genius-05


 大きな木箱の中にあった……いや、いたのはサハギンだった。


 それもまだ小さく、2本足で立ち上がる事も出来ないくらいの幼体だ。


「サハギンは、この子達の危機を察して助けに来ている……?」


「おい、気をつけろ! なんだか分からんがサハギンが唸ってる! 何が入っていたんだ!」


 キリムが振り向いて視線を落せば、サハギンが鋭い牙を剥き出しにして睨んでいた。


「あ、えっと、攻撃はしないから心配しないで! って、言っても通じないよね……お父さん、もしくはお母さんって訳ではないと思うけど」


 この幼体は遠くから連れて来られたはずだ。この成体のサハギンは親ではないだろう。


 しかし、手を出すなと言いたげなその姿は、まるで子を守る親のようだ。サハギンの仲間意識がここまで強いとは、キリムも聞いた事がない。


「おい、一体何が……」


「サハギンの……赤ちゃんが4匹入ってます」


「なんだって!?」


 船員は驚き、慌てて近くの荷物から木箱の縁へとよじ登った。その目には確かにサハギンの赤ちゃんが映る。金色の目がクリクリとしていて愛らしく、まだ尖りのない丸い鱗も魔物である事を忘れさせる。


 いくら魔物とはいえ、赤ん坊の時は動物と同様にあどけないものだ。金持ちの1人が珍しい生き物を取り扱う店などで見かけ、可愛いと思って購入したのだろう。


「ど、どうすりゃ……うわっ!」


 2人して幼体を観察していると、突然サハギンが木箱をよじ登り始めた。中に入り、幼体を救い出すつもりなのだろう。木箱の中へと飛び降りて4匹を背中で隠し、必死に守ろうとしている。


「は、早く始末しないと! 魔法か何かでバーッとやっちまってくれ!」


 船員は木箱から降り、応援を呼ぼうと駆け出す。キリムはそんな船員を引き留めた。


「待って下さい!」


「何、何か伝言か!」


「いえ、違います!」


 この客船を襲っているサハギン達の狙いは、この4匹の幼体だけ。となればこの4体を群れに帰してやれば、サハギンは船を去るはずだ。


 ここで4匹を殺した場合、怒り狂ったサハギンが一般客への攻撃を始める可能性もある。魔物を見過ごすのは躊躇われたが、キリムはそれが一番の解決策だと考えた。


「この4匹を群れに戻します!」


「はぁっ!?」


「この4匹さえいなければ、サハギンは客船を襲わなかったはずです!」


「そりゃあそうだけど、もう既に襲われているんだ、そんな事言ったって……」


「幼体を殺されて怒り狂ったサハギンに追い回されたいですか」


 キリムの問いかけに対し、男は困ったようにキリムと上に登る階段を見比べる。皆を呼びに戻るか、キリムの案に乗るか、1人では決められないのだ。


「サハギンの群れを退治し続け、その間お客さんを部屋に閉じ込めたまま、あなたたちも操縦や船の整備が出来ない。それでいいんですか」


「よ、良くはねえけど! でも魔物を見過ごすなんて」


「この世界にサハギンが何匹いるだろうかと、考えた事がありますか」


「え?」


「……かつて大嵐と共に押し寄せたサハギンに、町が1つ滅ぼされた話を知っていますか」


「ま、町を?」


 200年以上前、イーストウェイの町はもっと北にあった。その旧イーストウェイは廃墟となり、今は辛うじて灯台の残骸が残っているだけだ。


 旧イーストウェイは大嵐で建物や地盤に被害が出た。その最中にサハギンなどの水棲魔物が押し寄せ、人々を襲ったのだ。


 町が壊滅する程の群れが押し寄せたなら、船など簡単に転覆してしまう。


「町が壊滅、となれば何千匹という数になるはずです。サハギンに便乗して他の魔物も現れるかもしれません。仮に二千匹が押し寄せたとして、この船は重さに耐えられますか」


「そ、それは……」


「もしその半分の数であっても、どこか1カ所に集まって傾いたら」


 魔物に襲われるだけでなく、船まで沈んでしまう。男は船乗りとしてそれだけは避けたかった。サハギンを絶滅させられる訳でもないのに、たった4匹に拘って命を落としては本末転倒だ。


「わ、分かった。群れに帰そう」


 キリムはホッとため息をついて、木箱の中のサハギンへと視線を落とした。


「大丈夫、仲間を大勢殺してしまってごめん。人も魔物が怖いんだ、許してくれ。その4匹はちゃんと帰すよ」


 キリムが話しかけるも、魔物に言葉は通じない。かといってこの木箱を持ち上げる訳にもいかない。中から出してあげようにも、幼体は階段を登れない。


「そうだ、そっちの側面の扉から逃がすことはできませんか」


「む、無理だ! あんたの仲間の話じゃ、側面をこじ開けるきなのか、大勢へばりついてるって言うじゃないか」


 サハギンを助けてやりたいが、サハギンであるために助ける事が出来ない。どうしたものかと悩んでいるうち、キリムは1つ閃いた。


「要するに、この4体を抱えても攻撃されなかったらいいんですよね」


「え? ああ、まあ無理な話だろうが、そうだ」


 キリムは自信満々で笑みを浮かべ、男をデッキへと戻らせた。サハギン討伐をやめさせるためだ。それからステアを思い浮かべ、固有術を唱える。


「ステア」


 その瞬間、付近に爽やかな風が吹き、ステアがその場に姿を現した。


「どうした、サハギンの群れはどんどん増えている、キリがないのだが」


「サハギンの狙いが分かったんだ。4匹のサハギンの赤ちゃん」


「何だと? 何故こんな所に」


「誰か船の乗客が寄港先で買ったんだと思う」


 ステアは呆れたようにため息をつき、すぐにキリムの横へと飛び上がった。


「何故始末していない。さっさと……」


「群れに帰すんだ。この4匹を殺せばサハギンが怒り狂うし、4匹が群れに帰ればサハギンがこの船を襲う動機はなくなる」


「なるほど。ではこいつらを抱えて行けばいいのだな」


「そういうこと。それで、バベルくんにも手伝いをお願いしたいんだ。呼んできてくれないかな」


「あいつにも1匹抱えさせるか。まあ4匹と成体1匹を2人で運ぶよりはいいだろう」


 ステアはキリムの考えを最後まで聞くことなくデッキへと戻った。そして大した説明もしないまま、バベルの腕を掴んで瞬間移動をする。


「あ、あれ? キリム何をしてるの?」


「サハギンの赤ちゃんが捕まっていたんだ。群れに帰してあげたいから、力を貸してほしい」


「魔物なのに……助けるの?」


 キリムは船員やステアに説明した通りの事をバベルにも告げた。バベルにとっては、この場で誰も傷付かない事が何よりも優先だ。


 皆を守るクラムとして、その手段など何でも良かった。


「じゃあバベルくん。俺とステアと、このサハギン達を守ってくれ」


「どういうこと?」


「サハギンを抱えても攻撃されないように。それと、このサハギン達が攻撃されないように。暴れて噛まれたら抱えていられないし、無事に帰せなかったら意味がないから」


「まさか俺が魔物を救う側に回るとはな」


「俺もそう思ってるよ」


 バベルが淡く光り、キリムとステアが温かく優しい空気に包まれた。見ればサハギン達も薄く青白いオーラを纏っている。


「これで……触っても大丈夫かな」


 キリムとステアが箱の中に入り、怯えるサハギン達に手を伸ばした。サハギン達もバベルによって守られているからか、特に反発などもなく触れることが出来る。


 人に触られ、サハギンの成体は暴れまわるも、幼体の4匹は事態を飲み込めていない。ステアは成体の1匹をおもむろに脇へと抱え、木箱縁を軽々と飛び越えた。


「俺はこいつを連れて行く。……おい暴れるな、斬りたくなる」


「バベルくん、俺と君で2匹ずつ連れていこう。これでサハギンが許してくれるといいんだけど」


「ねえ、キリム」


「ん?」


「守るって、色々なやり方があるんだね」

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