Babel-03



 * * * * * * * * *




「えーと、じゃあ次はこれだ。ミスリル製の槍! 今はミスリルも超高級品だ。クラムが使うには心許ない材料だけど造りはいいぜ」


「いや、エンキ……武器を勧めてるんじゃないんだってば。もしかしたら魔法のクラムかも」


「えー? 武器の方がかっこいいじゃねえか。槍が駄目なら斧! その小さい体で斧持てば、少しは迫力も出るだろ。あ、なんなら鎌もいいな! この鎌の刃の部分には、刃こぼれしないように……」


「おいらも鎌を勧めるよ! そのオリハルコンの鎌なんて素敵だよ! 柄の中に細剣も仕込ませてみたんだ、どうだい?」


 夜が明けた。結局バベルが何のクラムなのかは分からなかった。どの武器を見せても、形状違いを見せても、バベルはピンと来ないままだ。


 武神と言っても、得意なものが武器ではない可能性もある。キリムは夜空に幾つか魔法を放って見せたが、バベルはそれにも反応しない。


 本当に武神なのだろうか。キリムやステアはそう考え始めたが、エンキとワーフはお構いなしだ。


「キリム。この鍛冶馬鹿共に任せても話は進まんぞ」


「あ、うん……。ねえ、ひょっとして、本当に得意な武器がないのかも」


「なんだと?」


 のんびり屋なキリムらしい発想だったが、ステアはそれを否定した。クラムは何らかの存在意義を持って発生する。その存在意義が曖昧なクラムなど、人が望むはずもない。しかし、一方で今のバベルを見る限りでは、キリムの主張に分があった。


「僕、いる価値がない?」


「ううん、俺は今のバベルくんの状態には意味があると思ってる」


 ステアはその意味が分からないのだと言いたかったが、キリムはいつになく真剣だ。普段は考察など放り投げ、なんとかなるさの精神で物事を進めるが、このような時、キリムの頭はよく働く。


「考えを聞こう」


「うん。まず、名前を言ってすぐ倒れたって話。生まれてすぐだからかと思ったけど、何のクラムか定まってなくて、実体化する力が弱かったのかも」


「実体化する力……。確かに確固たる基礎がないままだからな。不安定だろう」


「血を飲む事で、とりあえず人からの施しを受け入れた、そこで存在自体は安定したんじゃないかと」


 召喚士が血を捧げる行為は、今や謝礼の意味合いが強い。だが大前提として必要としているから召喚し、血を捧げるのだ。


 バベルが誕生したからには、必ず世の中にバベルを必要としている者達がいる。そのバベルに血を与える事で、バベルは存在を人々に認められた形になる。キリムはそう考えていた。


「曖昧な状態を、とりあえずは血で脱したというのだな。それが正解かは分からんが、仮説の1つくらいにはなるだろう。それで、バベルの得意武器の件は」


「それなんだけど、バベルくんは漠然とした人々の願いが生み出したクラムなのかも」


「僕は……何の武器を扱うクラムか、決められていないって事?」


「うん。例えばだけど、強いクラム、かっこいいクラム、戦いが上手なクラム。そんな願いがクラムを形作ったとしたら」


「強いクラムとして生まれるけど、武器までは指定がない……僕はそうなのかも」


 双剣を使う強いクラム、大剣を使う強いクラム、そのような指定ではなく、強くて皆を守ってくれるクラムを願った場合はどうか。その場合、クラムは特定の武器を司る事はないだろう。


 ワーフが鍛冶そのものを司るように、バベルも手段型ではなく目的型かもしれない。


「それなら尚更合う武器を探すべきだぜ。なあ、限定せずに何でも使えるんだろ? 背中にいくつか武器を背負ってりゃいいんじゃねえか?」


「鎌、長剣、弓、槍、何でも持って行けるね! ああ、おいら持たせる武器に夢が膨らむよ!」


「……貴様らの願いを叶えるためのクラムではない。おい、ならばバベルは今後どうすればいい」


「ん~……どうしたらいいんだろうねえ」


 バベルは何を司っているのか。バベル自身はどうしたいのか。まずはそこからだ。


「僕、ここにいちゃ駄目?」


「ここって、この宿?」


「僕には帰る場所がないし、戦う武器もない。物の名前や使い方も分からない。キリムは僕に親切にしてくれるから……」


「我が主を呼び捨てるとは」


「まあまあ」


 バベルが縋るような目でキリムを見つめる。ステアは自らを差し置いて縋るバベルを鬼の形相で睨んでいるが、カーズの絆は伊達ではない。キリムがステアよりもバベルを大事にすることはないと分かっていた。


「おいら達もいるし、しばらくはいいんじゃないかい」


「そうだな。初戦闘に向けて、俺達が合う装備を作ってやるよ」


「本当?」


 バベルはようやく嬉しそうに微笑む。その顔はやはり勇ましい武神とは思えない程穏やかだ。


「エンキ達が手伝ってくれるなら頼もしい。ステアもクラムの先輩として色々教えてあげてよ」


「……居候くらいは許してやる。だがキリムの血はやらん。いいな」


「うん。有難う、ステア」


「フン」


 自らにクラムとしての自覚がないため、バベルの受け答えは人と変わらない。不安ばかりで何かに頼りたいのか、バベルは色々とキリムに質問を始める。


「僕は、どうしたらみんなの役に立てるかな。戦う時になったら僕も連れて行ってくれる?」


「連れて行くのはいいけど……俺の血はあげられないから、召喚士ギルドに相談して、血を少し分けてもらないといけないね。そういえば固有術は?」


「固有術……」


「キリム、クラムの固有術は最初から決まっている訳ではないんだ。固有術はクラム自らが考え、記すもの。バベルの固有術はバベルが作らねばならん」


「あー……なるほどね」


 キリムはそれを聞き、妙に納得していた。ステアはそのようなものを悩みに悩んで生み出すような性格をしていない。固有術にもそれがよく現れていた。


 ある程度定型というものがあるにしても、ステアの固有術は異様に短いのだ。良く言えば単純明快、うがった見方をするなら呪文づくりを面倒臭がった事が窺える。


 例えばクラムディンの場合、少し掻い摘んでいるが「大いなるクラムの中でも剣に長けしクラムディン、その名を借りて目の前の魔物を屠らんとする我に……」といった感じの長い呪文を唱える事になる。


 対してステアの固有術は、例えるなら「双剣を操る武神クラムステア、一緒に魔物を倒せ」くらいの短さだ。


「僕は……どんなものがいいかな。ワーフ、エンキ、幾つか武器を使ってみてもいい?」


「ああいいぜ! 自分に合う武器を見つけたいなんて、面白そうな展開になってきた!」


「キリム、キリムはどんな武器がいいと思う?」


「えっと……」


「何でもキリムに聞くな。キリムは我が主だ、不必要に頼る事は許さん。代わりに俺が指導してやる、俺に聞け」


 ステアはキリムに頼る姿勢が気に入らなかった事と、本来の面倒見の良さを同時に発揮している。ムスッとして腕組みをしたまま、戸惑うバベルを見下ろす様子は、弟子を取った鬼師匠といったところか。


「バベルの装備を考えよう! 採寸するから一緒に来てくれるかい?」


「装備……僕、ステアみたいな恰好がいい」


「俺みたいな恰好だと?」


 不愛想を貫いていたステアが少し驚いた。先程ここにいては駄目かと尋ねた事を除けば、これがバベルにとって初めての意思表示だ。バベルは自分を目標に置こうとしている。そう思うとステアも気分がいい。


「装備が出来上がったら戦闘だ。まず貴様の双剣さばきから見てやろう」


「うん」


 キリムはステアが他のクラムの面倒を見ている事に驚いていた。今までキリム以外に興味がなさ過ぎて心配していたくらいだ。


「わお。なんか、ステアが急に兄ちゃんっぽくなった」


「いや、お前と一緒にいる時のステアも完全に兄貴じゃねえか……」

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