essence~守るべきものの定義~
essence-01
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chit-chat【Meanwhile】荒野の宿にて
「お、おいおい、長剣で魚を捌くな! あーもう、それは水じゃねえポーション!」
「えー? 得意なもん使って出来上がりが一緒ならいいだろうが」
「栄養が必要だと言っておったろう。水では何の栄養にもならぬ」
「あっ、おいらいい包丁を思いついた! ちょっと作って来てもいいかい?」
「駄目ですワーフ様!」
キリムとステアがバベルを連れて旅立って1週間。荒野の宿では留守を任されたエンキが奮闘していた。
随分と機械文明が進み、機械駆動車の数も増えた。旅に要する日数も短縮され、運べる量も多くなった。とはいえ、今でも宿の需要は高い。旅人の間ではキリムの事が語り継がれ、エンキが作る逸品を求める者も多い。
周囲は西も東も数百キルテ続く礫砂漠。
西のページバルデから東のムジンスクへ続く荒野の街道において、この宿だけは今日も旅人に優しい。
が、エンキにとってはこのところ厳しい日々が続いている。
「ディン! もういい、外の見張りをしてくれ!」
「ちょっと鱗が散らばっただけだろ、飯が出来りゃ何でもいいだろうに」
「その精神で料理を振舞われたくねえんだよ……ほら行け、退治まで任せた」
エンキとワーフだけで切り盛りすると聞き、暇なクラム達が「厚意で」手伝いに来るようになった。しかし、正直なところエンキはまだ1人の方が良かったと思っている。
「……何で小麦粉が水に溶けてねえんだ? 混ぜたよな?」
「水など使っておらぬ、マジックポーションだ」
「はぁぁっ!?」
「食事は回復行為だろう、魔法使いがいたなら必要なものだ。案ずるな、妾は薬草の類も心得ておる」
「こんなパンがあるかよ……アスラ、もういい! 風呂の湯加減見て来てくれ!」
「なぜ効率を求めぬ。ここは妾が独自に調合した薬を……」
アスラが納得いかない様子で風呂を見に行く。
水の代わりにマジックポーションを使われ、葉物野菜の代わりに苦い薬草が使われる。どう考えてもエンキの手伝いになっていない。
「あと1時間で客が来るんだぞ、飯の下ごしらえが半分も終わってねえ」
「エンキ、鱗取りはおいらに任せておくれよ。包丁作りに活かしたいんだ」
「宜しくお願いします、結局頼れるのはワーフ様だけです」
エンキは肉を包丁の背で叩きながら、片手でアスラがサラダに入れた薬草を取り除いていく。下ごしらえを済ませた鶏肉を特製ソースに浸し、台所に不釣り合いな回復薬を全て戸棚に隠す。
「……いや、待てよ? ワーフ様、ちょっと風呂を見てきます。アスラの婆さんが風呂に何か入れてんじゃねえかと」
「薬草風呂にしているかもしれないね。良いかもしれないよ」
「毎回そんなことされたらどんだけ客を入れても赤字です」
エンキはふと天井を見つめる。鍛冶をやる時間がないことはまだいい。クラムは好奇心旺盛だが、司るもの以外が総じていい加減な傾向にある。
掃除などは助かっているし、客の注文を取ってくれたりもする。だが家事の類は任せられない。
「アスラ! 何で風呂が青いんだよ、何を入れた!」
「我の特製回復薬だ。皮膚の再生にもよく効く」
露天風呂がうっすら青い。アスラは洞窟から特製の疲労回復薬を持ってきたようだ。
「ああ……キリムに怒られるぞ」
「にゃー! 手伝いに来たよー! 面白いものを仕入れたのだ!」
風呂場で肩を落とすエンキの耳が、クラムニキータの突き抜けて明るい声を拾った。エンキはパッと顔を上げ、急いで駆けつける。
「何を持ってきた! やめろ、とりあえずやめろ!」
「激辛カラシ草! ふふふ、辛いのが大好きな地方でよく売れると聞いて、秘境の村で買ってきたのだ」
ウサギ男のワーフに対し、ニキータは猫。背の高さはエンキと同じくらい、キジ猫が二本足で立ったような姿だが、れっきとした商売のクラムだ。
「おいおいおい駄目だって言ったろ! おおあぶねえ」
「吾輩、魚が好きである!」
「知らねえよ、1匹やるから勝手に焼いて勝手にかけて勝手に食え!」
「にゃひひ、1匹分儲けたのだ」
これでは準備作業が進まない。エンキは深いため息をついた後、ワーフに1つお願いをする。
「ワーフさま」
「何だい?」
「やはり、切れ味の良い包丁がもう1本必要だと思います。魚用に、薄刃のものを1本……」
「分かったよ! 皆まで言わずとも! おいら早速製作に取り掛かって来るとも!」
「何だ、面白そうだな。妾もついて行こう」
「売れるものは大好き! 吾輩も品定めに行くのだ」
アスラとニキータがワーフと一緒に工房へと出て行く。これで邪魔者はいなくなった。
「外にいるディンはいいとして、クラム達を見張る従業員を雇わないと駄目か……。ああ、早く帰って来てくれ……キリム!」
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essence~守るべきものの定義~
キリム達はイーストウェイを出発し、ジェランドの港町フカに着いていた。船旅も経験させ、旅人がどれ程苦労して移動しているのかを体験させるためだ。
と言っても、船の旅となれば苦労するのはキリムだ。一時期よりは随分楽になったものの、相変わらず苦手らしい。
旅人が船での移動で苦労している……その様子を見せつけるにはこれ以上ない人選だ。
「キリム、大丈夫?」
「水でも飲め、ポーションにするか」
「まだ地面が……揺れてる」
「地面は揺れていない」
バベルはなんともないようで、今日も港の岸壁から海を覗き込んでいる。海が気に入ったようだ。
「あーら、旅人さんな。気分の悪かね、休んでくけ? 宿さ来い、横さなっだら治る」
「あー……はい、ちょっと休ませてもらおうかな」
中年の女性が話しかけてきた。懐かしいジェランド弁にどこかホッとし、キリムはやや青い顔で立ち上がる。
「この町でも戦ったの?」
「ああ、この町もサハギンやその他の魔物が押し寄せた。多くはかつて倒したガーゴイルが送り込んだ個体だ。恐らくサハギン達は操られていた」
「そうなんだ……悲しいね」
ステアの言葉に、案内の女性が驚いて振り向く。白髪が混ざり始めた黒髪を掻き分け、麦わら帽子を被り直す。
「へえ、そげな昔の事なん外の人が知っでるもんでねえ。考古学者さんだか?」
「俺はクラムだ」
「はぇ~、まるで昔の町史と同ずだねぇ! むかあし旅の召喚士さんな、クラムと旅人ば連れて駆け付げてぐれたて。南に神社なんあるんだども」
「クラムワーフが作った剣と鎧を奉納した神社だな」
女性は力強く頷く。そしてステアに深々と頭を下げた。
「んだ。あの神社にみんな集まっでな、旅人さんとクラムさまが階段の下で守っでぐれた。みんな感謝すでる、毎年神社で舞いの奉納ばすでんのです」
女性に話を聞きながら、キリムとステアは当時の様子を思い出す。絶体絶命と思われた時の事、ワーフが初めて怒った時の事、昔のフカの住民はちゃんと見ていたのだ。
「いつか、僕も話してもらえるのかな」
「ん? 話してもらう?」
「うん。ちゃんとみんなの役に立ったら、キリムとステアみたいにいつか褒めて貰えるのかな」
「その機会はあるだろう。だがそれを期待して皆を守るのではない」
早く認められたいと焦るバベルを、ステアがしっかりと諭す。
女性に案内され、数分かからずに1軒の古い宿に辿り着いた。女性は宿の従業員ではなく、ただ近所に住んでいるだけだという。
「有難うございました」
「なんねなんね。ゆっぐり休んで、青い顔治すでけれ」
女性は手を振り、そのまま南の神社の方へと歩いていく。女性はキリム達が宿に入った後、フッと笑って振り返る。
「細身で茶髪、双剣を持った召喚士の青年と、金髪のクラム。ほんに言い伝えと同ず組み合わせだねえ」
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