Finally-07(158)



 皆が見守ること数分。


 その視線の先には土の上に寝かされたキリムとステアの姿があった。心なしかキリムの顔色が良くなったと思えてきた頃、先に目を開けたのはステアだった。


「……どうなっている」


「クラムステアが起きたぞ!」


 クラムは寝起きの良い悪いなどないのだろう。すぐに辺りを確認し、寝ているキリムに気が付いた。


「ディン? そうか、気を失っていたか」


「危うく消滅ってとこかな。旅人の間では共倒れした事になってたぜ。葬式の段取りでも始まりそうな雰囲気だったが」


「この傷……俺の血を与えたのか。ならばじきに起きるだろう」


 そうステアが呟いた直後、キリムが身じろぎをした。


「キリム! キリムが今動いた!」


 マルスが嬉しそうに跳び上がり、サンと共にハイタッチをする。ざわめきと共に歓声が上がり、それが煩かったのか、キリムは眉間に皺を寄せて寝返りを打った。


 手がステアの膝に当たり、それを枕か何かと勘違いしたのか、「もうちょっと寝かせて」と呟く。


「おい起きろ。公開睡眠などしている場合ではないぞ」


 ステアがキリムの肩を揺する。気持ちよさそうに眠る顔が再び歪み、そして目がぱちりと開くと、キリムはガーゴイル戦を思い出して飛び起きた。


「はっ!? 俺気絶して……た? あれ、何で外に」


「生き返った!」


「やった! キリム・ジジが復活したぞ!」


 状況を理解できていないキリムへの説明よりも先に、マルスやリビィ達が駆け寄って抱きつく。キリムはそんなに心配されていたのかと考えつつ、今まで自分が何をしていたのかを思い出そうとしていた。


「最後、間に合わなくて炎弾を受けた……はず。そっか、やっぱりデルが連れて行ったんだ」


「デルが連れて行った?」


 キリムは死月を放ったその瞬間、鏡の中でガーゴイルを抑え込むデルの、その口の動きを読み取っていた。



『許してくれとは言えない。いや、決して私を許してはならない。体を乗っ取られ、意識のない時もあったが、その間の全ての責任を取って、こいつは私が連れて行く……』



「デルと話したのか!?」


「いや、トドメを刺す時にデルが、本物のデルの姿が映ったんです。その口の動きは……そう伝えようとしていました」


 本当にデルだったのかは分からない。ただ、髭が伸び、白髪を腰まで伸ばした老人の姿を思い出し、キリムはそうだったと確信していた。


「俺とステアに炎弾を撃とうとするガーゴイルの口を、デルが押さえつけてくれました。デルは……酷い結果をもたらしたけど、悪い心は持ってなかったんだと思います」


「ガーゴイルを召喚してしまい、その強さに飲み込まれてしまったか。それでも抗っていたのだろう」


「という事は、ガーゴイル討伐が、皆の弔いになったという訳だな」


 ステアの言葉に、皆がそのようだと言って寂しそうに笑う。死んだ者は生き返らない。だが、仇は討った。


 自分達の真の敵が分かったのは倒した後だった。そのもどかしさはあっても、もう同じ過ちや悲しみが繰り返されることはない。


「さあ、戻って報告だ。世界各地で町や村を守ってくれていた仲間にも伝えなければ」


 レッツォはそう告げると、皆に意思確認を始めた。


 パバスに報告へと向かう者、ズシの町に報告するため残る者、治療に専念する者、ここから次の旅に出る者、次の進路はそれぞれだ。


「悪いが、俺達は今からでも旅立つ! 一番近いのはジェランドの旅人協会だ、そこまで報告に向かう!」


 レッツォは報酬について、パバスの協会経由で通知を出すと説明した。そしてこの場で解散すると宣言をすると、深々と頭を下げる。


「皆、本当に有難う。死んだ仲間の為を思い、俺はずっとこの日を待ち望んできた。キリム・ジジ。特に君には世話になった。有難う」


「そんな……俺1人じゃきっとデルを倒すなんて口だけに終わっていました。こちらこそ機会を与えて下さって、真実を知るチャンスを下さって、感謝しています」


 ディンがレッツォにジェランドまでの送迎を申し出るが、レッツォはそれを断った。最後の報告だけでも自分達の力でやりたいのだという。


「俺達はノウイに寄る事にするよ。ここでお別れだ」


「キリムくん、やっぱり君は凄い少年だ! 一緒に戦えて光栄だよ」


「ダーヤさん……仲良くして下さって有難うございました。勇気づけられました」


「また会う事もあるだろう。その時は昔話でもして、一緒に酒を飲もう」


「はい! そう言えば、このメンバーの中で、マーゴさんには一番最初に会いましたね」


「ははは、そうだったね。あの革鎧の頃から見違えたよ。じゃあ、元気で」


 マーゴ達もその場を去り、港の方へと向かっていく。


「あたしらはちとゆっくりさせて貰いますわ」


「坊やみたいな子と出会えるけん、旅人はやめられんの」


「キヒヒ、この歳になってもまだ色んな発見があるでね。坊やもパバスの協会宛てに手紙でも出しとくれ」


 レベッカ達は流石に激戦で体が悲鳴を上げていた。この町で数泊ゆっくりした後でパバスに戻るという。


「はい! 本当に皆さんの強さと優しさと知識に助けられました。一緒にいると安心できて……」


「ええ子やね、あんたは。そのままでいなさい」


 レベッカ達は魔力を補給してから杖に跨り、ゆっくりとした速度で飛び去って行く。


「キリム! ほんと、成長したね。一緒に戦えて……ううん、みんなの為に戦えてよかった。私、目的は達成しちゃったし、しばらく旅をしたらミスティに戻るわ」


「うん。ミゴット姉ちゃんがいればみんなも喜ぶよ。俺も心強かった。ダニヤには俺が先に報告しておくよ」


「ええ。私も仲間に頼んで近いうちに寄るから」


 キリムはミゴットとしっかり握手を交わし、少し涙目になりながら手を振る。


「俺は故郷に戻る。ラージ大陸に寄る事はもうないだろうから、実質これでお別れかな」


「ブグスさん……なんか、兄ちゃんって感じで頼もしかったです」


「おお、今回の英雄にそう言われちゃあ自慢するしかねえな。いつかガールド市を訪ねてくれ! 協会経由でもいい、必ず」


「はい。お元気で!」


 ブグスを見送る頃、クラム達も次々に洞窟へと帰っていく。激戦で疲れた体を癒すのだろう。これで残ったのはマルス達とエンキ、そしてワーフだけだ。


「キリム、なんか色々すげえ経験させて貰ったな。せっかくだし、俺達はサンの実家に寄ってからゴーンに戻る事にしたんだ」


「直接対決した訳じゃないけど、ようやくジェランドに堂々と帰れるようになったし、家にも色々報告したいから。装備もエンキにちゃんと直して貰わなくちゃ」


「そうだね。今度、ジェランド名物を色々教えてよ。またみんなで集まりたいし」


「これからも旅をするんだろ? 旅人に厳しい町だけどさ、またベンガにも寄ってくれよ。俺はキリムを目標にして、いつかはキリムを超える双剣士と言われるよう、頑張る」


「恥ずかしいってば。俺じゃなくて、ステアを目標にしてよ……」


 キリムが双剣使いの神であるステアを指差すと、ブリンクがそれもそうだなと言って笑う。


「本当は一緒にどうって言いたいところだけど、いつでも会えるからさ! あ、私にも手紙書いてよ? 私も書く。次は絶対に何の絵か分からないなんて言わせないからね!」


「あー、うん。でもお手柔らかに……」


「俺は正式にマルス達のパーティーに入れて貰う事にした。出身はラージ大陸じゃないんだけど、ゴーンに帰った後でみんな付いて来てくれるって」


「俺も、ラージ大陸を回りきったら行ってみようかなって。今度おすすめのものや場所を教えて下さい」


 キリムはマルス達と抱擁を交わす。


「駆け付けたら大変な事になってて、どうなる事かと思ったけどよ。お前を防具で守れて良かった」


「おいらも心配したんだ! 戦えないけど、出来る事があるならって。お役に立てたかい?」


「ええ、とっても」


 エンキとワーフが皆の装備を直してくれていたと知り、キリムは今度お礼がしたいと申し出る。


「礼はいつでもいいさ。俺……決めたんだ、ワーフ様とカーズになるって。一生お前の装備作らせて貰うから宜しく頼むぜ! いつでもゴーンに寄ってくれ、もし壊れたまま旅してたら……ハンマーで殴ってやる」


「そっか、カーズに! なんだか心強いよ、宜しく。ハンマーで殴られない程度に寄らせてもらうよ」


 お互いに笑い合った後、エンキは道具一式を抱え、ワーフと共に瞬間移動で去っていく。


 残ったのは、キリムとステアだけだ。

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