【sequel】Babel~新たなクラム~
Babel-01
【続編始まりました!】
他作品の連載もあるため、のんびり更新です!
ゆっくり、思い出した頃にでも、キリム達に会いに来ていただけると嬉しいです。
* * * * * * * * *
【sequel】
Babel~新たなクラム~
人の願いによって生み出される存在、精霊クラム。
彼らは必ず何かを司っている。水、火、風、土、豊穣などの自然だけでなく、治癒、薬、武器を司るクラムもいる。商売のクラムは自らも各地で商売を行い、鍛冶のクラムは毎日毎日ひたすら物づくりに没頭している。
彼らの見た目は様々。人型であったり、龍のようであったり、兎や猫のようであったり……。
例えばクラムが住んでいる洞窟の中、目の前にいるのは兎に似たクラムだ。彼は洞窟の壁を彫って造られた祭壇の前に座り、じっと何かを待っている。
靴のかかとが足元の岩を打ち、周囲に音を響かせる。やって来たのは軽鎧を着た金髪の男。彼もクラムだ。
「おい。昨日から何をしている」
「あ、ステア! 新しいクラムが誕生する気配を感じるんだ」
「新しい……クラムだと?」
祭壇の前にいるウサギ男はクラムワーフ、声を掛けた金髪の男はクラムステア。共に真の主と出会い、カーズという絆を得たクラムだ。
「うん。おいら、クラムが具現化するその一瞬の雫が欲しいんだ」
「俺の腕輪の赤い宝石も、確かその雫で作ったと言ったな」
「そうだよ! ステアの後、久しぶりのクラム誕生だからね、この機会を逃したくないんだ」
人々の願いや世界の気運により、クラムは人知れず発生して形を成す。その際、朝露のように結晶が零れ落ちる。ワーフはそれを狙っていた。
「それが戦の化身ならばグラディウスの復活か望ましい」
クラムは生まれながらに自分が何を司る存在か、自身の名が何かを理解している。具現化されたその実体は、基本的に成長する事もなければ老いる事もない。ずっと青年の姿を保つステアやディンのようなクラムもいれば、老人の姿のままのクラムもいる。
注意したいのは、クラムはそれぞれ見た目の優劣という概念がないという事。どのクラムも自分がその分野において1番という自負があり、他のクラムが何を誇ろうが見た目が何だろうが関係ないのだ。
そこには、人々に願われてその姿になったという自信もあるだろう。
「ステア、宿に戻らなくていいのかい?」
「朝から客など来ないさ、暇なんだ。ワーフ、お前こそエンキだけを残して来たのだろう」
「エンキにはちょっとだけ留守にすると伝えているよ!」
「ちょっとだと? 姿を見かけなくなって4日も経ったがな」
デルとの戦いから160年が経ち、世界は少しだけ発展した。相変わらず魔物は発生し、旅人の需要も減っていない。そんな中、ステアの主であるキリムの経営する宿は相変わらずで、客がいない日はとても暇だ。ステアは戦いもなく時間を持て余していた。
その宿の隣には、ワーフの主であるエンキの工房がある。エンキは研究熱心で、来客があってもなくても忙しそうにしている。ワーフもよく工房を訪れ、一緒に様々な装備や道具を作っていた。
「エンキが悩んでいたぞ、手が空いたら戻れ。主が必要としてい……」
「待っておくれ、風が変わった」
ひんやりとした空気が流れ、薄暗い祭壇の前で光の精霊ウィスプが置いた光が蝋燭のように揺れる。
「……来るよ」
「分かるのか」
ワーフが何を感じ取っているのか、ステアには分からない。ワーフは今まで装備を与える必要があるクラムの発生だけを感じ取っていた。
ステアがもう一度聞き返そうとした時、その場が僅かに青く、淡く光った。その光はやがて祭壇の前で青白い炎を形成し、次第に何かの形になっていく。
「ワーフが勘付くのなら、何かしらの武神だろう。何が来るか……」
やがて青白い光は人型を形成し、ワーフの背よりも大きくなって落ち着いた。ステアに比べると小柄だが、一体何の武神なのか。
「む、服を持って来たんだけれど、ちょっと大き過ぎたかもしれない」
「……まるで人の子のような背丈だが、本当に武神か」
光が消えていく。ワーフが新たに誕生しようとしているクラムの指の先から、青白い雫をコップで受け止めた。その後クラムは実体化をはじめ、やがて現れたのは褐色の肌で、ステアよりもやや明るい金髪の少年だった。
「……子供の姿のクラムは初めて見るが」
「おいらも初めてだ。やあやあ、おいらワーフ! 君は何てクラムなんだい」
少年の姿をしたクラムはゆっくりと目を開き、目の前にいるワーフを認識した。その後方で腕組みをするステアへと目をやり、それから自分の手足や背の高さを確認する。自分の顔を確認する事は出来ないが、少年型のクラムは自身の体型くらいはおおよそ把握した。
「バベル」
「バベル? フン、グラディウスではなかったか」
にこやかなワーフと対照的に、ステアは愛想というものがない。相手もクラムなのだから遠慮はいらないと考えているせいで、キリムの宿の客への対応とあまり変わらないくらい渋い。
バベルの大きな垂れ目が歪み、眉尻が下がる。唇を噛んでワーフに縋るような表情をし、それから急に力を失ってその場に倒れた。
「……あややや! どうしたんだいバベル!」
「何だコイツは」
「しっかりしておくれよ! ステア、人の血をアスラからもらってきておくれ! えっと、おいら看病なんて得意じゃないし……」
「仕方がない、アスラに訊いてやる。ワーフ、お前はこいつをキリムの所へ連れていけ」
「分かった!」
発生したばかりのクラムはまだ名を名乗っただけだ。何のクラムなのか、何故倒れたのか、一切何も分からない。ワーフは急いで持って来た上着だけをバベルに着せ、瞬間移動で地上の宿へと向かう。ステアはクラムアスラの家を訪ねた。
アスラは手足が6本あり、顔を3変化させることが出来る女性型のクラムだ。本来治癒や怒りなどを担当するが、その道を究めようとする過程で様々な薬を作っている。謎の呪符、試験管やビーカーや瓶には謎の液体、様々な薬草が天井から下がったアスラの家は、さらながら呪いの家だ。
実験対象に飢えている彼女にバベルを診せるのは気が引けたものの、ステアもまた、看病というものに詳しくない。
「おいアスラ」
「ほう、そなたがわらわを尋ねるとは。何事だ」
「新たなクラムが発生した。だが名乗っただけで倒れ意味が分からん。治療してやれ」
「ほう、ワーフがソワソワしていたのは知っておったが、本当に新たなクラムが。名を何という」
「バベルだ」
アスラは穏やかな顔のまま2本の腕を組み、残りの手で書物を探し始める。
「それだけでは何が何やらさっぱり分からぬが、そのバベルはどこにいる」
「ワーフがキリムの所に連れて行った。俺とワーフでは手に負えんのでな。宿のベッドに寝かせたなら落ち着くかと思った」
不愛想で物言いもきついが、ステアは決して優しくない訳ではない。バベルの事を考え、暖かいベッドを用意してやるつもりだったのだ。
「分かった。今から行こう」
ステアとアスラは血を少しだけ持ってその場から消え、次の瞬間にはもうキリムの宿の前についていた。ステアは当然のようにノックなどせず乱暴に開け、キリムの名を呼んだ。
「キリム」
キリムが2階の1室から出て来た。バベルをその部屋に運んだのだろう。吹き抜けの柵に寄りかかえり、キリムはステア達を手招きする。
「ステア、お帰り。なんだか俺よりも幼そうな見た目だけど、あの子は本当にクラム?」
「先程発生したばかりだが、人の子ならあのような姿で生まれ名を呟いたりせん」
「まあ、そうだね。でもなんで倒れて目を覚まさないんだろう」
「クラムが倒れるという事は、激しく消耗している場合、血が足りぬ場合、それくらいしか思いつかん」
「とりあえずバベルに血をあげないかい? おいら心配だよ」
ワーフがおろおろとその場を行き来する。
「俺があげるよ。ステア、血の入った袋を貸して」
「お前が他のクラムに血をやるなど俺が許すと思うか」
ステアはキリムの申し出を拒否しする。それから仰向けに横たわっているバベルの口にやや強引に血を垂らした。
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