【chit-chat】encore-02 召喚士の旅~ULTIMATE LIFE~03


 それが終わると、次はステーキのための牛肉を1セルテちょっとの厚さで手のひら大に切り分け、包丁の背でやや強めに叩いていく。そこに塩と胡椒を少しずつまぶす。


 その間、エンキはステアが買ってきた青魚と白身魚をさばいていく。鱗を取り、はらわたを取って簡単に洗うと、青魚には塩を振り、塩焼きにする為に窯へと入れる。白身の魚はレモンと香草で味付けをして蒸し焼きだ。


「もう火をつけてもいいか?」


「ん~、あともう少ししてからかな、ご飯が炊きあがってからでもいいと思う。ステア、ご飯の様子どう?」


「蓋が浮き出した。白く泡が出てきだしたが、もういいか」


「じゃああと5分したら火から離してエンキに渡して! それと追加のビールが冷えてるかも時々見ておいて」


「飲んでもいいのか」


「お金取ってもいいならどうぞ。あー、やっぱり1本ならいいよ。ステアが冷たいって思うくらいならしっかり冷えてるって事だから」


 この宿の名物となった夕食の用意が整い、食堂には良い香りが漂う。休憩をしていた客達も、その匂いにつられて部屋から出てくる。料理が待ちきれないのだ。


「米が出てくるのがすげーよ、ジェランドに行かなきゃ育ててねえんだろ? 魚も釣りたてのように美味いし、大陸のど真ん中の荒野にいるとはとても思えねえ」


 皆がいつの間にかテーブルについて、満面の笑みで料理が出てくるのを待っている。キリムは苦笑いをしながらビールグラスを用意し、ステアがビール瓶の蓋をあけて注いで回る。あまりサービス精神がないステアは、3人分を注いだところで「あとは好きにやれ」と言って厨房へと戻っていく。


 しばらくしてから最初のスープを並べると、食事前の祈りや合掌などどこへやら、皆が我先にと口をつける。腹をすかせた皆の為に、料理は次から次へと運ばれていく。


「スープの肉、ゴロゴロ入ってるぞ!」


「芋のサラダがうめえ!」


「あーこのいっぱいの米! これが食いたくてジェランドまで行ったなあ」


 すっかり料理上手になってしまったキリムとエンキの力作は、どんどん皆の腹に入っていく。唐揚げ、魚の塩焼き、豚肉の野菜炒め、ムニエル、卵焼き、そしてステーキと、美味しいのは分かるが皆が掻き込んでいくため、あっという間に無くなってしまう。


「いいよなあ、毎日こんな料理食いてえ。うめえよなあ」


「こっちの焼き物も絶品だ、この場所から移転して貰っちゃ困るが、正直言えば町で毎日食っていたいよ」


「心優しいキリムが貴様らのような旅人の為に開いた店だ。有難く食っていろ」


「始まったよ、クラムステアのキリムちゃん自慢!」


 見た目は変わらない。しかしステアは300歳を超え、キリムとエンキももう170歳が近い。それなのに「キリムちゃん」と呼ばれる事に、キリムは少し恥ずかしそうだ。この小屋が出来立ての頃に祖父が利用していたという若者も、キリムの事を「キリムちゃん」と呼ぶ。


 最初は軽々しく呼ぶなと怒っていたステアも、今では「親しまれている我が主」と分かっているからか、本気で咎めたりはしない。



「いつか子供や孫に行商を継がせたときも、ここで宿を経営してくれていると嬉しいよ」


「嬉しいよな、俺のじいちゃんが若い時の事を覚えてくれてるって。いつか、俺の子供が生まれて、んで孫が出来た時、おじいちゃんの事を教えてくれって言われた時は頼むぜキリムちゃん」


「バカ、お前らを見送るだけのキリムちゃんも辛いんだぞ」


「あ、わりい、すまねえキリムちゃん」


「そろそろちゃんをつけるのをやめろ」


「自分で選んだ道だし、そんな気持ちはもう……友達が死んだ時に吹っ切れているので」


 キリムの言う友達とは、マルス、ブリンク、リビィ、サン、そしてエンシャント大陸で知り合ったイグアスだ。それにマゴス、リャーナ、ニジアスタ、ダーヤ、デニース、ゴジェやミサといった、かけがえのない仲間達も含まれる。


 キリムと共に行動したことで触発されたのか、マルス達はその後、旅人が憧れる存在へと上り詰めた。特に成長が著しかったのはブリンクだ。


 適性武器ではなく自身の憧れだった双剣を選び、双剣士として活躍した彼は、キリムやステアに教えを乞い、誰よりも努力した。「伝説のキリム」のパーティーに属し、才能よりも努力で双剣士ギルドのギルド長となった彼は、双剣の普及と技の継承に力を注ぎ、今でも語り継がれている。


 そんな彼も70年前に亡くなった。


「キリムちゃんの友達だった、あのブリンクさんの子孫の1人が来年から旅人らしいな」


「ギルド長を継ぐのかね、物心ついた時からおもちゃの剣を振り回して、取り上げたら大泣きする子だったって聞いたぜ」


「子供も孫もギルド長やったんだし、そうなりそうだな。んで、その時はキリムちゃんやエンキさん達にも子供がいたりしてな! ハハハ!」


「まあ、相手が出来て、俺でいいと言ってくれるなら……」


 ステアは真面目な顔をして、「子供か、考えていなかったな」などと思案している。


「子供とはどこにいる。連れて来よう」


「あ、いや……拾って来るものじゃないから」


「では、俺はどこで子供を手に入れたらいいんだ」


「いや、あの……根本的に間違ってるからどう説明していいのか分かんない。産まれるものだから」


 後で一体何を言われるだろうかと、キリムはため息をつく。


 クラムに子を作る能力が無い事はステアも理解している。ただ、出来るクラムが今の所いないだけで、今後可能なクラムが現れるかもしれないし、ステアがそうではないという証明もできない。


 最悪の場合、ステアが納得しなければキリムの貞操が危うい。


「そうか。ではキリムが子供を産むのか、俺が産むのか」


「いや、どっちもないから」


「なんだ、子供は欲しくないか」


「そうじゃなくて……あーもう、みんな余計な事を言わないで下さいよ」


 キリムが困る姿に、皆は笑いながら助け船を出す。ステアは全く分かっていないのだ。


「なあクラムステアさんよ、親になるってのは大変な事なんだぜ? それに、母親は赤ん坊につきっきりになって旦那なんて構ってられなくなる」


「そうそう。子供優先になって、俺らの事なんかちっとも目に入らねえ。お前さんはキリムちゃんの1番を子供に譲る覚悟があるのかい」


「譲れるわけがないだろう、キリムはいつ、いかなる時も俺のものだ」


「そういう奴は、親になっちゃいけねえのさ。ま、そう言いながら子供を溺愛してかあちゃんに呆れられる男もいるけどな」


 笑い声が響く中、1時間も経たないうちに全ての料理を平らげた皆は、そのまま酒盛りを始める。こうなったらもう仕入れている酒を一通りテーブルに置き、後はご自由にと言ってセルフサービスに切り替えるのがこの宿のやり方だ。


 金を貯めて贅沢をする事への興味もないキリムとステア、それに鍛冶として腕を振るう事ができれば何も言う事は無いエンキ。


 そんな儲けをあまり気にしない3人は、料理と宿泊で金を貰っているため、それ以上利益を取ろうとしない。酒盛りの代金はいつも原価分だけで浴びるほど飲んでも1人300ゴルド(ゴルド……この大陸での通貨単位。2ゴルド=3マーニ)いくことはない。


「皆、酔って訳分からなくなる前に装備や持ち物の修理が必要なら俺に預けてくれ、明日の朝までに仕上げてやる」


「おっ、じゃあ俺の剣!」


「俺の鎧、今朝魔物との戦いで削れちまったんだ」


「まかせとけ。あ~あ、剣は戦い終わったらちゃんと拭けって。ミスリルやアダマンタイトでもなけりゃ、刃がこぼれるって言ってんだろ、今度金貯めて買いに来い、安くしてやっから」


 エンキが装備のメンテナンスを申し出ると、護衛を請け負っている旅人はこぞってエンキに修理を依頼する。このエンキの修理もこの宿が人気である理由の1つだ。


 クラムワーフに見初められ、加護を受けた鍛冶師となれば、この為だけに訪れる者もいる。


 その為に来たはずが、道中の予想外に過酷な環境と強い魔物に疲れてしまう。この宿で温泉に入って癒され、絶品料理を出されたなら、もうこの宿のファンになる。


 そうやってこの宿は宿泊客がいない時があまりないほどに繁盛していた。


「俺、金貯めてきました! 槍、ミスリルの槍あったら見せて下さい!」


「柄を調整したら完成するのはあるぞ。んじゃあちょっと工房まで来てくれ」


 目を輝かせる槍術士の若者を連れて工房へと向かうエンキ。何年経とうと兄貴分としての振る舞いは変わっておらず、それもまたエンキが信頼される理由だ。


 が、一度宿を出ていったエンキが槍術士の若者を工房に残したまま、小走りで戻ってくる。


「キリム、ステア、仕事だぞ」

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