Babel-04



 その日から数日は、結局バベルの装備探しで殆どの時間が過ぎた。バベルはキリム、エンキ、ワーフだけでなく、ステアにもよく懐いた。その様子は家族最年少の弟のようで、クラムらしさを微塵も感じさせない。


「弟型クラム……なんてな」


「俺、バベルくんがステアの弟子として誕生したクラムじゃないかと思ってる」


「ああ、なんかステアの奴、イキイキしてるよな」


 ステアは外で戦い方を見せてやると言ってはバベルを連れ出し、面倒くさそうに眉間に皺を寄せながら、振る舞いを教える。そんな事も分からんのかと言いつつ、教える事を放棄しない。


「なんか……俺の事以外に興味ないってのが心配だったから、いい傾向ではあると思う」


「キリム以外の世話って、確かに珍しいな。社交性って言葉が一番似合わねえクラムなのに」


「本人にその気はないみたいだけどね。あったらあんな寝間着は着てないよ」


 今日は旅人が5人に商人が4人、合計で9名の宿泊客がいる。先程まで大宴会で盛り上がっていて、やっと皆が部屋に戻ったところだ。


 外には2台の機械駆動車が停められ、明日の稼働を待っている。動物に頼る旅は危険で時間も掛かるため、最近は馬を使っての大陸横断もめっきり少なくなった。


 馬のための飼い葉よりも、石油の方がはるかに金は掛かる。それでも馬を使った旅人が立ち寄るのは月に1組あるかどうか。馬の番をしなくていいため、近頃夜はのんびり過ごせるようになった。


 だからこそ、目立ってしまう。


「そろそろ……あのキツネの絵の寝間着、やめさせねえか? 似合わねえなんてもんじゃねえ」


「いや、でも気に入ってるみたいなんだよね。寝間着といえば前ボタンで、可愛らしい絵が付いているものだと思い込んでる」


 見た目にはカッコよく、ムスッとしていて寡黙。そんなステアの寝間着はなんともファンシーだ。青い寝間着の胸元には可愛らしいキツネの刺繍が施され、背中にも大きなキツネの絵がプリントされている。


 ステアにとって、それがキツネであるかどうかはどうでもいい。ステアの中での寝間着の定義に当てはまっている、ただそれだけの事。それをお客の前で堂々と着てしまう事も気になっていたが、昨日からは新たな問題が発生した。


 ステアの真似をしたがるバベルが、可愛い豚さんの寝間着を着るようになったからだ。


「あれ、本当にステアが選んだのか?」


「うん。俺の寝間着はそんな風じゃないよね、って言っても駄目。話によると、クラムニキータが似たような寝間着をくれたらしい。消滅したグラディウスも、クラムディンも着てるって」


「商売のクラムのあの猫か……売れ残りをさばこうとしたんだろうけど。そういやあ、リビィを覚えてるか? ずっと昔にリビィの奴がステアの寝間着を褒めてた事が」


「え、そんな事あったっけ! それで人から見ても普通だと思って自信付いちゃったのかも。リビィの美的感覚はステアもよく分かってたはずなのに」


「ステアの美的感覚もリビィ並みだったってことかもな。さ、俺はバベルの装備の仕上げに戻るぜ」


 エンキが自身の工房へ戻っていく。と言っても同じ敷地内の別棟であり、ワーフも殆どの時間を過ごしている。静かになったリビングの中、キリムは最後の洗いものをしてランプの灯を消した。




* * * * * * * * *




「あれ、まだ寝てなかったんだ」


「ん、ああ。別に眠くなる訳でもない」


 自室に戻るとステアが本を読んでいた。バベルは空き部屋に泊まらせていて、夜は毎日規則正しく寝ている。


「明日は少しあいつに人の世界を見せてやろうと思う」


「あ、うん……そうだね、いいと思うよ」


 クラムは基本的に暇を持て余している。一時的に仲間の面倒を見る事など、苦ではない。ワーフは仲間のために装備を作るし、アスラはキリムやステアのために薬や血を分けてくれる。それで自分が損をしていると不満に思う事はまずない。クラムとはそういう存在だ。


 ステアは不愛想なだけでまじめだ。強いて言えば興味があるか、ないかの問題であって、キリムが眉を顰めるようなことはしない。バベルの面倒を見ようと決めた以上、手を抜かない事は分かっていた。


 ただ、ステアは役割を与えられたからバベルの面倒を見ている、というだけではなかったらしい。


「キリム。バベルの事だが、気になる事がある」


「え? 何か変な事あった?」


「変という訳ではない。あいつは俺を通じて、主とのあり方を学ぼうとしている節がある」


「主とのあり方……召喚士と人の関係、呼びだされた時の練習って事かな」


「ああ。俺達クラムは、召喚主の望むとおりに動く。バベルはそんな俺達を真似する事で、クラムとしての自我を確立させようとしている。無意識だとは思うが」


 ステアはバベルの行動に疑問を抱いていた。バベルには自分というものが殆ど確立されておらず、召喚されて活躍したいという意志も感じられない。戦いに興味を示しても、倒し方に興味がない。


 ステアの主であるキリムに付きまとう訳でもなく、どちらかといえばステアの後を付いて回る。


「バベルくんは、本当に何のクラムか決まっていないのかも。だから必要とされるクラムになろうとしているんじゃないかな」


「必要とされるクラム、か。確かに現状、誰に必要とされているかと言われると難しい。クラムは即戦力と専門性が問われる。一から育て上げなければならんクラムなど……」


「あ、それかも」


「それ?」


 キリムはステアの言葉で何かを閃いた。クラムは何かを司っている、それは間違いない。だが同時にクラム自身にも願いがあり、キリムはステアの理想の主として現れた。そこにヒントがあると考えたのだ。


 ステアは自分が育て、背中を預けられる召喚士を必要としていた。ワーフは弟子として、共に鍛冶に熱中してくれる召喚士を必要としていた。他のクラムも自分がどんな召喚士を必要としているか、思い描こうとしている。


 バベルはまだどのような召喚主を必要としているか、自分でも思い描けずにいるのではないか。


「クラムと一緒に成長したい、成長させたい、そう考える人がバベルのあるべき主ってことはないかな。だからあえて完璧じゃない状態で誕生したのかも」


「しかし、それだと発生当初に弱っていた事に説明がつかんぞ」


「あ、そうか。じゃあ、逆に少しずつ召喚主が求める姿になってきたのかな」


「まだ何とも言えん。だが何か意味があるようだ。いずれにせよ、しばらく好きにさせるしかないだろう」


 バベルが何のクラムか分かるまで、宿で面倒を見てもいい。何のクラムであるかを思い出せなくても、したい事が見つかればそれをやってもいい。どうせ時間はたっぷりあるのだ。


「俺、バベルくんが料理を覚えてくれると助かるんだけど」


「明日から人の世界を見せて回ると言っただろう。宿の事はワーフ達に任せておけ」


「え、もしかして旅をする気!? そんな長い事宿を空けてられないよ!」


「エンキも料理が出来るし、ワーフも掃除くらいは手伝っているだろう。1、2か月くらいやらせてみろ」


 ステアは明日から旅をするつもりでいた。旅人とは何か、召喚士とは何か。人々はどんな暮らしをしていて、どんな風に困っているのか。バベルがそれをこの宿だけで知ろうとするには環境が特殊過ぎるからだ。


「エンキ達、良いって言ってくれるかな。そりゃ久しぶりの旅だから楽しみではあるんだけど」


「自分達が作った装備を実践で使わせるとなれば、喜んで送り出すさ」


「ねえ、ステア。本当はちょっと宿の生活に飽きていて、各地で魔物相手に暴れたいだけ……だったり」


「フン。俺という武神を従えておきながら、たまには人々の前で力を見せつけようと思わんのか。バベルの前で自身の能力を自慢する気はないのか。まったく、いつになっても変わらん奴だ」


「……否定は、しないわけだね」

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