genius-04


「な、なんだ!」


「もしかして、魔物が動力室に……」


 衝撃で船体が揺れ、キリム達も思わずよろけて壁や手すりに掴まった。デッキのサハギンはもう残り数体。この数を処理できない事はないだろう。


「後をお願いします!」


 キリムがキャビンへと走っていく。途中で何度か足を滑らせながら、後方の扉の前に回り込んだ。


「お……っと?」


 急いでキャビンの中に入ろうと思っていたキリムだが、両開きの重厚で豪華な深紅の扉が目の前に倒れている。その両隣の大きなガラス窓も割れ、不必要なまでに開放的だ。


 幾ら豪華客船とはいえ、もちろんこのような斬新な開き方はしない。


 そんな大きく開いた入り口のすぐ奥にはバベルが立っていた。


「バベルくん! もしかして、君の仕業?」


 バベルは静かに頷いた。周囲の旅人や乗客も、バベルを指さして何度も頷いている。


 爆発音は気になるが、避難した者達は戸惑うだけで、逃げようとはしていない。魔物が入り込んだ訳でも、動力室が爆発した訳でもないらしい。


「もしかして、爆発音ってこれ? えっと……何やったの?」


「みんなを守らないとって思ったんだ。そしたら助けてって声がした。扉の中に入って、この前みたいに見えない盾を出そうとしたんだけど……」


「魔物が扉の前に来た瞬間、その扉が吹き飛んじまったのさ!」


「その衝撃で魔物は全部やられた。訳が分かんねえけど、この子が一瞬青白く光った

 後で起こったのは確かだ」


 船員が近寄って来て、キリムに状況を説明してくれた。バベル本人は何が起きたのか、よく分かっていないらしい。おそらく不慣れなせいで力が暴発したのだろう。


「とにかく、皆さん無事なようで何よりです。デッキの上のサハギン達も、殆ど倒しました……」


 キリムがそう言うと、皆が胸を撫でおろす。キャビンの中の魔物は倒され、これで騒動は終わったと思われた。


「大変だ! サハギンがまたタラップや船の側面をよじ登って来てやがる!」


「はっ? 何だって?」


「まずい、扉も窓も修理が間に合わねえ! こりゃあ……被害なしって訳にはいかねえぞ」


「……見る限り、一番甚大な被害を与えたの、俺らですよね。すみません」


 キリムは扉と窓ガラスにため息をつく。後で弁償する事も覚悟し、気持ちを切り替えた。


「乗客の皆さんは部屋に! 必ず鍵を掛けて! 船員の方は動力室や操舵室が狙われないよう、旅人の皆さんと守って下さい!」


「わ、分かった! ところであんた一体……この船で見かけなかったが」


「召喚士と、クラムです。1隻の漁船がイーストウェイの港に応援を呼びに来てくれたんです。周囲の漁船はもう1体のクラムが守っています」


「それで駆けつけてくれたったのか。有難う、外を頼んだ」


 それぞれが役割通りに行動を開始する。キリムはサハギンが再び襲ってくるのを阻止しようと双剣を構えた。


「キリム、僕が守るからね」


「ありがとう、頼もしいよ。サハギンはね、普段はおとなしいんだ。でも怒らせるとしつこくて、人を襲う事もある。海が大荒れの時なんかは、海辺の町や村に押し寄せる事もある」


「じゃあ、誰かがサハギンを怒らせたのかな」


 キリムはバベルにサハギンの習性を教えている。だが、そこでふとある事に気が付いた。


「待てよ、サハギンは確かに人を襲うけど、自分達が弱い事も理解しているんだ」


「怖くないってこと?」


「いや、そうじゃない。仲間が大勢やられて勝ち目がないのに、それでも果敢に向かってくる魔物じゃないってこと」


「でも、タラップからどんどん上がって来てるよ」


 キリムとバベルはよじ登ってきたサハギンを海へと蹴り落とす。だが、やはりその数は多く、また船前方のデッキへ集まろうとしていた。


「あれ? 客室はそっちじゃないのに」


 サハギンは何故か人が多くいるキャビンではなく、船前方に行こうとしている。人を襲う、食料を漁る、それなら真っ先にキャビンを襲ってもおかしくない。


「サハギンは、もしかして別の目的があるのかも」


 キリムはサハギンを海に蹴り落とすのをやめ、再び前方のデッキへと走っていく。そこにはやはり船の後方とは比べ物にならないくらいのサハギンが集まっていた。


「うわっ!」


「ああ良かった! 埒が明かないの!」


「は、はい! バベルくん、もう一度盾でみんなを守れる?」


「うん」


 バベルは再びその場に結界のような盾を作り出した。旅人達はサハギンの攻撃を受け付けなくなり、サハギンは弾かれて数メルテ吹き飛ぶ。


「何で船の前方だけ……ここって、何かあります?」


「何? 強いて言えば、そっちの扉から救命ボートを出せるくらいかしら! あとはその地下に荷物室があるけど」


「何か、食べ物の匂いでもするのかな……」


「食糧庫はキャビンの下よ、こっちじゃない。船員の部屋もキャビン側だし」


 サハギンは勝ち目がないのに、なぜここに集まっているのか。それが分からずに悩んでいると、漁船を守っていたはずのステアが戻って来た。


「ステア! 周りの船は? 大丈夫?」


「ああ、俺達がいればサハギンごときには負けんと言って、全員帰らせた。漁船には目もくれず、全ての個体が客船へ集まっている」


「やっぱり、サハギンの狙いは人じゃないんだ」


「船体左横にへばりつくサハギンも多い」


「船体横……?」


「そこは荷物の搬出口だぜ! そこから荷物を港に下ろせるんだ」


 旅人の説明を聞き、キリムは荷物室へ続く扉を見つめる。サハギンのギャーギャーと騒ぐ声の意味は分からないが、人を襲うのではなく、お腹が空いているでもなく、荷物室に何かがあるのではないか。


「ステア、バベルくん、サハギンを倒すのは最小限にして、みんなを守ってくれ。俺は船員さんを1人連れてくる!」


「どういう事だ」


「サハギンは、荷物室の中の何かを狙ってるんだと思う! それを確認しに行く!」





 * * * * * * * * *




「開けた隙に入られないよう、しっかり守ってくれよ……」


「開けるぞ、1、2、3!」


「ああ~! 1匹入り込んだ!」


 キリムは案内役の船員を連れ、荷物室へと通じる扉の中へと入った。1匹入り込んだ事でバベルが大騒ぎしたが、1匹ならどうという事はない。


「お、おい……1匹先に行っちまったんだが、大丈夫か」


「大丈夫です、すぐ倒せます。それより、サハギンは何か目当てのものへ向かったのかもしれません、後を追いましょう」


 怯える船員を連れ、速足で荷室への急階段を下りていく。電気を点けたなら恐怖心もいくらか収まったようだ。下からはサハギンのギャーギャーと騒ぐ声が聞こえている。


「た、食べ物はこっちに入れてないんだ。あいつら拾った銛なんかを使うから、ひょっとして武器があると思っているのかも」


「それなら、周囲の船を襲ったはずです。漁に使う銛や網、ナイフなんかもありますからね」


「そ、そうか……じゃあサハギンは何で荷物室なんかに」


 細い階段を2階分下りると、広めの空間に出た。大小さまざまな荷物が空間に余裕を持って置かれている。


「ギャー! ギャー!」


 広い空間にサハギンの声が響く。キリムが目を向ければ、そこにはキリムの背丈ほどの大きな木箱が置かれていた。


 サハギンはキリム達を威嚇するでもなく、ただ箱へ向かって鳴いている。


「この……中? これ、何ですか」


「さ、さあ。どこかの港で乗客が買ったんだと思う。金持ちは気になった変なもんを何でも買うから、いちいち中身まで確認しないんだ」


 キリムは木箱に近寄り、箱の上へと飛び乗った。恐る恐る木箱の留め金を外し、蓋を開ける。その中身を見て、キリムは一瞬固まった。


 サハギンが何故客船を襲ったのかが、分かってしまったからだ。


「これは……ああ、なんてことだ」

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