genius-09



 * * * * * * * * *



 魔人が住む町「ズシ」を目指すと決め、3人はその前にクエリを1件受注することにした。旅人がどのように稼いでいるのか、旅人がどのように戦うのかをバベルに体験させるためだ。


「スカイポートへの街道で人を襲うウォーウルフ退治……」


「それ、ミスティから歩いている時に戦ったやつだね」


「うん。でも今回は群れを1つ殲滅させないと駄目なんだ。成功報酬は終わらないと貰えないからね」


「町の外に出たなら、他人の戦いを見る事もできる。バベルは連携での戦闘や、何を求められるのかを掴むべきだ」


「みんなを守るんじゃ駄目なの?」


「何から守るつもりだ。あらゆるものを想定できるだけの経験を積め」


 何が相手であろうと召喚士を守る。それはクラムとしてステアも心得ていることだった。初めての魔物でも、天災であっても、草原でも洞窟でも関係ない。


 だが、それまでに何らかの経験を持っていなければ、何が出来るかを瞬時に判断できない。キリムはバベルに力の制御を学ばせ、適した戦い方を考えて貰えたらと考えていた。


「キリム・ジジさん! まさかイーストウェイの協会事務所にお越しいただけるなんて」


「あ、はい……時々は活動しないと、旅人登録も消えちゃいますからね」


 200歳を超えた旅人など勿論他にいない。キリムは未だ旅人として登録されているものの、各地の職員の中には携わるまでキリムを知らない者もいる。


 新人は1人だけ年齢が3桁となっている台帳を見て、間違いではなく本当に200歳超えなのだと教えられる事から仕事が始まるのだという。


「あの、この町の200年前の当時の事をご存じだというのは本当ですか?」


「まあ、そこそこなら」


 女性職員が嬉しそうに声を掛け、当時のこの周辺の様子を知りたがる。歴史なら習っているはずだが、生き証人の話はまた違う。


 例えば歴史の勉強の中に、近くの角に赤い屋根のレストランがあった……などと記されてはいない。当時のローブの丈が今よりも長かった事など、誰も教えてくれない。


「流石に、この場所に移る前のイーストウェイは分からないんですけど、当時の事は思い浮かべる事ができます」


「そうですか。うちは曾祖母も旅客協会で働いていたので、きっとお会いしていると思います! ああ、曾祖母を知っている方とお会いできるなんて光栄です!」


「ははは……俺も歳だけならおじいちゃんでは済まないので」


 キリムが苦笑いし、改めてステアを紹介する。その隣にいるのが新しいクラムのバベルだと伝えた時、背後から大きな声がした。


「あー! 本物初めて見た! キリム・ジジさん! 俺の爺ちゃんが話してた! うちのご先祖がお世話になったんだぞって」


「会った事……誰だろう」


「爺ちゃんとも会った事があるはずです!」


 駆け寄ってきたのはまだ20代前半と思われる職員の男だった。屈託のない笑顔に立てられた短い赤髪。そのご先祖に似ているのかいないのか、キリムも容姿だけでは思い出せない。


 キリム達は200年間、それなりに他人との交流を持っていた。最低でもどこで何をしていた人か、それが分からなければ思い出しようがない。


「あー……名前は分かんないけど、ご先祖様の姉ちゃんのお墓を守ってくれたとかなんとか」


「あっ」


「墓と言えばアビー、アビゲイル・ヒューズだな」


 アビーの弟の子孫、という事だろう。そうであれば、キリムは彼らが経営していたノウイのレストランに何度か足を運んでいる。60年前、子孫の一家が引っ越したためもうなくなってしまったが、キリムは彼らと一緒に写真を撮った事もあった。


「アビーさんの写真はないけど、その当時の写真がまだ残ってるかも。代替わりしてからもレストランには何度も行ってるし……」


「宿に戻って写真を持ってこよう。戸棚にあったはずだ」


「うん、ありがとう」


 ステアが気を利かして写真を取りに戻る。瞬間移動で消えるのを見て、皆が「本当にクラムなんだ」と漏らした。


「クラムバベルは、何を司っていらっしゃるんですか」


「僕は……守る事が得意だよ。武器でも魔法でも、みんなを傷つけるものから守りたい」


「守護に特化したクラムなんて初めて聞きました。頼もしいですね」


 見た目が子供だからか、女性職員が微笑みかけて褒める。バベルは人から認められてとても嬉しそうだ。数分もすればステアも戻って来た。手には大量の写真の束がある。


「しばらく整理をしていなかったが、それらしいものを持って来た」


「有難う。えっと……あー懐かしい。これってイーストウェイ移設150周年の時のパレードだ」


「凄い! 80年前……ギリギリ覚えている人がいるかも」


「これ、私が住んでいるアパートの前の通りだわ!」


「この当時はまだ道も未舗装だったんだなあ」


「信じられない、お婆ちゃんの若い頃だわ! 写真で見た事あるの!」


 女性職員の嬉しそうな声が響いた。過去の写真が見られると聞きつけ、周囲の者が続々と集まってくる。何枚かの写真を順番に見ていく中で、目当ての写真はすぐに見つかった。


「あ、これだ」


 そこにあったのは、真っ白に塗られた壁と赤い屋根が際立つレストランだった。ウッドデッキのテラスに真っ白なテーブルが3つ並び、そこにキリムとステア、従業員が並んで写っている。


 キリムの右隣りには、小さな子供の両肩に手を置いた長身の男がいた。コック帽を被り、目を細めて笑みを浮かべている。


「これ、これです! この男の子、爺ちゃんです!」


「確か、この時の写真を1枚渡したはず」


「ははっ、爺ちゃんの顔、この時から爺ちゃんだなあ……」


 男性職員が懐かしそうに写真に見入っている。その表情は嬉しそうでもあり、寂しそうでもあった。


「その、お爺さんは……」


「亡くなりました。2年前、84まで生きたんですよ。俺がイーストウェイに移り住むと言ったら、大喜びで応援してくれました」


「そうですか。お悔やみを申し上げます」


 キリムは知り合いを数えきれないほど見送って来た。知り合いの大半はもうこの世にいない。分かっていても、実際に亡くなった事を告げられると寂しくなる。


「……その写真は貴様が持っていろ。俺達はもう1枚持っている」


「え、いいんですか」


「貴様には思い出が必要だ」


 ステアは腕組みをして男を見下ろしている。その様子も物言いもきついが、行動は優しい。男性職員は泣きそうな顔でステアに頭を下げた。


「なあ、みんなで写真を撮らないか。当時の事を知っているキリム・ジジさんと、今の俺達で」


「いいわね! キリムさん、どうでしょうか」


「いいですね。撮りましょう」


 キリムは写真から消える事のないよう、ステアの召喚を解いた。その場の者達が写真機を手に持ち、皆で旅客協会の外へと出る。


 階段を使って並び、30名ほどが笑顔を作る。数名がキリムから貰った写真をカメラへ向け、故人の姿を今に残そうとする。


「撮りまーす!」


 何人かが入れ替わりで写真を撮り、道行く人々が何事かと不思議そうに眺めながら通り過ぎる。やがてキリム達はクエリに向かうと言って一礼し、旅客協会を後にした。


「キリム、みんな嬉しそうだったね」


「うん。自分の大切な人を知ってるって、嬉しい事なんだよ」


「人って、死んでしまってもこんな風にできる事があるんだね」


「えっ?」


「キリムは死んじゃったお爺さんの知り合いだった。そのお爺さんのおかげでまたみんな知り合いになったんでしょ?」


 キリムはバベルの意見にとても驚いていた。自分だけが置いていかれる事を辛いと思ったこともあったが、バベルの言ったように、死者が時に次の縁を結んでくれた事もあった。それに気が付いたのだ。


「……クラムも同じだ。俺達はこれまでの全ての人や召喚士から、血や思いを受け継いでいる」


「そうだね。そして受け継いだことをこうしてみんなに伝えられる。悪くないね」


「200余年でようやく気が付いたか。まだまだだな」


 3人は平原へと歩き出す。その足取りはとても軽かった。

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