別し、人種で罵り合う。人の忌まわしき習性が消えない限り、この世から魔物が消える事もない」


 人のために生まれたクラムが、人の在り方に疑問を投げかける。それ自体が悲しい事であるが、キリムもステアもバベルが人を妄信することを危惧していた。


 豪華客船で出会った金持ちの男のように、人は美しさも醜さも併せ持っている。バベルには旅を通じて現実を知って欲しかった。


 港の入町管理所で記帳を済ませると、キリムは町の案内を始めた。建物は灰色のものが多く、華やかさはない。それでも行き交う人々の姿は他所と変わりがない。


「ねえ、みんな魔人なの?」


「みんなじゃないよ、人族もいる。この町ではどっちも仲良く暮らしてるよ。魔人と人族の夫婦もいるし」


「魔人の召喚士はいるの?」


「……えっ?」


「僕は、魔人の旅人からも召喚されるのかな」


 バベルの疑問は当たり前のものだった。けれど、キリムはその可能性を全く考えていなかった。


 魔人が生み出されるにあたっては、召喚士の遺体も利用されている。人族側にも召喚能力に気付かないまま暮らし、魔人と結婚した者がいるだろう。その子供達に召喚士の力がないとは言いきれない。


「調べる価値はある。だがそうなれば今度はその者が魔人の中で疎まれるかもしれん。積極的に旅人になろうとする者もいない」


「……知っているか、知らないかで変わっちゃうの?」


「見方が変われば正義も変わっちゃうんだ」


「魔人を善とする者と悪とする者、どちらも己が正義だと考えているからな」


 バベルは今、守るべきものが何かを知るために旅をしている。そのバベルにとっては頭を抱えたくなるような現実だ。バベルはガッカリしてため息をつく。


 その背後から旅人一行の談笑が聞こえてきた。


「周り全員魔物だぜ? こんな町が野放しだなんてどうかしてるぜ」


「言ってみれば魔物の巣窟か。討伐しなきゃな、はははっ」


 旅人達は町の中であるにも関わらず剣を抜き、道行く人々に弓を構えて揶揄う。キリムはため息をつき、既に不機嫌なステアに声をかけた。


「ステア」


「何だ」


「……俺に任せて。俺より先に怒るな」

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