Babel-08
* * * * * * * * *
「キリムさん!」
「あ、キリムさんだ!」
「隣にいるのって、クラムステアでしょ? 本物はやっぱり素敵ね……」
旅客協会に足を踏み入れると、その場の者達が一斉にキリムへと振り向いた。キリムやステアの姿は、もう大抵の旅人に知られている。
その光景はキリムが初めて旅客協会を訪ねた日と重なる。かつて召喚士になりたいから登録に来たとハキハキ答え、どれほど大変な目に遭った事か。
「あの、召喚士ギルドに用事があるんです」
「それはそれは! 是非とも、さあご案内します!」
女性職員が肩までの真っ直ぐな黒髪を揺らしながら、嬉しそうにヒールを鳴らして前を歩く。案内されなくても分かるのだが、キリムは200年近く生きてクラムと等しい存在となったため、特別視されていた。
キリム本人は今でも相変わらず腰が低く、穏やかでマイペースで、少し引っ込み思案だ。一時期は威厳を出そうと頑張ったが、あまりにも存在が大きく語られてしまい、シークは自分の虚像に勝つことを諦めた。
「キリム様! ああ、ようこそお越し下さいました!」
「あ、どうも……あの、お願いですからキリム様って言うの、ほんとやめて下さい」
「そんな、我々にとってキリム様はクラムに登りつめた偉大な……」
召喚士ギルドに入るや否や、職員が目を輝かせて駆け寄って来る。キリムは恥ずかしさのあまり俯いていた。影では「あいつ調子に乗っているんだぜ」などと言われていないか。キリムはそんな事を考えている。
「おい貴様ら。それは本当に我が主を敬っているのか。それとも過度に持ち上げ我が主を困らせて楽しんでいるのか、どっちだ」
「こ、困らせるなんてとんでもない! 我々は……」
「ならばキリムの言葉に従え。俺は主が認められ誇らしいと思うが、キリムは嫌がっている」
「あ、わ、分かりました」
見た目は20歳に満たない青年で、中身も外見とさほど変わらない。かといって呼び捨てには出来ず、「キリムくん」も違和感がある。職員は相談し、他の職員と同様に「キリムさん」と呼ぶことにした。
「それで、キリムさ……ん。今日はどのような御用で」
「あ、はい。実はこちらの少年なんですけど」
キリムのこの喋り方も、ずっと変わらない。見た目が年上の者ばかりで、どうしても強く上からの態度でいられないのだ。もちろん、それはキリムの良さでもある。
そんなキリムの横からバベルが顔を覗かせた。金色の髪に、褐色の肌、青い目。褐色の肌に黒や茶ではなく金色の髪という組み合わせは珍しいが、どう見ても人の子だ。
「おや? あなたは……失礼ですがお幾つですか? まだ召喚士登録出来る歳ではなさそうですが」
「0歳だ。生まれて数日になる。こいつは召喚士にはならん」
「……はい?」
ステアが代わりに答え、職員の目が点になる。確かに事実をありのまま伝えており嘘ではないが、情報量が少なすぎたようだ。キリムは慌てて補足する。
「すみません、この子はクラムなんです。名前はバベル」
「へっ……クラム? クラムバベル?」
「うん、僕はバベル。ねえ、僕のこと何か分からない? 僕は何のクラムなの?」
職員達の目はまたもや点になった。召喚士ギルドはクラムを崇める召喚士の中枢。ステア以来400年近く新しいクラムが誕生していない事は、召喚士ギルドも把握している。
まさか生まれたてのクラムと対峙しているとは思わなかったばかりか、そのクラムから何のクラムかと尋ねられたのだ。職員が固まるのも無理はない。
「と、とりあえず……お写真を宜しいですか」
「あー……多分、写ると思います」
職員が新たなクラムの発生を知らせるため、写真と共に詳しい情報を書き込もうとする。が、そこで名前と容姿以外何も分からない事に気が付いた。
「鎌を操るクラムであるという事は分かったのですが、何のクラムか、というのは一体どういう事でしょう?」
「そのままだ。バベルは何を司るのか、自身で把握できていない」
「鎌を扱うクラムではないのですか」
「えっと、なんとなく鎌がいいかなと思って持っているだけです。エンキとワーフが鎌にしろと」
「という事は、武神ではないかもしれないのですね」
職員は本棚からクラムに関する記述を引っ張り出し、今まで確認されているクラムを抜き出していく。
武神の名前と扱う武器を記した後は、自然を操るクラムや魔法を司るクラムを並べていく。鍛冶や旅人や商売、音楽や詩、それら一通りの役割は担っていないはずだ。
「という事は、空いているグラディウスの役割か」
「その割には戦い方も知らなかったよね。グラディウスは剣が得意ではあったけど、武器、盾、あらゆるものを纏める存在だったはず」
「自分が何を司るものか、知らないというのも妙な話ではある」
「そうですね。ギルドとして、どのようなクラムが現れるのか、色々と議論がなされてきました。武神がクラムディン、クラムステアと続き、自然を司るクラムも発生しないと考え、次は人の生活に近しい存在かと思っていましたが」
「ワーフはバベルを武神と考えている。あいつは鍛冶のクラムとして、武神以外の発生を感知できないらしいからな」
武神らしい雰囲気もなく、得意武器も分からない。召喚士ギルドの職員たちも心当たりはなさそうだ。バベルは自分が求められていないのではないかと不安になる。
「僕、もしかしたら間違えて発生したのかも」
「間違えて?」
「うん。失敗したのかも」
バベルはとても悲しそうな顔で俯く。こんな自信なさげなクラムなど、職員たちは未だかつて見た事がない。しかし、ふと1人の職員が過去の議事録を見返しながら、あるページを指さした。
「これ、10年前の会議の議事録なんですけど」
「え、何かありました?」
「はい、その……多分もうみんな分からなくなってきて、会議というより雑談になったのだと思うんですが」
女性職員はカウンターにその議事録を広げ、当時の内容を読み上げていく。議事録の書き方も口語がそのままで、とりあえず記録しただけなのは明らかだ。
その記述の内容は、およそ次のようなものだった。
・どんなクラムが現れるべきかなんてもう分からない。
・誰がどんなクラムを望んでいるか、人々に求められているクラムが何か。
・いっそ調査でもやってみるか。
・暇な事してんなと思われそうだからやめておこう。
・そもそも次のクラムは誕生するのか。
・とりあえず、強いクラムがいい。
・いざという時に守ってくれるクラム。
・何のと言われると分からないが、とりあえず武神。
・呼び出した時に自慢できるようなクラム。
・あのクラムはわしが育てたと将来言ってみたい。
・召喚士同士で話題になる時、やはり強い武神という声は上がる。
「……なんとなく、既存のクラムの印象が強過ぎて、新たなクラムを想像出来ていないみたい」
「巷の召喚士達は、漠然と武神を求めているようだな。まるで今のバベルの存在に似ている」
職員たちは他の記述も漁り、クラムの発生と、その当時の世の中を照らし合わせていた。クラムが誕生するには必ず理由がある。戦乱の世であれば武神が望まれ、天変地異の後は自然や農耕のクラムが望まれる。
「人々が文明を築き始めた頃に発生したクラムは鍛冶、商売、郵便、そんな生活に密着したクラムが多い」
「武神は戦乱の世の中に前後する形で誕生しているわ」
「じゃあ、今の世の中に必要なクラム、願われているクラムは……?」
キリムは職員達に混ざって考察を始める。そしてふと、今の時代があまりにも安定している事に気付いた。
「人と人の争いも、天変地異も、魔物の被害も、ここ100年程落ち着いてますよね」
「言われてみると、確かにそうかもしれない」
「バベルくんは、もしかしてこれから訪れる何かまずい事の予兆なのかも」
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