【chit-chat】encore-02 召喚士の旅~ULTIMATE LIFE~02



 ステアは不満そうな顔でキリムを強引に引き寄せる。そして気力の補充だと言ってそのままの体勢で深呼吸をする。


「大型犬って、こんな感じだよね」


「はははっ、ステアを犬扱いか」


「……何とでも言え」


 クラム達に笑われながら、準備に取り掛かれないキリムが「よしよし」とステアの背中をあやすようにさする。


 キリムと旅に出た当初は兄のような存在だったが、今では対等、もしくは弟のような存在になっている。「あまえる」を覚えたステアは、恥ずかしいなどという感情もないため堂々としたものだ。


 そんな中、玄関の扉が小さな鈴を鳴らしながら開く。


「おーおー、今日も甘えん坊がやってんなあ」


「あーおいらも! おいらも! エンキ! おいらも!」


「はいはい、ワーフ様はふっさふさで気持ちがいいです」


 扉を開けて入ってきたのはエンキとワーフだった。商人の機械車の音が聞こえてきたため、来客だと伝えに来たのだ。キリムは苦笑いをしながらステアを引き剥がす。


 エンキはニッと笑い、キリムの頭を撫でてステアを押しのけ、「さて」と言って腰にエプロンを巻く。


「ほーらクラム共は邪魔になんねえように帰るか外に出ろ、ステアは手伝うよな」


「ああ」


「忙しいのにいつも悪いね」


「いいって。時間あり過ぎて何かやってねえと死にそうだ」


 手伝う気のないクラム達は帰る訳でもなく外に出ていき、小屋の周りの魔物退治に向かう。ワーフも工房へと戻ったようだ。


「ほらキリム、その照れ笑いやめねえとまた告白されるぞ」


「エンキだって、女の子からプロポーズされてたじゃん」


「いや、お、俺は別に……俺は……鍛冶が、全てだし。鍛冶の神様に使える身としては、そういう煩悩は許されないんだぜ」


 そう言って仁王立ちするエンキに対し、キリムはとぼけたような顔をし、小声で問いかける。


「時々護衛で来てる若い召喚士の子と、デートに行く約束したんだっけ」


「な!? なんでそれを知ってんだよ!」


「あんなに来るたびに顔真っ赤にして面倒見てたら、嫌でも気づくよ」


「お、お願いだからワーフ様には言わないでくれ、な?」


 エンキは目を真ん丸に見開いてキリムへと振り向く。その顔には誰にもバレていないと思っていたのに! という心がしっかりと表れている。


「ワーフはお前のペット同様だ、主を奪われたと知れば手が付けられんだろうな」


「この話は終わり! さあ、魚をさばくぞ~この包丁切れ味よさそうだな~、あ、俺が作ったアダマンタイトの包丁だったな、はははっ」


「やれやれ、何年こんなやり取りをしているのか。人とは成長せん生き物だな」


「それをクラムが言いますか」


 キリムがステアにツッコミを入れ、料理の準備をしていると、宿屋の木製の扉が内側に開き、鈴の音が鳴った。お客様だ。


「いらっしゃいませ!」


「いやぁ~今日も世話になります! 行きがけにここに寄った時のあの安心感と解放感!」


 訪れたのは1カ月ほど前に東のムディンスクに向かう途中に訪れたパーティーだ。これから西のページバルデに戻る所だろう。


「ああ、もう聖域とはこのことだと思ったよな! 野宿の番からも強い魔物への恐怖からも解放されてさ」


「飯は美味いし、ここで休めたら残りの距離も随分楽だ。良い所に作ってくれたぜ!」


「ありがとうございます、行きと同じく7名様でいいですね?」


「ああ! さあ、俺はまずはビール!」


 150年前から比べれば、機械車が各地に広まり、鉄道のない地域の旅も随分と楽になった。このダイナ大陸にも旅人協会所有の小型機械車が10台ほどある。ヨジコで見かけた大型の牽引車とは違い、トラック型と呼ばれ、2トン程の荷物を載せられる荷台がついている。


 といっても、ダイナ大陸では機械車も万能ではない。東西1000キルテを超える道のりを走り続けるのは難しい。街道は整備されているとは言い難く、時速30キルテ程で進む機械車よりも速く走る魔物には追い付かれる。


「乾杯! ハァー、こんな荒野のど真ん中で冷えたビールを飲めるとはね!」


「生き返る! あー素晴らしい!」


 生憎、樽から出せる程の設備はないため、用意しているのは瓶ビールだ。それでも旅人には好評で、1晩で数十本空いてしまう事もある。


 キリムとステアが経営するこの宿に着くまでの道のりだと、各町から高価な機械車を借りても1晩野宿が必要だ。ここに寄った後、その次の日にも1晩の野宿。その次の日にようやくムディンスクからベージバルデに到着できる。


 3晩続けて強い魔物が潜む荒野で野宿をし、疲労を蓄積させて魔物の襲撃から商人を守り続けるのは危険すぎる。1晩ゆっくりできるだけで大きく違うのだ。


 ちなみに、馬を使っての旅ならベージバルデからムディンスクまで、順調に行っても2週間はかかる。しかも飲み水と馬の餌をうんと積めば、馬車は2台、馬4頭が必要だ。


 この大陸ではまだまだ馬車が主流でもあり、休息、補給、メンテナンス、あらゆる面でこの宿の存在は大きい。


「夕食のリクエストをお受けします、魚と肉、どちらがいいでしょう。メニューに書いてあるものなら他にもお出しします」


「ビール追加と、から揚げ! あと、卵焼きと魚の塩焼き! あ~でも豚肉と野菜の炒めものも美味そうだな」


「俺はステーキ! おっ、ジェランドの米があるじゃねえか! 米が食いたい!」


「俺は果実酒がいい、あと俺もから揚げ、あと……牛肉スープと芋サラダ! ムニエルも!」


「ちょっとみなさん、日当飛んじゃいますよ?」


 客達は遠慮なしに注文する。道中は腐る事を避けるため、保存食以外に大した食事は取れない。商人を加えた計7名は、まるで食事目当ての旅行のようだ。


「なんだいキリムちゃん、ムディンスクやベージバルデで宿に泊まったら、ここの2倍の金で半分の量のまずいメシが出て来るんだぜ? わざわざここに泊まりに来たいくらいさ。これくらいじゃ懐は痛まねえ! ここで使わずどこで使う!」


「我が主にキリムちゃんとは何事だ小僧、追い出されたいか」


「悪い悪い! クラムさん、あんたらがいてくれるから俺達は旅が出来る。親しみを込めさせてくれよ」


「我が主にそのようなもの要らん、敬え」


 不愛想なステアが不愛想なまま黙々と注文を取り、それを厨房へと回す。厨房はキリムとエンキで切り盛りしている。2人共1人暮らしや自分が料理するという機会が多かったため、料理はそれなりに上手い。


 下ごしらえや味付けはキリムが得意で、焼き物や揚げ物はエンキが得意。よく連携が出来ている。


 ステアも勿論料理をしようという気はある。ビールが好きだったりと、酒に対しての舌もわりと信用できる。が、真面目でひたむきな戦闘での姿とはうって変わって、料理になると何もかもが雑なのだ。


 食事など摂らなくても全く問題が無いクラムにとって、食事の重要度などたかが知れている。好きなものはあっても、口に入れば何でもいいとさえ思っている。


 ましてやそれが赤の他人の為のものなら尚更だ。


 ステアには料理を任せる事などとてもできないというのが、この宿を始めてからキリムが知ったステアの新しい一面である。


 7人の客たちは部屋にも行かず数杯のビールを飲んだところで、ようやく部屋へと荷物を置きに行く。


 各部屋は3人まで泊まる事ができる。往路のパーティーと復路のパーティーが重なると、暖炉前に絨毯を敷いて、ソファーとローテーブルを置いたスペースや、エンキの使っている工房の一区画にもベッドを出して対応している。


「あ~フカフカのベッド! 天日干しされた布団のいい匂い! 外の世界が嘘のような夢の宿だぜここは!」


 客たちは安全安心なこの宿でゆったりとくつろぎ、夕食が出来上がるまでの1時間を過ごす。


 強い魔物が出没する危険な荒野のど真ん中だという事も忘れ、ウッドデッキでうたた寝したり、エンキとワーフが仕上げた岩風呂に浸かり、大きなガラス越しに夕陽を眺めていられる、なんとも贅沢な宿だ。


 キリムはこの宿1番の人気メニューとなった「唐揚げ」用として、鶏肉の筋を取ってから1口サイズに切ると、軽く棒で叩いて身を柔らかくする。


 そして表面に薄く包丁で線を入れていき、ジェランド特産の鰹節や薄口醤油、米で作った酒、それに生姜、にんにくなどを混ぜて作ったタレに漬けこんでいく。


 衣は片栗粉と小麦粉を準備、あまり衣が厚くなり過ぎないように薄くつけるのがキリム流だ。

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