Babel-05



 * * * * * * * * *



 翌日、キリムはエンキとワーフにしばらく旅に出たいと申し出た。


 装備の完成まではもう少しで、バベルが武器と防具に身を包む日も近い。エンキは使い心地を試す意味でも、得意な武器を探す意味でも、旅を歓迎してくれた。


「まあ宿の事は任せとけ。掃除は大変だけど、飯食わせて酒飲ませとけばだいたい喜ぶからな」


「そんな大雑把な……でも料理はエンキの方が上手いからね」


「おう! 色々と世話になってるのはこっちだからな。1,2年くらい行って来ればいいさ」


「そんなにかかるつもりは……」


「装備の調子を報告しに帰って来ておくれ、急ぐ旅じゃないはずだ。おいらが都度調整してあげるよ」


 エンキとワーフは快く了承してくれた。全世界の鍛冶師の目標であり、毎年何人も各地から武器防具に関する悩みを相談しにやって来る。そんな多忙な彼らだが、鍛冶だけをやって生きていけるとは思っていなかった。


 エンキは現在も鍛冶師として、鍛冶のクラムであるワーフと毎日製作に取り組むことが出来ている。対してキリムは日々の殆どを宿の経営に費やしていた。旅人としてまともに外に出た事は数える程しかない。


 旅人として、召喚士としてあまり活躍出来ていない。エンキはキリムに申し訳なさを感じていたくらいだ。


「という訳だ。バベル、しばらく俺達と旅をする事になる。血を貰わねばならんし、時々はここにも洞窟にも寄る」


「あ、うん……有難う。僕のために色々してくれて」


 ステアもワーフも、まるで年の離れた弟のように接している。バベルはクラムとしての弟分である事が存在意義なのではないか。キリムがそう思ったくらいだ。


「何度も言うが、キリムは俺の主だ。人の習慣については仕方がないが、戦いを習うなら俺に言え。貴様がキリムに乞う権利などない」


「……あー、だいぶ言い方に愛想がないけど、ステアは俺が教えてやるから心配するなって言ってるんだよ」


「うん。僕、強くなってみんなを守れるくらい立派になる」


「その調子」


 無作為召喚ランダムで呼び出される程求められてもおらず、現状ではクラムとして何も出来ていない。バベルはそれを少しずつ気にするようになっていた。





 * * * * * * * * *




「行ってきます」


「おう! まあ思う存分旅人の事を教えてやれよ」


 キリムとステアが自身の装備に身を包み、バベルも青い軽鎧に身を包んだ。銀色の髪、青いプレートを銀色に縁取った軽鎧、背中には鎌を背負っている。


 当面の武器はなんとなくで鎌を選んでいた。自信作だったのか、エンキとワーフが熱心に薦めたせいかもしれない。


「まずはどこに行こうかな」


「そうだな。召喚士の村と呼ばれるミスティは行くべきだろう」


「分かった」


 ステアはまずミスティへと瞬間移動した。キリムが生まれ育った貧しい村には、かつてデルとの戦いで死んだ者や、クラムのために立てられた墓もある。クラムと人の歴史を教えるにもちょうどいい場所だ。


 時差の関係で、ミスティは前日の夕方だった。


 西にうっすら見える山脈に太陽が沈んでいく。もうじきこの辺りは真っ暗になるだろう。


「さっきまで朝だったのに、もう暗くなってる」


「この星がゆっくり回って、太陽が見えなくなると暗くなる。そうだね、絵を描いて説明しよっか」


 キリムが地面にマルを2つ描き、回転方向とミスティ、そして宿の位置を指し示す。


「ここに宿がある。朝になって、太陽のある方向に出て来た」


「うん」


「このミスティは、右に回っていくから、これから夜になっていく」


 とても簡単な説明だが、沈みゆく太陽とミスティの位置を確認し、バベルは漠然と理解していた。場所の違いくらいはおおよそ分かったはずだ。


「じゃあ、また寝ないといけない」


「今日はここで少し歩いて話をするだけ。夜の間でも歩いて外に出てみよう。バベルはまだ夜に外を歩いた事がなかったから」


「夜の間、起きていても時間は過ぎていく。夜更かしはした事があっただろう」


 バベルに一般的な習慣と知識を教えるのはキリム、戦いやクラムとしての戦い方を教えるのはステア。キリムも150年程生きてきて、昔ほどの世間知らずではない。バベルにとってなかなか良い師だと言える。


 キリムは村の中を案内し、それから墓地に連れて行った。キリムの両親の墓は今も存在する。グラディウスの墓も見せた。


「人はいつか寿命で死ぬ。こうして死者を焼いて骨にして、土の中に埋めるんだ。グラディウスは……魔物に襲われたこの町を守る時、召喚士と共に死んだ」


「死ぬ……いなくなるということかな」


「うん、そうだね」


「キリムもいつかいなくなるの」


「おい」


 バベルには不謹慎だとか、そのような感情は一切なかった。カーズの事などを簡単に説明されてはいるものの、キリムが人ならいずれ死ぬのか。そう思っただけだ。


「カーズになったから、俺はクラムと同じくらい長生きするよ。それでもいつかは死ぬのかもしれないね」


「クラムは必要とされるからずっといる。僕もキリムやエンキが必要だから、ずっと生きるよね」


「人はね、必要とされていてもいつかは死んじゃうんだ。俺は母さんも父さんも、友達も……みんなうんと必要だった。それでも人は寿命や病気、怪我で死ぬ」


「グラディウスも必要とされていた。だがグラディウスも酷く消耗し、傷を負った召喚士が息絶えた事で消滅した」


 バベルはキリムとステアの話から、死とは喜ばしいものではなく、悲しい別れである事を悟っていた。キリムの懐かしむような横顔が寂しそうだったからだ。


「悲しい、ことなんだね」


「そうだね。会えなくなるのはつらいよ。俺は長く生きて、友達も知り合いも恩人も、みんな死んでいった。可能ならもう一度みんなに会いたい」


 キリムは、まさか旅に出て最初に教えるのが自身の死生観になるとは思っていなかった。けれど、それを最初に知っていればこそ、これからの全ての出会いや経験を大切に出来る。人との触れ合いがまだ少ないバベルがそれに気付くのは、もう少し後だろう。


「この村は召喚士とクラムの絆を試された土地でもあった。俺達はクラムは強いが、それでも人や主を守れない時もある。よく覚えておくといい」


「うん」


 バベルはキリムの思いを受け止め、少し言葉数が少なくなった。無邪気に騒ぐ場ではないのだと彼なりに理解したからだ。


 村の中は少しだけ発展し、土壁の家は随分と少なくなった。レンガ積みや木造のしっかりした家が増え、たい肥ですくすくと育った小麦畑が広がる。じゃがいも畑もつるがよく伸び、葉も大きくて多い。極貧層だった頃の生活からは脱していた。


 宿屋は当時のオリガの遠い親戚の子孫が経営し、キリムはもうこの村の誰とも面識がない。大親友だったダニヤの姉、ミゴットの子供や孫たちとも会った事がなかった。


「もう行くか」


 故郷に帰って来ても、誰と挨拶する訳でもない。そんなキリムの心情を察し、ステアが旅立ちを急かす。


「そうだね、行こうか」


「明日の朝まで歩くぞ。旅とはどのようなものか、瞬間移動を繰り返すだけでは分からんだろう」


「うん、僕はそれで大丈夫」


 夕陽で光る村を背に、キリム達は村の門に立つ。門番の男に今から発つのかと心配されるが、キリムはニッコリと笑って挨拶し、大丈夫だと告げる。


「ステアは覚えてる?」


「何だ」


「俺とステアが初めて旅に出る時。ステアがゴーンまで走って、瞬間移動で戻って、瞬間移動でゴーンに連れて行ってやろうかって提案した」


「そうだったな。それがどうした」


 キリムはステアも覚えていた事にホッとし、笑いを零す。


「旅立つ時は自分の足で。それを自分がクラムに伝える側になるとは思わなかったよ」

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