Babel-06



 * * * * * * * * *



 3人は夜になっても歩き続けていた。時には魔物が襲い掛かって来ることもあった。


 残念ながらデルが生み出した魔物の亜種は根絶出来ていない。数は多くないものの、今でも世界で年に1,2回は亜種の出現が話題になる。


 といっても、この辺りでの目撃情報はない。デルならぬガーゴイルが襲って来た時、魔物の群れを殲滅出来た事が大きかった。


「鎌の軌道が大きくぶれている。貴様どこを狙った」


「あ、えっと、首を……」


「首だと? 胴体を掠ったが、首には当たっていない。しっかりと腕を振れ。町に着いたらそのだらしない武器さばきを叩き直してやる」


「ステア、旅の目的はバベルくんの教養だよ。武器の扱いは後でゆっくりと学べる」


「クラムがこのザマでは、人々に必要とされる訳がない。そんな不甲斐ない姿を人前で見せてはまずいんだ」


 ステアは物言いに容赦がない。しかし、その裏には優しさが隠れている。バベルのためを思い、クラムとしての見栄えを良くしてあげたいと考えていたようだ。


「そっか……そうだよね。ステアが考えてる事、なんとなく分かった。戦いに関しては任せるって、言ったのは俺だもんね」


 キリムはステアの思いを尊重し、武器の扱いも学んでもらう事にした。バベルもクラムなだけあり、力は強い。魔物を倒せたらいいと思っていたが、クラムにはクラムの体裁というものがあるのだ。


 武器の扱いが見事で、無駄がない。どんな危機にあっても戦況を覆せる。そう思わせるだけの姿を見せる。そして、召喚士から認められ、力を求められる。それこそがクラムとしての誇りだ。


 現状、戦神バベルにはそれが1つも備わっていない。


「存在意義が確立されていないのだから、己を認める人を増やせ。今の貴様を誰が認める。どうあれば認められるのか、よく考える事だ」


「うん」


 キリムはまるで、自分が旅立った時を見ているようだった。旅に出る事すら悩み、戦い方も1から教わった。世界の常識についてはどんぐりの背比べでも、戦いに限ればキリムにとって無益な事など1つもなかった。


「俺、ステアと旅に出た後、ステアとの旅を止めようとした事があるんだ」


「え、キリムはステアのあるべき主なんでしょう」


「うん。その時はね、そうだと気付いていなかったんだ。俺は用済みなのかって、すっごく怒られた」


「主を……怒ったの?」


 直球で尋ねられ、ステアは居心地が悪そうにそっぽを向く。あの頃の消極的で、優柔不断で、察しの悪いキリムに怒鳴った事は、ステアの中で消し去りたい程恥ずかしい過去だ。


 召喚士をクラムが叱る事などまずない。そんなに肩入れする事もない。あのワーフであっても、エンキを認めたというより、装備の出来の良さを認めた所からきっかけが生まれた。


 不愛想なお人好しは、ただ哀れな若者を放っておけなかった。そんな若者が頼る方法さえ知らないという現実に、ショックを受けていた。


 自分が頼られない。自分の力をもってしても、目の前の若者を救えない。当時のステアはそれが我慢ならなかった。


「キリムは元々、親の薬を買うために旅に出た。と言っても隣町に向かっただけだが」


「父さんの薬を買うお金がなくてね。そんな時にステアを呼び出したんだ。俺を見かねて手を差し伸べてくれたんだけど、父さんは……家に戻る前に死んじゃった」


「さっきのお墓の……そうか。キリムはそんな思いでお墓の前に立っていたんだ」


 バベルは人の感情や物事へ興味から、少しずつ理解へと深めていく。まだバベルには殆ど喜怒哀楽も備わっていない。どんな時に嬉しい、どんな時に悲しい、それすら自信がなかった。


「キリムの父親が死んで、キリムは俺の召喚を解く、世話になったと言った。この俺が主にしてやったのに、要らんと言ったんだ。その悔しさは分かるだろう」


「もう、ごめんってば……」


 バベルは主に断られる事を彼なりに想像しようとしていた。


 お前は要らない。その言葉に対し、言い知れぬ恐怖がこみ上げてくる。


「必要とされないって、嫌な事だね」


「だそうだ、キリム」


「もう、その後俺がどれだけ喜んだか、そっちも覚えててくれたらいいのに」


 キリムとステアの昔話を聞きながら、バベルは自分もいつかこのように信頼し合って、昔の話を面白おかしく出来る主が欲しいと思うようになっていた。


 そのためには、自分が求められるクラムでなくてはならない。


「ステア、鎌を使うクラムはいるの」


「いないな。お前がそうなるのかもしれん」


「僕が……」


 バベルは鎌を扱うクラムとして求められるのはどんな時か、それを描こうとする。しかしまだ世の中の事を知らないせいで、そのような状況が思い浮かばない。


「ステアは僕の鎌の使い方がおかしいって分かるんだよね。どうしたら正しいのかも分かるんだよね」


「細かな技法は分からんが、基本くらいは戦神として分かっているつもりだ」


「じゃあ、やっぱり僕に鎌の扱い方を教えて欲しい。1つずつ何でもやっていきたいんだ」


「その調子だ」


 バベルは珍しく微笑み、そして立ち止まった。鞄を置き、何かを取り出そうとした事に気付き、キリムが不思議そうに尋ねる。


「バベルくん、何かあった? 忘れ物?」


 バベルは首を横に振り、おもむろに軽鎧を脱ぎ始める。


「え、何で軽鎧を脱ぐの? もしかして体に合ってない? どこか擦れて痛い?」


 バベルはそれにも首を横に振った。まさかこんな所で野宿をするつもりなのか。しかし、まだ野宿の方法など教えた事はない。朝方まで休憩を挟みながら歩く予定で、そこからはゴーンに瞬間移動だ。


「疲れた? やっぱり血が足りてないのかな。ステア、休憩にしようか。3時間くらい歩いてるし、普通の人なら絶対に疲れる。人のペースに合わせる練習……」


 バベルはまた首を横に振った。そしてキリムとステアを不思議そうに見つめる。


「疲れてないし、装備も特に問題がない?」


「うん。何も、特には」


「じゃあ、何で装備を脱ごうとしてるの? てか、もう脱いでるし」


「ほう、装備の着脱もしっかり覚えたか。軽鎧の装着は難しいんだが、なかなかだな」


「いや、ステア。感心するのそこじゃないんだけど」


 バベルが何をしたいのか、キリムもステアも全く見当が付かない。それどころか、バベルはキリムとステアが何故装備を脱がないのかと訊いてくる。


「え、だってまだ歩くし、魔物も襲って来るのに装備は脱がないよ」


「貴様、何故装備一式を脱いだ。もう帰るつもりか。先程の決意はどうした、飽きるにはまだ早いぞ」


「帰るつもりはないし、飽きてもない。ちゃんと鎌の扱いも上手くなる」


「えっと……ごめん。何で防具を脱いだのか教えてくれないかな」


 キリムは降参し、周囲を警戒しながらバベルが答えるのを待っている。ステアは腕組みをしてバベルを見下ろしており、優しさ抜きの不愛想でしかない。


 バベルの答えは、成る程と思えるものであり、そして意外で頓珍漢なものでもあった。


「夜になったから、ちゃんと寝間着を着ないと。僕、ちゃんと寝間着を持ってきたんだ」


 そう言ってバベルが鞄から寝間着を取り出し、腕と足を通す。可愛い豚さんのイラストが夜の荒野では不気味ですらある。キリムはようやくバベルの間違いに気付いた。


「あ、あのね。寝間着は寝る時に着るんだ。夜になったから着るって訳じゃない。あと、外では寝間着を着ないんだ」


「え、そうなんだ……」


 バベルは驚き、そしてあからさまに肩を落とした。キリムがステアをチラリと見上げる。


「俺はこんな極端な事は教えていない」


「いや、まあ……だよね。勘違いはあるよね。ほら、装備を着て」


 キリムが促し、バベルは再び装備に着替える。そしてポツリと呟いた。


「僕、何が正しくて何が間違いか、分からなくなってきた。何も信じられなくなりそう」


「え、そんなに!?」

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