【encore】chit-chat

【chit-chat】encore-01 鍛冶師は兎型精霊と共に、とてもマニアックなお茶の時間を過ごした。





 旅人の旅を縁の下で支える職業がいくつかある。


 旅客協会で働く職員、馬車や船や鉄道で移動手段を提供してくれる者達、宿屋、食堂、武具店、雑貨店……


 かつて街道を築いてくれた者達、けが人の治療をする病院などもそう言えるだろう。


 そして。


 縁の下で支えながらも、普通に旅をしていれば決して顔を合わせる事がない職業もある。


 旅人にとって欠かせない職業……鍛冶師だ。


「あーこの贅沢な材料、ピッカピカに仕上げたのに敢えて艶を消して目立たなくする胸当て、スイッチ1つでスパイクが出る足具!」


「いいね、いいね! 自分で装備するのも楽しいよ、活かせる工夫や技術を探すのも楽しい!」


「そうですね、立派で頑丈で軽くて動きやすい……それが装備の究極だと思っていましたが、もっと出来る事があると気付きましたよ」


「ほら、これを見てごらんよ! まるで水の雫が表面張力でギリギリの形を保っているようなデザイン!」


 召喚士キリムと双剣の戦神ステアに続いて、あるべき主従からカーズになった鍛冶師エンキと鍛冶神ワーフ。


 この1人と1匹の名を知らない旅人はいない。


 お節介で、壊れた装備のまま歩く旅人を放っておけない。どんな装備を作らせても一級品。


 修理や応急処置の際、その装備に何が足りていないのかをアドバイスしてくれるが、製作をお願いすれば、それなりだと認めた材料でなければ作らない。


 情に熱いが頑固。


 そんなエンキとワーフの知名度が上がったのは、今でもガーゴイル戦と呼ばれ語り継がれる100年前の戦いからだ。


 その際、英雄キリムが着ていた装備を作った鍛冶師がエンキであると知れ渡った後、鍛冶師はこぞってエンキに弟子入りをせがんだという。


 そんな伝説の鍛冶師と鍛冶神は、技術だけでなくアイデアを得る事にも熱心だ。


 では、今は何をしているのかというと……


「お待だすいだすますた、水餅だす。こづら、練りきりにございます」


「うわあ、この滑らかなカーブ! それにこの透明度! 雫じゃなくて本当にお菓子なのかい?」


「ワーフ様、凄いですよ! まるでジェランドの工芸品で見かけた手毬の再現です! この交差する色は一体どうやって……それに菓子の表面にこんな細かな細工が……!」


「細工はいいね! おいらが作ったステアの腕輪も、専用の当金あてがね(※鍛金の際、金槌で金属板を打つ時に反対側で支える道具。カーブや形状によって使い分ける)を30個準備して、彫刻刀も20本使い分けて……」


 エンキとワーフはジェランドの休憩処で午後のおやつを楽しんでいた。


 いや、おやつを楽しんでいたと言うのは語弊がある。「おやつの形状や構造」を楽しんでいた。


 白い漆喰の壁の古民家風の店内に入ると土間があり、そこで靴を脱いでい草を編んで作る畳を敷いた「座敷」に上がる。


 膝丈程のローテーブルの下は「掘りごたつ」となっていて、椅子に慣れた大陸の旅行者にも優しい。


 けやきの1枚板の年季の入ったテーブルは、表面が滑らかで温もりを感じる。その上には枯色の木の皮を折って、舟に似せた皿が2つ並べられている。


 皿には葉の上に落ちた雫をそのまま掬ったような、透明な「水餅」という菓子と、芯に糸を巻いて覆い、更に美しい糸で巻いて幾何学模様を表現する、手鞠に似せた「練りきり」という菓子。


 その2つを最近知った1人と1匹は、どうしても実物を見たいといってはるばる海を(瞬間移動で)渡って来たのだ。


「ああ……エンキ、見てごらんよ! ほら、少しつついたらぷるぷると揺れて、しかも雫のようなのに、更に表面に水滴の汗をかくんだ! 素晴らしいよ、これを是非とも鍛冶で表現したい!」


「色を塗り分けるか、それとも顔料を最初から混ぜる方法を探すか……いや、顔料のせいで強度が下がる事を考えると、エンシャントスパイダーの糸を染めて巻いた方が……」


 エンキとワーフの頭の中には、いつだって鍛冶の事しかない。これは鍛冶に使えそうだ、どうしたら鉄や宝石で再現できるか……そんな事をこの100年ずっと試してきた。


「ああ、この透明度をガラスじゃない何かで表現できないかなあ! この弾力を、どうやって表現しよう!」


「ワーフ様、この菓子は彫刻ですよね。ですけど実際の手鞠は糸で巻いています。鍛冶としては彫刻の方がいいのですが……」


「そうだね、装備に用いるのなら、洗い易さから言って彫刻の方がいいね。エンシャントスパイダーの糸は鋼より硬くてしなやかだけれど、幾重にも巻くとなると埃やカスが溜まってしまうよ」


 お菓子はまだ手付かず。用意されたジェランド式の「箸」や漆塗りの菓子切は、残念ながら使用されていない。


「ワーフ様、この箸を見て思ったのですが、今度キリムに渡す装備の塗装は、漆にしませんか」


「いい案だ! きちんと酸洗した後で生漆を塗れば、きっとつるつるで綺麗な黒漆を塗ることが出来るよ!」


「剣の束や鍔にも応用できますね。あ、触り心地を考えると、エインシャントスパイダーの糸を手鞠のように……」


「すづれいします、こづらが、抹茶になりま……」


「うわあ、この茶椀は見事だよ! 外側と高台 (茶碗の足部分) に焼き物としての粗さを残しつつ、内側は抹茶の濃い深緑に負けないきめ細かさ。バランスを取っているんだ!」


「この抹茶の粉の色は……どんな顔料でも表現できる気がしません。一体どうすれば……」


 控えめな薄緑のジェランド式着物を来た若い女性店員が、お盆に茶碗を2つ乗せ、運んでくる。もちろん、これから抹茶を立てるので、まだ何も入っていない。


「あの、お客様。当店なん作法のあっでですね、お菓子ば先に召すあがっでいただがねえと……」


「えっ!? 駄目だよ、まだきちんと見ていないんだから!」


「早く抹茶もお願いします、その為に来たんです!」


「は、はあ……」


 このゴーグルとバンダナを頭に付けた少年と、怪しいウサギ男は何をしに来たのか。店員はいったん一式をテーブルに置くと、店主へと相談に戻る。


 見事な細工を褒めてくれるのは有難いが、食べずにいつまでも眺められても困る。店主は菓子を出してから5分以上も見た目だけを堪能する客に対し、流石に思う所があったようだ。


「お客さんな、うづは菓子と飲み物ば売っでんだど。工芸品なん欲すいなら他所さ行っでげれ」


「はあ? いやいや、これが菓子だからいいんじゃねえか! そりゃあ鞠だってすげえもんだぜ? さっき10個ばかし買ってきたとこさ」


「そうだよ、それを全く別のもので表現し、更にはそこに調和を求める事に趣があるんだよ! 食べてしまえば終わりなのに、そこに繊細で全力を注いだ腕を見せる! ああ、素晴らしいよ!」


「そ、そうだか? そげえ褒めで貰えるだあ嬉すいだども……」


「水餅なん、30分もすれば溶げつまうで、その前に食っでもらわねえど」


 この1人と1匹の絶賛は本物だ。心の底から食べるのが惜しく、芸術作品として捉えている。ここまで褒められたなら、文句も言い難い。


 そして店員が他の接客の合間にちらちら様子見する事20分。


 ようやく菓子を口に入れた事を確認すると、店員は待てだの眺めるだの言われないよう、予め茶碗に抹茶を用意してエンキ達に提供した。


「ああ、これは……」


「お客さん、抹茶は喋りながら飲むもんでねえだや。出されてすぐ飲まねば。鍛冶も一緒だあ、作法ば大事にすらねば」


「あ、わりい、そうだよな……」


 エンキとワーフは茶碗を手に持ち、そして言われた通りにすぐ飲み干す。


 だが、ここでちょっと思い出して欲しい。


 ステアが熱い珈琲を一気に飲み干すことを。


 キリムが熱い冷たいの差などを殆ど感じない体になった事を。


「ちょ、ちょっとお客さん! いぐらすぐち言うだども、一気に飲み干ず馬鹿が何処さいる! 火傷すでまうでねが!」


 どうやら鍛冶を極める旅はまだまだ続きそうに思われる。


 何年、いや何百年後に気付くのかは分からないが、エンキにもワーフにも、まだ「味わい」が足りていないからだ。





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鍛冶師は兎型精霊と共に、とてもマニアックなお茶の時間を過ごした。



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