genius-08
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サハギン事件の次の日、キリムとステアは次の目的地を決めかねていた。
キリムとステアがかつて旅した町や村を順に巡ってもいい。そう考えていたものの、もうバベルの役目は判明している。発動も自分で制御出来るのだから、あとはもう人に慣れるだけだ。
人に慣れるだけなら宿に戻ってもいい。読み書きだって部屋を与えて教えてやった方が効率もいいだろう。
「向かうべき町ってのが思い浮かばないね」
「最初の旅であれば、ここから南下してスカイポートだ。だがキリムはともかく、バベルに当時のような成長は見込めない。パバスに向かうのも良いかと思うが」
「そうだね、あんなに大きな町は他にないもんね。雪が降る季節ならノウイで雪も見せてあげたい」
「それはいずれ時が解決する。今はバベルが成長する事が必要だ。大きな町であれば気付きも多かろう」
2人は岸壁に腰かけていた。空は今日も見事な青に染まり、遠くを行く船の汽笛が心地良い。波の音は会話を遮らず、むしろ穏やかに話すことを手助けするように落ち着く。
バベルは少し離れた所で海の中を覗き、泳ぐ魚を眺めている。貝がいた、小魚がいたと目を輝かせ、もう10分以上そのままだ。
「成長、か。ふと思ったんだけどさ、バベルくんって守る事が得意というか」
「ああ、執着に近いな。俺もそう感じていた。使命や自信とは違うと」
「うん。守るのが好きって訳じゃないよね。守りたいのは分かるけど……まだ存在意義を自分の中で確立させられてないだけなのかな」
旅を始めて1週間と経っていない。バベルがステアのように己の信念に従って動けるようになるには、まだ早い。しかしただ町巡りをしても意味があるのか。キリム達は悩んでいた。
「成長、信念……難しいね。サハギンの件もそうだけど、結構思いははっきりしてそうだから、あと一押しかなって」
「キリム」
悩むキリムに対し、ステアが腕を組んで水面を見下ろしたまま考えを告げる。
「俺は……何か引っかかっている。あいつはキリムが傷付くのは嫌だと言った。誰も傷付いて欲しくないと」
「船の上にいた時だね」
「あいつには、誰かが傷付いた様子を殆ど見せていない。船の上でも旅人が数名ひっかき傷を負ったくらいだ」
「そういえば……これだけ何も分からないまま誕生しているのに」
キリムは、バベルが何らかの心的外傷を抱えているのではと感じていた。けれど、バベルはキリム達と行動していて、そんな場面には出くわしていない。
「もしかして……バベルくんには誕生前の記憶がある?」
「ああ。俺は奴がグラディウスなのではないかと考えている」
「戦神、グラディウス……でもグラディウスは専ら武器を操るよね」
「そうだ。あいつは召喚士や村を守れぬまま消滅した」
キリムは200年以上前のミスティでグラディウスを見ていた。グラディウスを召喚していたのは仲が良かった宿の主人だ。
「今度は……いや、今度こそ守りたいって思ったのか」
「分からんが、奴ほどのクラムが武器で守れなかったなら、それ以上の力を手に入れるのは難しい。存在意義の否定と同じだ。となれば武器を捨て、別の力を持つことは考えられる」
「守りたいって思いはあっても、次の守り方が分からない?」
「おそらくは。まだクラムとして確立する前に、漠然とした守りたいという願いがクラム化を促した。まあ、推論の1つに過ぎないが」
無邪気なバベルを見つめながら、キリムは悲しい気持ちがこみ上げていた。もしもグラディウスの生まれ変わりなら、それはあまりにも残酷だ。
守りたいものを守れなかったクラムが、守る事に執着した結果がバベルだ。以前の存在意義を失い、それでもまだ今度こそとあがいている。
右も左も分からないまま、それでも守れなければという思いを引きずっている。
「クラムって、消滅してしまっても思いは留まるんだね」
「人々の願いが俺達を創り上げる。その願いが散ったとしても、そのクラムとその使命を忘れないという事は、願いを忘れない事に等しい」
「願い自体は消えていない。だからクラムが消滅するだけで、そこに込められたものは受け継がれる……」
「まあ、実際にそのようなクラムがいない以上、これも俺の考えに過ぎん」
ミスティには今もグラディウスの墓がある。その墓には村人や訪問者が手を合わせてきた。グラディウスの使命や、グラディウスが守りたかったものは、皆がよく分かっている。
「だとしたら、俺達の役目は重大だね」
「そうだな。魚に目を輝かせてはしゃぐクラムとして確立させる訳にはいかん」
「ん~。という話を踏まえて、じゃあどこに行こうって事なんだけど」
果たしてバベルの心的外傷を和らげ、自己肯定感を高めるにはどうすればいいのか。どこで何を経験させるべきか。結局はふりだしに戻ってしまう。
「パバスでは駄目か。クエリ受注をしてもいいが。実際に旅人がどのように戦闘を行うのか、経験させるべきだ」
「確かに、クエリを受注するのはいいかもね。クラムとして人と接するのは、やっぱり魔物との戦いの場が多いだろうから。でも、それだと行き先はどこでもいいし……パバスはバベルくんを案内するには早いよ」
「かといって、長閑な町を巡っても仕方がない。魔物の強さで場所を選ぶのもいいが」
次に何を教えたいかと言われても、具体的なものが出て来ない。キリムは魔物の強さという言葉で、1つの候補地が思い浮かんだ。
「……昨日さ、バベルくんはサハギンを守ったよね」
「ああ、そう解釈も出来る」
「それならエンシャント大陸に渡って、ズシで
「意図を聞こう」
「魔物だから、人だから、って考え方に拘らずに、俺達がかつて守りたいものを守って来た例を伝えられる」
「良い考えだ」
2人がバベルのために次の行き先を決め終えた頃、呑気なバベルが遠くであっと声を上げた。そのまま大急ぎで駆け寄ってくるため、キリムとステアも思わず立ち上がる。
「何かあった? 魔物?」
「キリム! ステア! 僕凄いこと発見した!」
「何があった」
バベルはキリム達の目の前でピタリと立ち止まり、目を輝かせたまま嬉しそうだ。魔物が出た訳ではないらしい。
「僕が海をずっと見ていたら、魚が飛んだ!」
「はい?」
「魚がね、水の中からこうやって飛び出て来た!」
バベルは自分の手を魚に見立て、大きく半円を描く。キリムとステアは安堵の混じったため息をついた。
「バベルくん、魚は飛ばないよ、泳ぐんだよ」
「え?」
「え?」
「……泳ぐんだよ?」
バベルは実際に目の前で見たせいか困惑し、ステアはキリムを哀れみの目で見つめている。そんな3人の後ろを、つばの広い帽子を被った老婆が笑いながら通っていく。
「
キリムは魚が水面で跳ねる様子を見た事がなかった。老婆の説明に驚き、バベルの顔を見る。バベルは確かにそうだと言って大きく頷き、キリムに手招きした。
「おにいちゃん、あんたあんな子達を面倒見て偉いねえ」
老婆はステアがクラムだとは気付かず、歳下の弟達の面倒を見ていると思ったようだ。老婆からは3人が見た目より若く見えているのかもしれない。
いや、400歳超えと200歳超えと生後1週間なのだから、実年齢を当てる事など不可能なのだが。
「海は初めてかね、生きとる魚が珍しいんやねえ、微笑ましかねえ」
「……我が主ながら、キリムにバベルの世話役を任せて大丈夫なのか」
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